ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 神様の図書館 ( No.3 )
- 日時: 2011/02/12 18:06
- 名前: 九龍 ◆vBcX/EH4b2 (ID: lEHXqtcI)
- 参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_m/view.html?599093
しとしとと、雨が降る夜のことでした。
少年は、真っ白な部屋にいました。
壁紙も、床も、机も、ベッドも、すべてがすべて真っ白な部屋で、少年は、窓の外を見つめていました。
雨が容赦なく、窓を打ち鳴らします。
少年は中腰になり、ベッドの上で窓ガラスに手をあて、そとを見ていました。
窓の外には、あじさいの花が綺麗に咲いているのが見えました。
青や紫の色のあじさいは、ただ、そこに、美しく咲いていました。
少年は、青いあじさいを見つめ、ほぅっとため息をつきました。
空を見上げると、灰色の雲に覆われた空が見えました。
少年は灰色の空が見えるところに、つぅっと指を滑らせます。
そして、水蒸気のついた窓ガラスに、細く長い指で、何かをかきます。
白い少年の指先は、すすぅー……っと窓ガラスの上を滑ります。
少年は窓ガラスから手を離し、ニコッと笑いました。
濡れた窓ガラスには、少年が先ほど描いたてるてるぼーずが見えます。
てるてるぼーずは、憂いに満ちた顔をしていて雨を呼んでいるかのような姿をしています。
顔は憂いに満ち、服は傘のような形をしているそのてるてるぼーずを眺め、少年は深くため息をつきました。
『———今年の梅雨は、あまり綺麗なあじさいが見れなかったなぁ』
少年の頭の中で、歌うような優しい声が響きます。
少年はベッドの近くにある、白いテーブルに手を伸ばしました。
白いテーブルに上には、白い写真立てと、青い折り紙で作ったあじさいが置いてありました。
少年は写真立てを手に取り、写真立ての中に入った写真をそうっと撫でました。
写真の中では黒髪の青年と、笑顔の少年が映っています。
少年は写真立てを窓の縁に立てかけ、やわらかく微笑みます。
「見てよ、兄さん。今年の梅雨は、あじさいが綺麗に咲いたよ」
少年は写真立てに顔を向け、黒髪の青年に微笑みかけます。
庭に咲いているあじさいを見ながら、少年は頬杖をつきました。
『———来年は、一緒に綺麗なあじさいを見れるといいね』
写真に写っている、黒髪の青年の言葉を思い出し、少年は俯きました。
今年は、あじさいが綺麗に咲いたよ。
ほら、梅雨の時期の綺麗なあじさい。兄さん、みたいって言ってたでしょう?
……一緒に見ようって、約束したのに。
「———なんで、僕を置いて行っちゃったの?」
少年は小さな声で、そう呟きました。
黒髪の青年はちょうど一年前、交通事故にあい、他界してしまいました。
少年の目の前で。
少年が急いで青年に駆け寄ると、青年は少年に笑いかけました。
『大丈夫。お前と一緒にあじさいを見るまで、死んだりは、しないから』
青年はそう言い、すすり泣く少年の手をそっと握りました。
車の運転手は、急いで助けを呼びに行きます。少年は運転手の背中を睨みつけ、歯ぎしりをしました。
『……あの人は、悪くないんだよ。俺が、あじさいに気を取られて、前も見ずに歩いていたから……』
青年は、かすれた声でそう言っていました。
青年の手は雨にぬれ、どんどん冷たくなります。
少年は泣きじゃくりながら、青年の手をきつく握りしめていました。
青年はそんな少年をなだめるように、少年の頭を、優しく撫でてやりました。
やっと助けが来たのは、一時間後でした。
その時には、青年の肌は、凍ったように冷たくなっていました。
少年は青年の手を握り、ずぶぬれになるのも気にしないで雨の中ですすり泣いていました。
「ねぇ、兄さん」
少年はあじさいを指差し、写真に語りかけます。
「見てよ、あのあじさいを。綺麗な赤いあじさいだよ」
少年が指差した先には、赤いあじさいがありました。
紫のあじさいの中に咲いた赤いあじさいは、雨を受け、生き生きと咲いています。
少年はくしゃりとした笑みを浮かべ、写真立てに語りかけます。
「兄さんはあじさいが好きだから、あじさいの下に骨を埋めたんだ。
兄さんの好きなあじさいが、いつも見られる場所なら、兄さんも嬉しいかなって。
そしたら、骨を埋めたところに咲いたあじさいが、赤くなったんだ。
ねぇ、綺麗でしょ……?」
少年はそう言い、俯きました。
少年の頬を、一筋の熱い雫が伝い落ちました。
少年はベッドに倒れこみ、枕に顔をうずめ、すすり泣きます。
その声は、優しい雨の音に包まれ、だんだんと聞こえなくなっていきました。