ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 日常的非凡。 ( No.16 )
日時: 2011/01/17 20:24
名前: 螢 ◆KsWCjhC.fU (ID: EFzw/I/i)

「棗、俺ちょっと出かけてくるわ」
 俺は靴に履き替えながら棗に言う。
 棗は「おー」と答えてくれた。

 ……多分わかってないな。

 それも仕方が無い。棗は普段なら寝ている時間なのだから。
 というか寝ている。

 俺はそんな棗に苦笑を漏らすと、家を出た。


 家を出た理由。それは、星野に会う為。
 というか、会ってあの事件のことについて聞くため。
 現場を見ていた。なら、犯人も知っている可能性が高い。
 
 ……なんだかこの事件は放っておいてはいけない気がする。

 胸騒ぎがするんだ。
 普段なら、「ふーん」の一言で済ませていた事件。
 でも、……今度の事件は……

 俺の命が危険な気がする。


 

 
「藍原君。そろそろ来るかと思ってた」
 俺が公園を通り過ぎようとすると、後ろから星野の声がした。
「星野。あの事件の事……聞かせてくれ」
 星野は「それもわかってる」というような顔で、ベンチを指さす。
 どうやら座れと言っているらしい。

「で?犯人が誰か知ってんの?」
「……随分せっかちなのね」
 俺が座ったと同時に星野に質問すると、星野は溜息まじりに言った。
「結論から言うわ。知ってる」
 星野が当たり前だという顔をする。
 ……腹立つ。
「じゃあ誰……「それは言えない」
 星野は俺が言い終わらないうちに結論を述べる。
「どういうことだよ」
「言えない。言ったら私が殺されてしまうわ。殺されるのは別にいいけれど、あんな風に無様に死ぬのは嫌」
 星野が淡々とした口調で言う。



 ……『死ぬのは別にいい』

 殺されてもいい。自殺してもいい。
 でも、汚くは死にたくない。
 綺麗に、殺して。
 星野はそういっている。
 美しさを保ったまま、天国へ逝きたいと願っている。
 
 ……俺の知り合いにもいるなーそう言ってた人。
 ま、その話はまた後で、かな。


「そ、じゃ、いいや。ありがと」
 俺がズボンについた砂を払い落として立ち上がると、星野も立ち上がり、俺に向き直って一言残した。
「頑張ってね」
 と。
「どういう———」
 ことだと聞こうとすると、すでに星野はいなかった。
 俺はぼーっと突っ立っていたが、頭を振り歩き出した。
 もう空は暗い。
 雲がかかっているせいか、月明かりも無いに等しい。
 
————早く帰ろう。

 嫌な悪寒が俺の背筋を走る。
 俺は家に帰ろうと踵を返す。
 家に早く帰る為には、路地裏を通る。









 俺が路地裏に入った瞬間、見えてきたのはおぞましい景色だった。


 赤い髪の女が、人 を 切 り 刻 ん で い た 。
 バラバラに。
 腕はおろか、指一本一本にいたるまで、バラバラに。
 その屍はもう人の形を成していなかった。
「……ッ」
 俺はこみあげてくる吐き気を抑える為に口を手で覆う。
 惨殺していた女は俺に気付いたらしく、切り刻む手を止めて俺に向かって笑みを向けた。

「梓クンだ♪」

 俺は名前を呼ばれた反射か、ビクッと肩を震わせる。
「なんで……俺の…名前…知って……」
 声がかすれる。 
 もう、喉がカラカラだ。
「知ってるよ♪誰よりも知ってる♪」
 俺と同年代だと思われる女は、俺に向かって極上の笑みを向ける。

 ……右手に持っている生首さえなければ美しいと思えただろう。
 生首を持って笑っている美少女。

 ………ホラーだ。

「ね?私が誰だかわっかんないでしょ?」
 女は生首を放り投げると、俺に詰め寄る。
 俺は数歩後ろへ下がったが、女は俺の腕を掴んだ。
「わかんないよね?」
 ……こいつ細い腕してんのに力強ぇ…!!
「わかんねぇ…よ…ッ!」
 俺が痛みをこらえながら言うと女は満足そうに笑った。

「わからないんだ…?」
 笑みは楽しそうな笑いから、怒りの笑みに変化していく。
「私は梓クンのこと、こんなにも愛しているのにッ……?」
 俺の腕を掴む力が増す。
「許さないよ…ッ!許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないッ!!!!!」

 女は発狂した様に叫ぶと、俺の腕に爪を立てる。
 ぷつっという皮の破ける音とともに、赤い血がしたたる。
「ねぇ……思い出して…?知ってるはずだよ……?」
 女は血を嬉しそうに舐めとりながら、俺を上目使いで見つめてくる。
「誰だよ……っ」
 俺にこんな精神異常者の知り合いはいねぇ!
「なんだ〜思い出せないの?」
 口調とは裏腹に、女の顔は般若の様な顔に変わる。
「思い出さないと殺しちゃうよ?」
 俺の首筋にナイフがそえられる。

 ……怖ぇー
 
 俺は冷や汗を拭う事すらできず、その場に固まる。
「梓クンは綺麗に殺して、私の部屋に飾ってあげる♪」
 女はそんな物騒なことを口走り、首筋にナイフを突き立てる。
 首筋に赤い線が出来た。

 ……そろそろ動かないと、死ぬな。

 俺は妙に冷静な頭を働かし、女を振り払い距離を取る。
「俺は死にたくないんでね」
 

 ———そう、死にたくない。


 ————死ぬのなら、俺がいたという記憶を、証をすべて消してから死ぬ。


 ———それが俺の死ぬときの絶対条件だ。