ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 私の不幸なる日常 ( No.7 )
- 日時: 2011/02/18 18:59
- 名前: 故 ◆KJbhM1uqv2 (ID: QSygN.Tt)
- 参照: ……他の人の作品にコメしたい→反応してくれるか怖い(ジレンマ)
#4
「それでさ、二時間目の英語で先生がHe is praying for the basketball game. っていう例文を読んだの。それで帰国子女の子がそれじゃぁバスケットボールの試合について祈っていることになります。正しいのはHe is playing for the basketball game. です、って言って大喧嘩になったの。で、結局英語の先生の方が正しかったんだけどね、みんな帰国子女のこの味方になるから、世の中って不条理だなぁって」
「……どうでもよくない? っていうか、どうでもいいよね!」
「世界なんてどうでもいいことであふれてるんだぞ!」
「かっこよくまとめた!」
なんだかんだで具美が帰った後も花梨は保健室に居座っていた。本人曰く「教室にいても暇だし、具美もあれじゃぁからかって遊べない。∴私は保健室に居座ってやる」という、どこか間違った証明をしていた。
それで、∴のマークが茶畑の地図記号に似すぎているのかいないのかで口論になって今に至ってしまっているのだけれど……え? そんなことは生きているうちで知らなくていいし、考えるのも無駄? 確かにそうかもしれないけれど、世界なんてどうでもいいことであふれているんだ! という花梨の意見には同意するわけで、別に知りたい理由とかそういうのはあんまり気にしない。
どうせ生きているうちで交わす会話の中で覚えていることはほんの少し。昨日の朝、妻と会話したか思い返せば実はいってらっしゃいさえもいってなかったりする。次に相手とあって話すときにおなじ話をされてても気づけないことだってあるし、逆に自分が話したということを忘れもう一度おなじ話をしていたりする。
むしろ、教室の半分をしめる少女たちが交わす会話なんてもっと不毛なものの方が多いじゃない。
誰と誰が付き合ってる? 誰が誰を好き? あの二人が絶交した?
知らなくて存する話じゃないけれど、無駄に古い情報によって周りを困惑させたりしてしまうような話、知っていてどうするの?
色物の事件のニュース、アイドルのスキャンダル。
私は話している意味がよくわからない。だって、違う星に生きている人のことなんて興味ない。
あの人がかっこいい? あの人がかわいい? あの人をいじめよう? あのブランドいい感じ? あんたの筆箱がかわいい? だから?
長いものには巻かれろというかもしれないけれど、あんな意味のない社交辞令を繰り返すような人とはあんまり話したくない。すごい疲れるから。相手に合わせていないといけないから。
昔はあの渦の中にいたことだってあった。それで、渦の外に生きている人を地味に馬鹿にしたり、私たちは仲良しなんだとか言い張ってみたり。だけど、学校がちょっと変わったりクラス替えがあったりするだけでもう二度と話さなかったり、気づいたら相手を嫌っていたり。
昔は大好きだったパパが、今では鬱陶しくてしょうがないような感覚とは違う。私はパパがいないけれど、きっとそうなんだと思う。
考え方が狭い? そうかもしれない。排他的で内向きな性格? そう捉えることも可能。他人に興味がないって、生きて行くのに辛いよ? 生きるのが辛くない人なんて見たことない。生きるってことは逃げられないってことなんだから、苦しくないわけがないんだって。前へ進むことが嫌じゃない理由なんてあるはずないんだって。
——キーンコーンカーンコーン
本鈴まであと十分という予鈴が電気さえついていない保健室にも平等に鳴り響く。チャイムが鳴り始めるときに「ポコっ」というスイッチを入れる音がするのがなんかスイッチを押すのが手動っぽくて可愛いと思う。どうでもいいんだけど、これはイギリスのどっかの教会のチャイムの音らしい。詳しいことは知らないんだけれどね。
ただ、兎に角そろそろ教室に帰らなければ。保健室でいつまでも寝てたかったけれど、具美に授業出るって伝えちゃったからね。よし、行こうとか何とか花梨に伝えようと思いさっきまで彼女が座っていたところを見ると、何本か細かい皺が走っているだけで彼女本人は座っていない。
すると、今度は小さく端が開いているカーテンの向こうからカサカサというシャーペンをはしらせるような音が聞こえてくる。ちょっと気になったので、私はゆっくりと上履きに足を入れ靴紐をしっかりと結んで立つ。一瞬めまいがして、足から力が抜けてゆくような気がした。けれども、倒れる前にベッドに手を着き倒れずにすむ。と思うと今度はガンガンと頭が痛くなる。まるで、朝俯いて本をずっと読んでいたときみたいだ。だるい体に鞭をうって二、三歩動くと体が大分安定してきた。途中途中頭が痛くなるけれど、それも大分ひいてゆく。
やっと普通の平衡感覚が戻ってきて歩けるくらいになった時、カーテンの間から花梨は文字通りひょっこり現れた。その、ひょっこりというのはブレザーのリボンがあるところから上だけがカーテンの隙間から覗いていて、それがなんとなくモグラがひょっこり現れたっていうのを想起させたからなんだけど。
そして、私が立っているのを見ると、まるでお化けを見つけてしまったように目を見開く。私は普通に唯立ち上がっただけだというのに。まぁ、しばらくしてちょっと太ももの裏辺りが痛くなってきたけれど、なまってきているだけだろうし其処まで気にする理由なんてないでしょ? もしかして、足とかにでもガラスの破片が刺さっていたのかな? そういえば、太ももってずっと布団にもぐりっぱなしだったから怪我してないか確認してないよね?
そういえば、この簡易ベッドに松葉杖が立てかけてあったけれど、もしかして私よう?
「えっと、何で歩けるの……かな、かな?」
「歩けるから歩けるんじゃない?」
「不毛な会話は止めようよ!」
珍しく花梨のほうからふざけた会話が打ち切られる。それほどに驚いたみたいだ。まったく、足の骨が折れたとかそういうわけじゃないんだよ? 唯単に皮膚がガラスで切れちゃっただけじゃない。どうして松葉杖なんかが必要なのかむしろ私が理解できないよ。理解できない私がおかしいのかもしれないけどさぁ。
「つまりは、松葉杖いらないんだね? 優しい友達の花梨ちゃんが肩を貸してあげるっていうしぅちゅえーしょんは実現できないんだね!?」
「どうしてそんなに必死なの? しかも横文字がひらがなな発音だよ!?」
「気のせいだよ〜」
花梨はへらへらと笑う。どうやら私を自らの理論に従わせることを諦めたみたいだ。うん、諦めってやっぱり肝心だね! と、おっとっと。あのことを聞くのを忘れるところだった。
「どうして、さっき私の簡易病室から出て行ったの?」
「ほら、授業に戻ることメモに書いておこうって思って。先生が帰ってみたらもぬけの殻なんて怖いじゃない」
「帰ってくる確証ないけどね?」
「さすがに帰ってくるでしょ」
——私たちはこう平和で日常をもうしばらくだけ続けていたんだ。