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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.119 )
日時: 2011/08/13 19:26
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)


「うりゃぁぁっ!!」

大きく拳を振り上げ、前方にいるクロナギへと俺は殴りつけようとした。早く駆けつけないと、俺は何故だか胸騒ぎなものがしてならなかった。嫌な予感がする。そんな一心で殴りつけた。だが——

「弱い」
「なッ!」

左手で俺の拳を側面から押さえ、ふわりと退けると、残った右手でクロナギは拳を作り、見えない速さで俺の横腹を殴りつけた。
メキメキッ……! と、ありえない音が俺の腹から響いてくる。これは骨、完全に折れたな……なんて思っていた瞬間、急激に体が後方へとスピードを出し、飛ばされていく。やがて、後ろにあった建物へ激突し、ヒビの割れる音が背中越しに聞こえたと思うと、今度は背中の方から痛みが走った。

「ぐぁ……ッ!」

何故か手足が痺れ、その場に座り込んでしまった。どうして力が入らない……? グーパーグーパー、という風に手を動かそうと脳から指令を送っても、全く応答してくれない。

「君の不安定な魔力を、私の魔力でかき消したからな。魔力を破壊したのと、ほぼ同じことを君にした」

そのクロナギの言葉に返事をしようと口を開けても、声が発せない。これが魔力を破壊されたということなのか?
そうしていると、前方にアリサが仁王立ちで立っていた。

「次はお姫様が相手か?」
「執事とか、皆皆おいてきちゃって姫様もクソも——ないでしょーっ!!」

手を広げたのとほぼ同時に、銀色に光る電撃のようなものが、レールガンのようにして円状を描き、放たれていく。
すげぇ眩しい、と思った瞬間、それらはクロナギへと激突——しなかった。

「それで私を倒そうなど、甘すぎるわっ!」

上空へ飛び立っていたクロナギは手と手を合わせ、素早く刀を抜き去るようなポーズをとると、どこからか黄色に光り、爆発しているような噴出を見せている剣が出来上がっていた。

「上空なんて、魔法の餌食じゃないっ!」

アリサはそう叫ぶと、再び一直線上の銀色電撃を出そうと構え、そして放った。虚空を電撃が真っ直ぐに貫き、その一直線上にいたクロナギも同じように貫かれた。そう思っていたが——

「その油断が、甘いと言ってるんだ」
「——え」

クロナギは既にアリサの後方にいた。その後ろから見守っていた俺でも、クロナギがいつそこに来たのかが全く分からなかった。多分、またあの電撃の眩しさの時かと思う。あれは目晦まし程度にはなるんじゃないか?
そんな呑気なことを言う前に、俺はアリサに向けて「前に転がって避けろ!」と声が出た。もう声が出るようになっていたという驚きよりも、まずアリサの安否が心配だった。

「——そんなもの、見切っているに決まっているだろう」

そのままクロナギはアリサに向けて斬りかかると思っていたが、もう片方の腕でアリサの腕を捕まえ、足払いをして転ばせる。そして先ほど俺にしたように握り拳を作って、それをゆっくりとアリサの腹元へと突き出した。
俺のようにメキメキ、といった骨の砕けるような音はしなかったが、アリサは俺と同様に麻痺したように動かなくなってしまっていた。

「くそっ……!」
「立ち上がろうとしても無駄だぞ、英雄君。君の腹の骨は折られている。立ち上がる力が入らないだろう」

クロナギに言われている通り、俺は立ち上がることが出来なかった。麻痺がどうのこうのより、腹の骨がイカれてしまっているため、立ち上がろうとする力が存分に入らない。

「なんていうこった……」

おどけた調子でそう言いつつ、俺は額に手を乗せた。クロナギは、そんな俺の様子を見てふっ、と鼻で笑った。

「その程度だということだ、英雄君。君は、英雄とは名ばかりの、小さな少年でしかないということだ」

俺はギュッと握り拳に力を入れ、クロナギが言う言葉を全て聞き逃していた。
そして、力を全身に踏ん張り、「ふんがぁっ!」という声を出しながらもゆったりと身体をあげていく。その様子を見て、クロナギは「ほぅ……」と声を漏らした。
滅茶苦茶痛いというか、痛すぎて感覚が麻痺しきって逆に痛くないとか、もうそんなことさえも頭からぶっ飛んで、ただ俺は「当たり前だろ」と言葉を発していた。

