ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ■15—彼と青年の始まり ( No.80 )
- 日時: 2011/07/07 23:15
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: wzYqlfBg)
巨大な鉄で覆われた拳が、容赦なく日吉へと降り注ぐ。氷砕は威力のみならずスピードもある攻撃を送ってくる。しかも攻撃のバリエーションは多彩。横に腕を凪いで日吉の体勢を低くさせると、無防備になった頭上を狙う。逃げようと振り向いた日吉の足を払い、姿勢を崩す。さすが学園武道大会高校生の部金賞! と日吉は場違いな賞賛を述べたくなった。
(いやいやいやっ、褒めてる場合じゃないっつの!)
硬質な鉄の腕が、日吉の足を潰そうと青々とした芝生に減り込む。それだけで地面は茶色い土を露出した。もしもアレが自分に当たったら……日吉の顔には恐怖と焦りの色が映える。このままじゃやばい、と判断し、日吉はまたもや繰り返される攻撃を地を転がることによって避け————周囲の様子を探る。
(……と、とりあえずあそこにッ!)
日吉の視線の先には生い茂る林、では無く————緑の中にひっそりと佇んでいる、生徒用技術室。あそこなら、何か打つ手があるかもしれない。たとえそうでなくても、遮蔽物のおかげで少しは時間稼ぎが出来そうだ。愛用のモップが手元にないことに苛立ちを感じつつも、日吉は攻撃の回避と共に後ろへ退く、そして体勢を立て直した。そのまま、技術室へと全力疾走! ……途中で『待て!』という氷砕の怒声が聞こえ、空気をなぎ払うような轟音が聞こえた。しかしそれは、日吉の動きを止める理由にはならなかったようだ。日吉はすでに技術室へ飛び込もうとしていたから。
■15—彼と青年の始まり
運良く技術室は無人だった。学園のすみっこに位置しているので、生徒があまり来ないのだろう。いつもはここまで来るのが面倒だが、今はこの配置に感謝をする日吉だった。特有の木のにおいと、薄っすらと積もったほこりが日吉の喉を乾かせる。緊張と恐怖でばくばくと音を発する心臓を服の上から握り締めた。
鍵を閉めて、扉越しに座る。やっと一息、なんて落ち着こうと思うのもつかの間。窓ガラスが粉々に砕け散り、まるで雪のように日吉の頭に振ってきた! 防弾加工を施してあるはずのガラスが、だ。
さっと床を見ればガラスが熱を持ち、ほのかに赤くなっている。どうやら、鉄の腕で思い切りガラスを横薙ぎにしたせいか、摩擦熱で熱が発生したらしい。
「ちっ、防弾以前の問題じゃねェか!」
砕け散ったガラスに悪態をつくと、日吉は低い姿勢のまま技術室の更に奥にある準備室へと体を潜ませた。移動する最中も、氷砕の鉄槌は鈍い音と共に柱を歪ませ、屋根からはぱらぱらと埃が落ちてくる。
どうやら日吉が移動した準備室というのは、道具をまとめておく部屋らしい。技術室よりもさらに辺りは鉄のようなゴムのようなにおいが充満し、ほこりっぽい。日吉はほこりを吸い込まないように口に手を宛がうと、道具の陰に隠れ、生温い壁に背を預けた。
(…………、いや、おちついてらんねぇ。あの氷砕って奴を倒せるものは——っと……)
一番良いのは、あの鉄槌を封じられる機械だろう。
色々な機械が揃っている準備室で、息を潜めてひとつひとつ品定めする。もちろん、音は起てずに。物音を起てたら、氷砕に見つかってしまう(まぁ、ここに逃げ込んだ時点でここしか日吉がいないのは決まっているのだろうが)。
だがなかなか日吉の要望を叶えてくれるような機械はない。下手をすれば人間そのものを炎で焼いてしまう作りになっていたり、鉄の硬度を上げるものだったり。そんな極端なものばかりがある。どれをどうすれば自分は氷砕件を倒せるのだろうか。金属のみを熱する専用の機械のダイヤルをがちゃがちゃと動かし、じりじりと自分に迫ってくる現実から逃げようとする日吉。
しかし。
「最残日吉! 出て来い!」
日吉は首根っこをつかまれた気分になった。鬼ごっこの鬼の立ち位置である、彼の声。声から分かるに、距離は約20メートルほど。技術室の中に入ってきたようだ。ドアの向こうから感じることない殺気を感じる。
(くそっ、くんなよ馬鹿、こっちはまだ……)
焦りながら、日吉の瞳は何か役に立つものはないかと目まぐるしく彷徨う。
「俺は別にお前を殺せなんて言われてない、ただ足止めしろと言われただけだ!」
「……はぁ?」
厳しさで彩られた大声で発せられたとある一部分に日吉は機械を探す手を止めた。”言われてない”? まるで、自分には上司がいますというような口振りだ。……いや、そう伝えているのだろう。自分の居場所かばれる危険性があるのも構わずに、日吉は氷砕に負けない大声を張り上げた。
「言われてってことはお前、誰かに言われてこんなことしてんのか!?」
「………………そうだ、最残日吉」
肯定、しかしその声色は静かな怒りが含まれていて。顔は見えないが、氷砕は今辛そうな表情をしているのだろう。正義への道を歩むために実験都市の裏に入ってしまった自分とは違う、平凡な高校生である日吉を痛めつけることに対して。
「俺はずっとこの都市を守りたかった! この俺の武力と『コード』で! だが現実は違う。俺の知らないところで人々は『コード』に傷つき、希望を打ち砕かれる。そんなのおかしいんだ……俺たちは『マザー』から『希望のヴィーナス』を奪い、この実験都市と『コード』の全てを手にするッ! そうすれば、俺達の手で直接この都市を統率できる! だから俺は今お前の前に立つ、歪みを正すためにだ!」
「…………あぁ、そうか」
氷砕の信念。それはまるで鉄のような、固く熱く、強い思い。氷砕の感情が、日吉の脳に浸透し理解を促して行く。そして日吉はただ理解した。氷砕の言葉を聞いた上で。顔には一つの感情が宿っていた。いつもは緩んでいる口元が、何か痛みをこらえるようにぎゅっと結ばれている。
日吉は技術室————氷砕が今立っている場所へと歩みだした。しんとした室内にいた氷砕の元へ、ぺたぺたとスニーカーの音が迫る。音は確実に、青年の存在を示していく。
案の定、氷砕は『コード』の能力である鉄槌を両腕に装備していた。準備室の奥から出てきた日吉を静観している。その表情は険しい。
「そうか、わかった」
真剣な眼差しで、日吉は氷砕に告げる。
彼の意見と信念を理解した上で。これから告げる言葉が、さらに彼を苦しめるとしても。
「じゃあ俺は、お前を掃除するわ」
氷砕と日吉の視線が交錯し————2人はお互いに拳を振り上げた。