ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: お月様の図書館 ( No.5 )
- 日時: 2011/02/16 19:56
- 名前: 九龍 ◆vBcX/EH4b2 (ID: 0Flu7nov)
私の妹は、にこりと笑って、彼に手を振った。
「じゃあ、また明日」
また、明日、あいつが来るのか。
妹に手を振りかえしたのは『聖職者』と呼ばれる少年だ。
年は僕と同じくらいで、黒い髪を肩まで伸ばしている。服はいつも真っ黒な物を着ていて、首には十字架のネックレスをかけている。
愛想の良さそうな笑顔と、心地のよい、歌うような声を持つ彼は、色々な人に愛された。
この監獄の中で一番優しく慈悲深い彼は、この監獄で神父として働いていた。
ここは、僕が管理している監獄。十三番目の監獄だ。
いつもは『肉屋』と『弁当屋』の兄妹が、ここの囚人に食事を配っていたのだが、今日はあの二人がいなかった。
そのことを思い出したのは、ほんの十分前のことだった。
そのことを思い出し、ここに来てみたら『聖職者』と私の妹である『服屋』がいたのだ。
服屋は、私と同じ金色の髪の少女だ。金色の髪は肩まで伸ばしていて、目は私と同じ、青い空の色だ。
服は、群青色のワンピースを着ている。
それは『おまわりさん』である私のまねなのだろうか?
私は、この監獄では『おまわりさん』と呼ばれていた。
この監獄の全体のことを管理し、何か違反をしたものがいれば処罰する。
それが、私の仕事だ。
「あ、お兄様!」
妹が私に気がつき、私の方へ駆け寄ってきた。
私は無邪気な妹を見て、やわらかく微笑んだ。
「お兄様、聞いて。今日は、聖職者様が歌を聞かせてくれたの」
妹はうっとりとした表情でそう言い、ピンク色がさした頬に、白い手をあてた。
「囚人達も、聖職者様の歌に聞き入っていたの。いつも悲しそうだったのに、いまは、とても元気になっているの」
妹はそう言って、愛らしい微笑みを浮かべる。
いつもなら、その愛らしい微笑みを見ると、幸せになったものだが、今日は違った。
妹の微笑みを見て、胸に湧いてきたものは、身を焦がすような嫉妬の感情だった。
この笑顔は、私に向けられている物ではない。きっと、聖職者に向けられた笑みなのだ。
そんな考えが、頭の中で反響する。
私はその声を聞かないようにして、妹の頭を撫でた。
「そうかい、よかったね」
私はそう言って、わきあがる感情を胸の奥に押し込め、妹の頭を撫でた。
———『聖職者』に、こんな感情を覚えるなんて、どうかしているのだろうか。
私はそう思い、頭を抱え、監獄の中にある、一つの椅子に腰かけた。
嫉妬は醜い。
そう言う人達の心が、今、解った気がした。
確かに、今自分の中からわきあがってきた感情は、綺麗とはいえないものだった。
なんだか気分が悪くなったので、その日は、早めに床に入ることにした。
次の日に、私は『聖職者』のところへ行った。
昨日、囚人達の相手をしてくれたので、感謝の気持ちを伝えようと、教会まで歩いて行ったのだ。
教会まで歩いて行くと、鮮やかな色ガラスが見えてきた。
私は駆け足で教会へ行き、色ガラス越しに教会の中を覗いてみた。
『聖職者』は、マリア像の前の席に腰かけていた。
私はそれを見つけて、教会の入り口まで行こうとした。
だが、『聖職者』の隣にいる人を見て、私はいったん、その足を止めた。
『聖職者』の隣には、茶髪の女性が立っていた。
女性も真っ黒な服を着ていて、胸元の銀色の十字架がきらりと光っている。
茶髪の女性と『聖職者』は、何やら親しそうに話していた。
———二人の邪魔をしては、悪いだろうか。
そう思い、帰ろうと一歩後ろへ下がったときに、私はその場に縫いとめられた。
茶髪の女性が、聖職者を抱きしめ、耳元で何かをささやいた。
そして、その後、聖職者の額に桜色の唇を近付けたのだ。
———なんだ、あの女は。
私はその先を見たくなくて、目をつぶったが、その後のことを想像し、ギリッと歯ぎしりをした。
妹が好意を寄せている『聖職者』を、彼女もまた、愛しているのだろうか?
前の私なら、『聖職者』は誰にでも愛される人だからと、あきらめもついたはずだった。
だが、昨日のことで苛立っていた私は、そうはいかなかった。
妹の好きな者を横取りする女がいるということが、とても頭に来たのだ。
その感情は、昨日のようには抑えられず、私の手は、自然と、腰のベルトに刺していた、刀へとのびて行った。
あぁ、そうだ。
あの女がいなくなれば、『聖職者』は、妹といてくれるはずだ。
私はそう思い、にたりと笑った。
銀色の刀に、私のゆがんだ顔が映った。とても、とても、醜い顔だった。
あの女の首も、処刑人達のように、すっぱりとはねてしまおう。
大丈夫、私は『おまわりさん』だ。法律に逆らった者や、違反をしたものは、処罰してもいいのだ。
だから、私は誰にも攻められることはない。
だって、あの女は妹の大切な人を盗もうとしたのだから。
『盗み』は、犯罪なんだから———。