「小さな少年に、決まってるじゃねぇか」

自分で言っておいて、何を言ってるのか分からなかった。小さな少年って何? みたいな。それがクロナギが言っていた言葉だということは頭になかった。無意識の内に聞いていたということなのかどうかなんて、今の俺にはどうでもいい。そんな聖徳太子みたいな力は今はいらねぇ。
ただ——俺もあいつらにしてあげることを、精一杯してやらないと。そんなことを考えた。
毎日、家を壊すのかと思うほどの凄さで、元気ハツラツしすぎている奴等だが、あいつらといると、正直楽しい。
一人だった家の中も、あれだけの人数がいるとなると、食卓も凄く賑わってくる。一度もあのメンバー全員で食事を食べたことはないけれど、絶対これが終わったら一緒に食べようと思った。

「ご飯は一人より、大勢で食うほうが美味しいもんな」
「なっ……」

クロナギは驚いた顔をして俺を見つめた。何だか、俺自身も今自分がどうなっているのか全くわかんねぇ。
でも、何だか勝てそうな気がする。今ならだけど。

「思いっきり——ぶち当てるッ!」

いつの間にか俺は右手にグングニルを発動していた。大きく、電撃のようにバチバチとなりながら、槍状のものを形成しているそれを、俺は大きく振りかぶって、投げつけた。
真っ直ぐに飛んでいき、次第に閃光のように細くなっていき、一気にクロナギの身体を貫こうとする。

「面白い……!」

ニヤリと笑ったクロナギはそのまま身を軽く翻し、それを避ける。だが、俺はその隙に傍まで近づいていた。
こんなに綺麗なお姉さんを殴るのは、結構気が引けるようなもんだが、俺はしっかりと力を込めて殴りつけた。
今度はしっかりと当たったが、クロナギはそれをガードしていたようで、何とかセーフというところに落ち着いている。

「やっとそれだけの力を出せたか」
「はっ、言ってろよ」

俺はまた追随しようと、振りかぶって殴ろうとしたが——ガクッ、という感じに膝が崩れ落ちた。

「いいか、英雄君。それをカラ元気というんだ。人は感情においてバカ力を発揮する。君はそれで立てた。ありもしない力を出した。そのことでもう体の方が先にイカれてしまっているんだよ」
「んなこと関係……」

力はまだいっぱい残っていても、肉体が追いついていなかった。確かに、今の俺は腹の骨が全部終わってるだろうし、何にしろ、おかしなことに膝が言うことを聞いてくれない。

「まぁ、頑張った方だ。英雄の力を、少しばかりでも発揮が出来たのだからな。よく説明書を読むことだ。己の力を知った上で、現実世界へと行け。そうでないと、君は確実に死ぬ」

クロナギは冷酷な顔でそれだけ言うと、どこかへ去ろうとしていたのが薄っすらと見えた。

「待て……この……」

言葉がこれ以上でなかった。あぁ、また死ぬのかなぁとか思いつつ、俺はいつの間にか目を閉じてしまっていた。




香佑が目を閉じてから数十秒後、アリサが突然起き上がった。
そして、目の前に倒れている香佑へと向けて、アリサはその姿に驚いた。そして——とんでもない勘違いをここで引き起こしたのである。

「そんなに……!? ……しょうがないわね。それなら、私の……——私の王子様にしてあげるっ!」

と、高らかに、そして紅潮しながら言うのであった。


説明7:私の王子様にしてあげるっ!(完)