ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

私の不幸なる日常 ( No.4 )
日時: 2011/02/20 13:03
名前: 故 ◆KJbhM1uqv2 (ID: QSygN.Tt)

#2

——キーンコーンカーンコーン

 典型的な学校のチャイムがなり響く廊下で私はまさに全力疾走を続けていた。まぁ、つまりは遅刻なんだけどチャイムはまだ半分しかなっていない=あと半分のチャイムの間に教室に滑り込めれば遅刻回避というわけで、そこは必死にならないわけには行かなかった。

 たかが遅刻くらいかもしれないけれど、私のクラスの担任怖いからね……今時体罰とか時代遅れと私は思う。しかも、廊下でバケツもって立ってろだよ?

 否、私たちには授業を受ける権利があるからさぁそれは駄目なんじゃないかなとか反論すればあいつは「人生の勉強だ」と叫ぶ。こういわれてしまうともうあきれてしまい反論する気も失せ、なんだかんだで罰を受けることにと……。余談だけど、この体罰教師は教職12年目に突入してしまっているらしい。よくPTAとかになんか言われなかったものだ。


 と、そんなことを考える前に遅刻しないように走るかその言い訳を考えなきゃ。あの担任は確かに体罰教師だが、幸いなことに一方通行な感情をふりまく熱血教師ではなかったから、一応言い訳があれば聞いてくれる。もしかしたら向こうとしては言い訳を聞いているのではなくて、死ぬ前の遺言を聞いている気分なのかもしれないけれど。

 まぁ、そんなのどっちでもいい。私はバケツを持って廊下に立ちたくないだけ!


——コーンカーンキーン……ぎぃぃ!!


 よし、間に合った。席はこの場合幸いにも一列目の教師の目の前。あと二音くらいの間でも滑り込むことは可能!
 もともとこの勝負の分かれ目は軋んだ嫌な音をたてる扉を開けることが可能か、不可能かにかかっていて、遅刻したとしてもここで到着できれば体罰教師は努力したとか何とか言って罰を軽くしてくれる確率もあった。


 なんていう風に私は軽く油断していたわけだ。まさか、まさかここであろうことかあんなドジを踏むとは思っていなかった。正確には私が悪かったんじゃないって言い張れるようなドジを踏むとはね……。


 私は恨むよ、野田具美! あんたが教室の一列目それも扉に一番近い席に座っていて、わざとかなんなのかは知らないが体操着の袋を扉の目の前に転がしっぱなしにしていたという事態を。そして、黒板の隣の掲示板的な場所の前に、前回の掃除で机を置いたあんたを。その上にたまたま花瓶と素敵な花を置いたこのクラスの誰かを!!


 いってしまえば私はその体操着袋に躓いて、引っかかって転び、そこにその机があってそれを軽く揺らし、たまたま机の端においてあった花瓶が宙を舞い花を左右に散らし、花瓶とその中の水と花の一部が私の頭上に落ちて、もう片方の花の一部などが重力に反し体罰教師の頭上にいきそして……。


 どんなに格好よく描写しようと事実は一つ。馬鹿な私は転んでから水とガラスまみれになり、体罰教師は運命のいたずらか花まみれになったというわけ。しかも、私のほうはまだ不憫だとしても教師の方には不満がたまっている上にその姿があまりにもこっけいだったから——


「先生……花が花が花が……うぁっはあっは!!」
「ちょっとなんだ、これ! うける。まじうける」
「そーえばさー、この前ね先生結婚したんだってさぁ。花子って言う人と。花屋の人みたいなんだけどさ、この姿見てやりたいよね! どんな反応するかな?」
「汐、ちょっと言い過ぎだって」


——教室は文字通り爆笑の渦となり、先生はその現実を捉えられないのかぽかんと口を開けっ放しで茫然自失状態。私は水浸しになったままで、ことの元凶——具美の方を見る。そもそも、私が遅刻しかけたのだってあんたが弁当忘れてそれをかおるちゃんが届けにきたからなんだよ!


 という風なことをこめてにらみつけると、彼女は何時もはほとんど笑わないくせに小さく、口の中だけでくすっと笑う。私をまるで馬鹿にして哀れみ、同情しているような微笑を浮かべながら、くすっと。しかも、手元では筆箱に入れっぱなしにしているカッターをいじくっている辺り、私なんて道端に生えている草と同レベルにどうでもいいといわれているようで、なんかむかっとくる。


 美女が微笑むと美しいというみたいだけれど、この黒い長髪のクールビューティーが笑うと嫌味にしか見えない。その微笑に含まれている成分からだけじゃなくて、もっと根本的な彼女の性格からしてもそううとしか見えないような成分構成なんだろう。


 あぁぁ嫌だ! ここで怒られるのは絶対に私なんだ。どんなに私が悪くなかったとしても、遅刻しかけたのは私だし間接的にも花をぶちまけたのは私。ここに神様の運命のいたずらが絡んでいようがいまいが関係ない。神様は裁けなくて、目に見えてこの事態を引き起こしたのは私なんだから。


 平安貴族が羨ましくなった。何でも呪いのせいに出来るから。雨が降らないのも日照りが続くのも、天皇が死んだのも雷が落ちてきたのも、みーんな誰かの怨霊とか誰かの呪いで片付けられちゃうから。
 本当の殺人事件が起こって、そこで殺された人から見ればいい迷惑かもしれないけれど、結局その時代ではそれがルールだから。みんな生まれた時からそう信じているから、否定できない。否定できる要素がないし、否定すれば呪われて、それで死んでしまえば死んだことが肯定となってしまう。難しいったらありゃしない。


 閑話休題、まだ朝起きてから一時間ほど。それだけの間にこんなに現実逃避をする必要はない。
 なんて思っていたら、落雷した。私の耳に、大きな声が。


「な、な、な、何をやっている三上! さっさとこれを片付けろ!」


 声、無駄に大きいんだよ! 頭に響いて割れそうじゃん。こんなに近くで必死に叫ばないでよ! 迷惑じゃん。
 言葉には出さないけれどそう叫びたくなって、でも叫んでもしょうがないしこれを片付けないわけにも行かないから、教室の端の雑巾賭けまで歩き出そうとしたその時……。


「あ——……」


 体罰教師の馬鹿。ガラス製の花瓶が落ちてきて、それが割れて無事な人間がいるか。少なくともガラスのせいでどこか傷を負うに決まってて、それのせいで私が——。


 血が足りない……。