ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ■03—彼の日常風景 ( No.5 )
- 日時: 2011/04/10 16:18
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
- 参照: ねるねるねるね! ねるねるねるね! ねるねるねるね!
実験都市には約5年前から、ひそひそと噂されている都市伝説があった。
『希望のヴィーナス』。誰が名づけたのかは分からないが、存在しているということだけは分かっている。……されど、結局は都市伝説。はっきりと存在を見た人もおらず、ただ存在しているということのみが、人々の話題としてあげられていた。
とにかく分かっていることは2つ。
1つ目は、『希望のヴィーナス』を手にした時、この実験都市(シミュレーションシティ)に多数あるコードの全てを手に出来るということ。この噂は実にあやふやだが、とにかくコードに関係しているというのは間違いないらしい。2つ目は、『希望のヴィーナス』は、『マザー』本体の中にあるということ。
『希望のヴィーナス』の真実を知ろうと、今でもたくさんの探求者が、この街で『マザー』を狙っている。中にあるはずの『希望のヴィーナス』を求めて、一般人立ち入り禁止の『マザー』に、どうにかして入ろうと試みているのだ。犯罪とも呼べる手段で。
中には————探求者とはいえど、悪者もいるわけで。
■03—彼の日常風景
次の日の早朝、『マザー』正面にて。外はまだ日も昇っていない。地上の霧を演出した細かいミストが、薄っすらと実験都市を朝の風景として包み込んでいた。
最残日吉は、いつものつなぎのジッパーを中途半端に上げながら、頭上を見上げた。ついつい、喉の奥から欠伸が出てくる。
「ふあーあ」
自分以外誰も居ないせいで気が緩む。何とか眠さを回避しようと、日吉はがっと両目を開けて、空を仰いだ。見上げた空は、ぼんやりとした水色と、微かな太陽の黄が射そうとしており、日吉の心をさっぱりとさせる。
(……あー、それでもこの空ってあくまで偽物なんだよなぁ……俺も上に出て、一度生の空を見てみてーなぁ……)
ま、無理だろうけど。
独り言を言うと、日吉は自分の仕事に戻った。ぱっと見、地上と実験都市の空はたいした違いがない。いくら視力が良い者でも、きっと気付かないだろう。これは生まれてからずっと、実験都市から出たことのない日吉が知ったことだが、どうやらこの空は一つ一つのパネルで構成されており、毎日地上の天気のプログラム通りに雨や風を調節させているらしい。
(それってゼッタイ面倒だよなー……パネル操作する人も、されてるパネルも)
自分が『マザー』という機械と親友なためか、日吉はいつも機械関連になると、その機械にある筈の無い心について考えてしまう。担任や学校の親友から「そんなの妄想だ」と叱られても、だ。多分、俺の生き方とか経験上からだろうな————他人のお叱りを流しながら、日吉はいつも思っていた。
やがて、あーアイツ等の言葉思い出してたら腹たってきた、と日吉は思考の途中でぶんぶんと顔を振った。そうすれば、この嫌な気持ちが消えそうだったからだ。
と、日吉は頭を左右に動かしている途中で、動きをぴたりと止めた。その視線の先には——————
「て、ゆーかさー……アンタら、何?」
——————5、6人の男達がいた。男達はそれぞれ、地味な色合いの服を着ており、全員顔があまり見えないようにマスクや目だし帽を被っている。どうやら、あまり友好的な雰囲気ではないらしい。『マザー』専属特別清掃員である日吉は、相棒である薄汚れたモップを持ち、男らに問う。
「言っておくけど、まだ『マザー』は就寝中だぜ? アイツ、夜シャットダウンするの遅くて、朝は8時頃になんねーと起動しないシステムになってんだ」
「…………てめぇ、退け」
日吉の言葉を聞かずか、男の内の1人が低い声を響かす。男の手の内に、赤々とした炎が灯されていることに、初めて日吉は気付いた。明らかに超常現象に見えるのだが、きっとあれは『コード』の能力の一つだろう。炎に関する『コード』を、彼は持っているようだ。
しかし日吉は毛程も焦った様子もなく、淡々と事実を告げる。
「あんさ、『マザー』に入るんだったら、それなりの申請と許可してもらわなくちゃ駄目なんですぜよう? あ、でも安心してくれ、入れないってことは無いと思う。一般人が『マザー』本体に入るのは駄目だけど、周囲なら大丈夫ってことになってるし」
「……退け、っつってんだろうが、くそガキが……燃やされてぇのか、あぁ?」
男は、自分の手の平にある炎の勢いをめらめらと強める。日吉にちらつかせるかのように。男の苛立ちが増えると共に、その火力も比例しているようだ。だというのに、日吉は真顔だ。汗一つかいていない。それも、男の脅しなど聞こえていないとでもいうように。
日吉の口は眼前の男達に向かって、さらに滑らかな言葉を吐く。
「今なら解明(かいめい)さんも、徹夜で実験室篭ってるだろーし。俺が今から解明さんにかけあったら、何とか内部見学はオーケーだと思うけ——————やっぱあの人機嫌悪そうだから無理か…………」
「…………っ、テメエ…………」
想像した解明という人物について何か感じたのか、日吉は渋い顔をする。今の日吉の脳内は、どうやってこの一般人が中に入れるかという考えで占められているらしい。
だから、こそ。
「退けっつってんだろうがあああああああああ!」
男達が、一斉に自身らの『コード』を使い、自分に襲い掛かってきたなんて————気付かなかったのだ。日吉は男達の怒号に気付くと、ようやく「え? 何?」と我に返る。
しかし、時既に遅し。
日吉の目の前に、炎と共にパイプやナイフなど……たくさんの『コード』による攻撃が————————!