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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜参照100突破っ ( No.14 )
日時: 2011/07/27 00:26
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

俺の朝はいつも静かだった。
家には俺一人しかおらず、皆違う場所で、家族バラバラで生活しているのも慣れたのか。
俺は静かで、でも——どこか、寂しい朝を毎日のように繰り返していたんだ。
それが、どうだ。

「朝だゴルァアアッ! 起きろぉぉっ!!」

俺の眠りを一瞬にしてたたき起こす強者が俺の家に住み着いた。
それも——勇者だそうです。
妹がこの家においていった服を着ているためか、少々妹にうり二つな気がしないでもない。
と、言ってもこの娘——ユキノのアホらしさと可愛さはかなりの強者といえよう。
何せ起こし方が——

「うりゃああっ!」
「え——ちょ! ぎゃああああっ!!」

踵落としって。
メキャッ! とかいうベッドから聞こえる音にしてはやたらと致命傷な感じのが聞こえた。
待て。踵落としでベッド粉砕とか聞いたことねぇぞ。——お前はどっかの格闘家か。
必死で避けた俺は、床へと転がり落ちるような感じに飛び起きた。

「朝だぞっ!」
「分かっとるわっ!! お前は俺を殺す気かっ!」
「…………そんなことは、ない」
「何その妙な間っ!! 絶対殺す気だったろっ!?」

そんなやり取りを繰り広げた後、ふと俺はユキノの手に持っているものが気になった。

「それ、お玉か? あの料理に使う時の」
「当たり前だろっ! 僕が料理作ってやったんだっ!」

無い胸を張り、お玉を持ちながら仁王立ちするユキノ。——可愛いというより、微笑ましいな。
にしても、ユキノの料理というのが気になる。それは美味しいのかマズいのか……。想像すら、怖くて出来ない。

「へぇ……そりゃどんな料理だ?」
「食える料理だっ!」

当たり前だ。食えなかったら料理じゃないだろ。ていうか逆に見てみたい。食えない料理とやらを。——きっとサンプルか何かを持ってこられるだろうけど。

「料理名は?」
「鳥まるごと鍋だっ!」

鳥まるごと鍋? 一体何だそれは。名前が何か、怖い。つーか、朝から鍋物て。
嫌な予感はしつつも、黙ってユキノの後をついていく。

「じゃーんっ!」

大袈裟に両手を大きく開いて表現しているところを悪いが——予想外だ。普通の鍋物っぽい。
いい匂いが俺の家のリビング全体に漂っている。あぁ、何かいいなぁ。
早速俺はユキノが作ってくれた鳥まるごと鍋とかいうネーミングがやたら不気味な鍋を頂くがために、テーブル近くの椅子へと鎮座した。

「さあ食えっ! 食っておしまいっ!」

笑顔でテンションノリノリで鍋の中身をすくって、俺の皿上に置いて来る。
それが可愛いとかいうのもあったが、何か家庭的な部分についつい顔が綻び、上機嫌になってしまった。

「おぉっ! ありがと——な?」

だが、甘かった。
この娘は——強者中の強者だったのだ。ただの強者ではなく、アホ度が満載な強者なのである。

「いや、お前……なんで鶏肉だらけ?」
「鶏肉、上手いよなっ!」

いや、理由がなってない。確かに鶏肉だけっていうのが奇跡的に悪戯だというのなら分かるが——いやぁぁぁぁっ!! 鍋の中身全部鶏肉だぁぁぁぁっ!!

「いいダシ出てるぜーっ!」
「ダシは分かったが他のはっ!? 豆腐とか、野菜類はっ!?」
「男は黙ってワイルドに鶏肉食えよ」
「やかましいわっ! 俺はどちらかというと肉類より野菜類の方が多めに摂取する派なんだよっ!」

そんな俺の常識を跡形もなくぶっ潰してくれたユキノに苛立ちを覚えながらも鶏肉を食べる。——味は上手いな、うん。
だからネームが鳥まるごと鍋だったのか。何か裏があると思ったらこういうことか。
しかし……鳥が一匹まるごと入ってるという意味でなくてよかった。
それにしてもこの多さ。鍋全体に埋まるほどってどんだけだよ。

「お前は幸せものだなっ! 僕という寛大な勇者様に飯を作ってもらえるなんてなっ!」

そういいながらバシバシと人の頭を叩いてくるこの娘への苛立ちが更に高まったところで——俺はトイレへと駆け込んだ。
野郎。鶏肉の他に何かいれやがったな?
——道理で汁の色が何故か赤色なんだと思った。喉らへんが死んでるところも見て、多分唐辛子か何かを入れたんだろうな。
他のものは考えたくない。恐ろしすぎるからな。



