ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

■16—I had to know. ( No.83 )
日時: 2011/03/29 01:53
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
参照: アクセロリータ「やべェよ! 止まんねェよ!」

 *

 

 一瞬だけで良かった。彼が自分の言葉に意識を集中させるその一瞬で、私は全てを終わらせるつもりだったのだ。解明は倒れて動かない彼を一瞥もせずに、後にする。全てとは、今まで起こったこと……解明は緑崎が自分の部下として働いていた思い出を振り返り、苦い顔をした。

 (やっぱり、忠誠心以外は評価ゼロね。杏子をとんだ目にあわせることになりそうだったし…………それに前々からあまり、というか全然役にたたなかったし)

 こつこつと足音を響かせて、辛辣な意見を出す解明。
 解明が緑崎を倒したのは、実に簡単な戦法だった。足元の空気に、無理矢理空間を発生させるという解明コードの力を上手く利用したのだ。居場所のあるはずのない空間を無理に発生させれば、必ずそれを消した時にその反動がやってくる。解明のコードは絶対に安全である空間を発生させることが出来るのだが、それを消す度に、元々あった空間に空気が戻ろうと空気が凄い力で圧縮され、周囲の空気に馴染もうとする。その際に必ず強い力が現れるのだ。解明自身がこれを攻撃へと応用できるということに気付いたのは何年か前の話だが——今となれば特に時間など関係ない。
 
 (速く、速く杏子のところへ行かないと!)

 彼女の脳裏に過ぎるのは、やはり上司の娘である帝見杏子。先ほどまで厳しい表情をしていた解明は朗らかな少女を思い出しながら、緩やかに口元の引き締めが解けていくのを感じた。あの少女は自分にとっての生きる希望であり、意味なのだ。そんな少女を今、侵入者がいるという危機的状況で一人にさせておく訳にはいかない。解明は焦りながら、出口へと向かう!
 ……だから、なのだ。解明は普段とは違う、焦りという感情を見せてしまったから。
 だから、彼女は。


 「か、イ、メぃ、さ、ァ……ん」


 まだ倒せていないはずの緑崎鷹臣が、コードを発動させていることになんて、


 「ッ、緑崎ッ————」


 ————気付かなかったのだ。
 驚愕に顔が引きつるのを感じながら、解明が思い切り後ろを振り返る。アキレス腱を無理に動かしたことにより、多少の痛みが両足を襲うが気にしない。解明の後ろには、まるで死人のような表情をした緑崎が立っていた。否、立っているというのは可笑しい。存在しているという言葉が似合う、それは意地だった。今まで自分の上に立っていた強者を何としても虐げようとする、弱者の心のどす黒さ。
 めきり、めきめきめきめきッ!! ……分厚い金属の板を力任せに捻じ曲げるような、耳慣れない嫌な音が実験場全体でベルのように鳴る。雑音はまるで獅子のように、実験場の空間全てで吼えている。

 (これは、空間の歪む音ッ!? まさかッ、緑崎がコードの暴走を……。でも何で、少し私はコードを使って、アイツを潰しただけよッ……!?)

 緊急を告げる警報が喚く心中で、解明は自問自答を繰り返す。
 解明は知らなかった。
 緑崎鷹臣の心のリミッターが、一瞬で一度の敗北に対して、壊れてしまっていたことに。
 解明は知らなかった。
 緑崎鷹臣がまだ、自分のコードの本気を出していなかったことに。
 解明は知らなかった。
 これから、一方的な戦いというものが、始まるということに。