ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ■18—舞台B、ゲーマーと不良 ( No.93 )
- 日時: 2011/04/10 10:37
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: uHvuoXS8)
- 参照: アクセロリータ「やべェよ! (文章の長さ的な意味で)止まんねェよ!」
喉を抉るように突き出された拳は、微風を起こして空気を殴った。かと思えばすぐに姿勢を低くし、がら空きのボディを狙う。明らかに素人とは考えられない戦い方に、遊は大きく舌打ちをした。深い隈を伴う瞳が、ぎゅぎゅっと吊り上げられる。敵意むき出しの表情に対し、高峯は遊との攻防そのものを楽しんでいるように、愉悦を露わにしていた。
「お前さァ、俺の能力わかってんのかよ? そんなに逃げてもなァ————」
「……………………お前の能力は、一つ」
「ハァ?」
と、遊はきゅっと路地沿いにある古いホテルに向いた。ガラスの窓を手刀で割り、薄暗いホテルの一室に遊は飛び込む。高峯は常識外れの遊の行動にぴくりとも驚かずに、蹴りを繰り出してビルの奥へ奥へと遊を追い込んでいく。部屋には誰もいなかった。というよりほぼ空き部屋に近い状態で、机の上にある汚れたカップから、人がいたということがかろうじてわかる程度。
「……………………物質の変化。さっきからナイフをクリボー並みに大量生産してる理由は、それしか考えられない」
「? ……あ、あぁ、正解だ」
「……………………嬉しくねー」
■18—舞台B、ゲーマーと不良
高峯の蹴りが、部屋を出たつきあたりにあった廊下の窓ガラスを割った。そこから2人は、互いに攻撃をし続けながらホテルの一室から出る。むすっとした顔の遊とどこか焦った様子の高峯は、いっさい相手の攻撃に驚くことも焦ることもしない。これは単純に戦闘に慣れているからだろう。
(実は俺も俺自身の『コード』について把握してねェとかいえねェな……)
高峯は近くの標識を掴むと、脳内で『コード』の数式を構築し変化させて、先を尖らせた。汚れているのも構わずに、殺傷力が増した標識を大きく振りかぶり————その重さによってがくんと膝を落とした。
「うお、重っ——」
「……………………隙あり」
「っちょ、おまッ!?」
低い位置になった高峯の顔面を、遊の容赦ない蹴りが襲う。初めてそこで、間一髪という風に高峯は避けた。遊はだぼだぼのジャージ(上)の袖を邪魔そうに振るうと、ぐっと後ろに引き————強烈な拳を高峯の崩された膝に叩き込む!
「! 危ねェッ」
高峯は生まれ持っての悪運のせいかそれさえもかわす。
しかし、自分の体が持つ力と遊の蹴りをかわした力が吊り合わなかったらしく、その場に尻餅をついた。目つきの悪い茶色の瞳に、焦燥の色が映える。ぐっと喉から恐怖が這い出てくる。
「……………………」
いずれ来る相手の攻撃に対して、高峯は視界を強制シャットダウンさせた。額に冷や汗が浮かぶ。目の前が暗闇に包まれているせいか、少しだけ恐怖が緩和される気がしないでもない。高峯の背筋にぞわりとしたものが走った。
(やべェ、やられる!?)
*
(俺は、負けたのか?)
目を閉じているせいで、高峯の見えている世界は真っ暗だった。だが視界を意識から外したからといっても恐怖感だけは残っていて、遊に告げられた後も数秒間、目を開けられずにいた。
(……あんな、いかにもゲームし過ぎで不健康みてェな女に……俺は、自分のミスで負けたのか?)
普段の戦闘————まぁそれも不良同士の、いたって平凡な戦いであり、今のような『マザー』をも巻き込むものではないのだが————では、有り得ないような自分のミス(尻餅)。さらに、自身が引き起こしたミスによって負けようとしている現状。初めて味わう敗北感と恐怖を噛み締めて、高峯は完全に自分の世界へと入ってしまっていた。
「……………………目、開けろっつーの」
「は? って——ちょぶッ!」
それも、遊のチョップによって『開く』という選択肢を選ぶしかなくなったのだが。
「ッてェな畜生、何だよ!」
「……………………うるさい、鼓膜に響く」
高峯は額を押さえ怒りながら目を開けた。目の端には薄っすらと光る涙。よほど遊のチョップが効いたらしい。
が、その怒りも眼前の現実によって何処かへ吹っ飛んだ。
何故なら。
(……って、何でこいつこんなに顔近ェんだよッッ!?)
————遊の顔が、お互いの吐息がかかる程の距離にあったからだ。
さっきまで絶望と怒りが入り混じっていた高峯の顔に朱色が射す。尖った犬歯が見える口は、ぱくぱくと空気を食む。いくら不良といえども中身は純情少年。女子との付き合いはいつも友達止まり、それに加味して少しばかり端整な顔立ちの遊が真正面にいるとなれば、ある意味赤面せざるを得ないわけだが。
対して遊はといえば不可解な表情でじっと高峯の前に座り込んでいた。高峯が何故無言になったのか理解できていないようで、若干の苛立ちが見え隠れしている。
「ってテメェさっさと離れろク.ソが!」
と、ようやく遊の急接近に(少し)慣れた高峯がたいして力の篭っていないパンチを遊へと繰り出した。だが所詮は尻餅をついたまま、未だ赤面中の不良が繰り出したパンチ。へろへろとした拳は、無表情の遊にすぐに止められる。
「てめ、止めやがったなッ!?」
「……………………話を聴けっつーの、この不良もどき」
「もどきィ!? 何だそりゃ、がんもどきかオイ!」
「……………………だから、話を静かに聴け」