結局のところ、昨日は取扱説明書の正体を知らされた後に、ユキノの目的とやらを再確認した。
聞くところによると、ユキノはこの取扱説明書の守る者的な役目にあるらしく、俺にこの取扱説明書を渡してきた美少女たちはユキノの仲間だそうで。
おいユキノ。またあの美少女たちに会ったら言ってくれ——次からは玄関から入れってな。
窓を直したのは勇者の能力とか何とか。すごく便利な能力ですね。
んでまあ、俺の持っている取扱説明書は——英雄の取扱説明書という代物だそうだ。

「お前がそれを扱えってことだよ! バーカッ!」

バカは余計だが、とりあえず主旨的なものは分かったような気がしないでもない。
とにかく、この小娘は英雄の取扱説明書を守りにきたとかいうのも合わせて、願わくばその英雄の力を習得するとか何とか。
だけども取扱説明書はご覧の通り、白紙。実際に取り扱い方法とやらが書かれるらしいのだが——その出現させる方法は
この世界の人間を取扱説明書のマスターとし……えーと、何だっけ?

「他の派閥の取扱説明書とか、地球に害するモンモンを倒すとかして経験地をつむんだっ!」

他の派閥っていうのは……簡単に言うと、職業みたいなもんだ。
騎士とか、王とか、メイドとか、殺し屋とか、吸血鬼なんかもあるとか。——種族も混じってないですか?
ていうか、モンモンって何ぞ。——名前めちゃくちゃ可愛いじゃねぇかっ! 地球に害するとは思えねぇネーミングだな。

「アンパンマンみたいな怪物だぞっ! モンモンはっ!」

アンパンマンは怪物ではなく、正義の味方なんじゃね? 確かに格好というか、体の構造は怪物扱いなのかもしれんが。
子供の頃にアンパンマンって賞味期限あるのかな? とか様々な疑問を網羅したことだが……今は関係ないな。
まあでも、アンパンマンなめてたらいけないもんな。バイキンマンのマシーン、宇宙まで飛ばす腕力持ってるしな。
——にしても、この小娘は料理常識は知らずにアニメは知ってるのか。

そんなこんなで、昨日の夜は終わった。守護者か何かは知らないが、守るために取扱説明書の近くにいるとか言われてもな。
服を着替え終わり、学校に行く準備を整えた俺は取扱説明書を鞄の中から取り出してユキノの目の前に放り投げた。

「ほら。とりあえず、置いていくから」
「はぁっ!? お前、持ち主だろっ! 主だろっ!」

俺の異論など全く無視しての持ち主だけどな。窓壊されて渡されたんだぜ?
ちなみに、この取扱説明書は例え火で燃やそうが水に濡らそうが何しようが変化がないんだそうだ。
試しにやってみようとか思ったりもしたが、怖かったのでやめた。

「お前はこれの守護者なんだろ? お前が持ってたら安心だろうが。俺は武器もねーし、敵みたいなもんが襲ってきても何も出来なく奪われるのがオチだろ」
「じゃあ、お前! 危険な時は僕を大声で呼べっ!」
「はぁ? そんな俺、大声出すようなキャラでもないんだが」
「いいから呼べっ! 分かったらこれを仕舞えっ!」

押し付けるようにして取扱説明書をこの小柄な娘、ユキノは俺の胸辺りに取扱説明書と手をやる。
無理矢理すぎる。でもこのまま拒むと、もっとひどくなりそうな気がしたので渋々鞄の中にしまった。

「はぁ……俺が学校に行ってる間、何もすんなよ? ていうか、荒らさないでくれよな」
「僕を信じろよっ! ——このカス下僕っ!」

この言葉、笑顔で言ってらっしゃるんですよ? 俺の耳が疑ってしまうのも無理はないですよね?
下僕になった覚えなど一寸たりとも存在しないが、そんな罵倒の言葉を受けて俺はドアを開けた。



——変な少女と同居することになった俺は、不思議と「嫌だ」とは言えなかった。
変な意味ではなく、何か嬉しかったからだ。
家に帰ると、誰かがいる。そんな些細な家庭のことが、俺にとっては新鮮に近いのかもしれない。
そして、一つ分かったことがある。

——勇者は皆、美少女なのだと。


説明その1っ:勇者は美少女である(終)