ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: イセカイノ魔術士 ( No.1 )
- 日時: 2011/01/28 14:33
- 名前: くうら ◆HsptrkZmYk (ID: EHM01iHp)
*プロローグ*
赤いジャケットを羽織った黒髪の小柄な少女が、傍らに置いた大荷物に背を預けながらポツンと立っている。
「まいったなぁ……」
朔耶は人気の無い寂れたバス停留所でどうしたものかと独り立ち尽くしていた。ここまで乗ってきたバスは既に行ってしまった。停留所の錆びの浮いた時刻表を見ると、次の便は明日の朝8:00からになっている。
連休も明けようかという週末、友人に誘われた河原でのキャンプに偶にはそういうのも良いかと大荷物を背負ってやって来たのだが、降りるバス停を一つ間違えてしまい、今の状況に至っている。
「連絡のしようも無いし……」
携帯は圏外なのでリュックの中。地図を取り出して現在地を割り出し、本来の目的地であるキャンプ場の方角を眺めると、見た目なだらかな小山がぐるりと周囲を囲んでいた。位置的には小山の向こう側にキャンプ場の河原がある。
日はあまり高くは無いものの、夕暮れにはまだ余裕がありそうに思えた。
「この山を越えれば、向こうに合流出来るかな?」
都合よくキャンプ場行きの車が通るとも思えず、幸い目の前の山は高さも丘のような程度で、大して険しくもなさそうだ。徒歩で山を越えて皆と合流した方が良いと判断した朔耶は、荷物を背負い直して歩き出した。
山の入り口にはハイキングコースらしき絵が描かれた看板が立っており、コースの一つは山を越えた向こう側のキャンプ場に繋がっている。ルートは簡単、ただ道なりに登って行けば良い。
「良かった、思った通りだった」
これで少なくとも夜までには到着出来る筈。降りるバス停を間違えた事は笑われそうだが、逆に話のネタにすればいい。朔耶はそんな事を思いながら、舗装されていないハイキングコースの山道を登り始める。
そうして二十分くらいは経過したかという頃。まだ余裕があると思っていた日暮れは予想より早く訪れ、木々の合間から見える空はすっかり茜色に染まっていた。
太陽はこの山の向こう側に沈んでいるので、完全に日が暮れる前に頂上まで登りきれば沈む夕日を二度見られるかもしれない。それはそれで面白そうだとペースを速める朔耶。急がなければ日が沈むと街灯もない山道は比喩無しに真っ暗になる。
「?」
その時、ふわりとした気配が一瞬、朔耶の身体を包み込んだ。
暖かい空気の塊りにぶつかったような奇妙な感覚。ふと気付がつくと、目の前には草の壁。腰嵩ほどもある蔓草が行く手を阻み、立ち並ぶ木々の間には薄暗い闇が続いている。
元々雑草も多く、殆ど獣道のような細い道だったので余所見をした隙に道から外れてしまったのかと、引き返す為に振り返る。
「あれ……?」
何故かそこにも嵩高い草が茂っていた。
ハイキングコースの道が無い。自分が立っている場所を、ぐるりと背の高い草で囲まれている。奇妙な事に、自身が歩いて来たであろう筈の痕跡が何処にも無かった。
「……なに、これ」
朔耶はしばし呆然とし、状況を整理しようとするにつれて得体の知れない恐怖感が湧き上がる。自分は何処に居るのか? ここは何処なのか? 何時の間にか遭難してしまったのだろうか?
「待て待て、落ち着け……まずは状況確認でしょ」
ゆっくり深く息を吐き、不安と驚きで悲鳴を上げ掛けている心を落ち着かせる。ざわざわと締め付けるような胸の感覚を解きほぐしながら、周囲の様子をゆっくり観察した。
呼吸は意識して深く、強張った肩の力を抜き、軽く膝を曲げて震えを吸収させる。
「……?」
何処からか水の流れる音が聞こえる。近くに沢でもあるのかもしれない。とりあえず川でも見つかれば、川沿いを辿って麓まで降りる事が出来る。突然知らない場所に立っていたという現象は不可解だが、町に降りられれば何とかなる。
そう判断した朔耶は水音のする方向を目指して歩き出した。
頭上を覆う枝葉の間から差し込む陽光は、茜色から蒼暗い夕闇の色に変わり始めていた。
*第一物語*
朔耶は驚きと戸惑いに一瞬呆けてその人物を見た。
すっかり日も暮れ、周囲は文字通り真っ暗になってしまい、荷物の中から取り出したLEDライト式の懐中電灯で確保した僅かな視界の中。ようやく見つけた川岸に添ってイザ歩き出そうとしたその時、ガサガサという物音に振り返ると木々の奥から物凄い勢いで飛び出してきた一人の少女。
外国人らしきその少女は、何故かドレスを纏っていた。
裾の広がったスカートにはあちこち擦り切れた跡があり、所々破れていたが、高級品を感じさせるような金糸の細かい刺繍と控えめな装飾がLEDライトの光を反射して少女の腰の辺りまでふわりと伸びる少し乱れた金髪と同じようにキラキラと輝く。
何故こんな場所でドレスの金髪少女? と思考が固まったが、相手も此方を見て驚いたように固まっていた。まるで何処かのお姫様のような少女はしかし、直ぐにその表情が此方を警戒するように鋭くなった。
『ああ! もしかして何時の間にか誰かの私有地に入り込んじゃってたとか……それもなんだかロイヤル〜な外人さんのっ。でもって実は近くに城みたいな家が建っててココはその家の庭の一角だとか! げっ あたし不法侵入者じゃん!?』
少女が此方を睨みながら何かを言おうと口を開き掛けた所で、これは急いで誤解を解かねばと考える。
『不可抗力、不思議現象、迷子…… うん、迷子が一番今の自分を現してる ……迷子だし』
「あ、あのぉ……」
「○x?」
ふっと少女の顔から警戒が薄れた。
「えっと、実は迷子になっちゃって…… 決して怪しい者では無いですハイ」
「△&○x#@。?」
『う、言葉分からん…… どうしよう』
聞いた事の無い響きの言葉に、朔耶はどうしたものかと迷っていると、少女はすっと手を伸ばして朔耶おでこの辺りに指を添えた。
「え? な、なに?」
「>+○@△……——△*○*◇*——」
何事かを囁き掛け、言葉とも音とも付かないような声で何かを呟く。途端、朔耶の頭の中に水が流れ込んでくるような不思議な感覚が走った。
「わっ うわっ ……何これ!?」
「『疎通の加護』を使いました、これを……」
少女はそう言って自分の指に填めていた指輪の一つを外すと、事態に付いて行けずアワアワしている朔耶の手をとって指に填める。
「私はフレグンス王国の第一王女、レティレスティア・フィリス・フォルティシス・フレグンスと申します。何処の国から参られた方かは存じませんが、魔術士殿、どうか私に力を御貸しください、賊に追われているのです」
「へ? 王女……? 魔術士……? 賊……? って、この指輪」
「それは水の精霊の加護を永続させる指輪です、それを報酬として貴方に差し上げます。不躾な方法とは思いますが、何分緊急事態ですので…… どうかそれを持って魔術士殿のお力を!」
そこへレティレスティアを追ってきた集団が姿を現した。帷子を着込んで短剣を装備した男達が次々と木々の間から飛び出し、川岸に立ち竦む朔耶とレティレスティアを取り囲む。
その内の一人が、ターゲットであるフレグンスの姫の隣に立つ人物を見て一瞬怯んだ表情を見せた。
見慣れない服装と大荷物を背負っている姿から旅の者と推察出来るが、その人物の右手から白く眩しい光が放たれている。只の明かりにしては強すぎる光、眼も眩む様な強力なあの光は明らかに戦闘用のものだろうと警戒する。
「気をつけろ、魔術士がいるぞ」
男達は手にした短剣を構えて臨戦態勢を取った。魔術士が相手となると、程度の差はあれ通常の戦士の力では魔力によって具現化する力には及ばない。
随分と歳若い魔術士のようだが、これほど強力な光を保ち続けている事から、見た目と実力は比例しないと考える。
見た感じでは姫の家臣というわけでは無さそうだし、旅の魔術士が偶然この場に出くわしただけかもしれない。そう判断したこの集団のリーダーは、交渉を試みる。
「我々は無用な争いを好まない、魔術士殿、その女性を此方に渡して貰おう」
突然刃物を持った集団に取り囲まれてそんな事を言われた朔耶は、現状に理解が追いついていなかった。頭の中は既にパニック状態である。
「あんた達…… 一体、なんなの?」
混乱する意識の中、ようやくそれだけ口にする。それは殆ど独り言を呟いたようなモノだったのだが、集団の男達はこれを誰何と取り、律儀にも自分達の任務で与えられた権限の赦される範囲内でそれに応えた。
「我々はバルティア帝より直々に任を賜った者だ、所属と階級は言えない」
「バルティア帝! ではやはり、貴方達はグラントゥルモスの手の者ですか」
「如何にも。レティレスティア姫、既に退路はありません。我々と共に来て頂こう」
王族に対する敬意を込めた命令口調でレティレスティアに投降を促す集団のリーダーは、同時に彼女の隣で沈黙を続ける魔術士の動向に最大限の注意を払う。
魔術士には皆変わり者が多く、独善家で気難しいと聞く。この件に関与しないつもりならその方が有り難い。駄目押しとばかりに、如何に此方が有利な状態にあるかを説いてみた。
「いくら魔術士といえど、我等を相手に力を振るうには些か距離を詰められ過ぎている」
「……」
「少数とは言え我等もグラントゥルモスの精鋭、当然、対魔術戦闘の心得もある。そちらの魔術士殿は偶々この事態に巻き込まれたとお見受けするが、無益な争いは好まない様子」
未だ沈黙する朔耶に縋るような眼を向けるレティレスティアだったが、確かにこのまま巻き込めば国家間の争いに引きずり込む事になり兼ねないと思いなおす。
追っ手に追われ、森の中を独り彷徨った心細さからつい、目の前に現れた異国の魔術士に縋ってしまったが、よく見るとまだ歳若く、恐らくは見習いの身であろう見ず知らずの旅人を、これ以上危険な事態に巻き込む事は躊躇われた。
「……分かりました、この方は私とは無関係です。害を加えない事を約束して下されば、大人しく投降しましょう」
「承知した。元より我々も事を荒立てるつもりは無かった、貴方の身柄を確保する事が目的ゆえ」
男が仲間の一人に合図すると、部下らしき者が鎖の付いた革の輪のようなモノを取り出してレティレスティアに近付く。その拘束具を見たレティレスティアは一瞬、ビクリと肩を震わせて身を引くが、気丈に踏みとどまった。
「失礼かとは思いますが、貴方の逃亡と精霊術を封じる為の処置です、危害は加えません」
枷を填められる事への不安と怒りと羞恥で顔を赤くするレティレスティアだったが、現状ではどうする事も出来ない。大人しく従おうと自ら一歩踏み出したその時。
「なんか…… ムカつく」
低い呟きと共に、この辺り一帯を照らし出していた白い光が突然消えうせた。今まで眩しい程の光に眼が慣れていた為、一瞬にして視界が暗闇に閉ざされる。
全員がぎょっとして呟きの主、先程から沈黙していた若い魔術士の方を振り返るが、その瞬間、眼も眩むような鋭い閃光が瞬いた。
200ルーメンのストロボフラッシュライトが激しく明滅する。さっきまでの光とは比べ物にならない光量は、文字通りそれを見た者の眼を眩ました。
「しまった!」『今まで沈黙していたように見えたのは詠唱を行っていたのか!』
集団のリーダーは慌てて防御体制を取った。魔術士を前に視界を奪われて無防備になるなど致命的に過ぎる。少しでも魔術による攻撃の被害を抑えようと後ろに跳び退って地に伏せた。
「こっち!」
「え!?」
その隙を逃さず、朔耶はレティレスティアの腕を引いて走り出した。