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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.19 )
日時: 2011/06/12 22:36
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)

いきなり窓から美少女が来て。
わけのわからない取扱説明書を俺に渡してきて。
鬱陶しい槻児に促されるがままにアメリカンドックを食べに来て——アンドロイドに襲われて。
死ぬと確信した手前で空からまるで隕石の如く落ちてきた美少女、ユキノがアンドロイドを倒して。
高らかと勇者とかほざかれて。取扱説明書を成り行きで預かることになって。
守護者か何か知らないが、この取扱説明書を守るために派遣されてきたとかいう勇者、ユキノと同居することになって。
朝っぱらからその勇者とやらに鳥まるごと鍋とかいうふざけたネーミングの鍋を食わされて。
——で、振り返ってみて何が分かるかというと。

「俺の意見が皆無すぎるだろ……」

そう。俺の意見が全く持って振り返る中に存在してなどいなかった。していたら断然、マシな生活と化していただろう。
少なくともアンドロイドに襲われることなく、変な勇者とか名乗るアホ娘に居候させることもなかったわけだ。
何故こうなったのかは……どうやら現在俺のバッグの中に眠ってある取扱説明書——いや、英雄の取扱説明書とやらにあるようだ。
俺は別に英雄なんてなりたくもないんだがな。逆に助けて欲しい立場だ。全く。

「どうした? 香佑?」
「いや、ちょっとな……って、うおっ!! ビックリしたっ!!」

俺の教室でMy席で憂鬱そうにしていた時に突然、隣から呼び声がかかった。
慌てて俺は横を振り返ってみると、そこには何気ない顔をして突っ立っている女生徒の姿があった。
えぇっと、こいつは——あぁ、そう。神庭 湊(かんば みなと)だったな。

「そんなビックリすることないじゃんっ」
「いや、お前の登場の仕方にも問題はあると思うがな」

いつもいきなり現れて、いきなり話しかけるスタイルを持つこの神庭は俺の脳内の中で自動的に変な奴と総称されている。
——見た目は普通に可愛いとは思うんだけどな。体のスタイルもいいし。

「てかお前、部活は?」

スポーツガールと言っても事足らないほどスポーツの好きな神庭は陸上部に所属している。
スポーツで鍛えてるんだなぁという感じに細身の体型を保持していると共に、日焼けのおかげでほんの少しだけ黒くなっているのもまた特徴的なところだ。
そんな神庭が部活動を休むなんてことは全く考えられなかった。ちなみに俺は帰宅部なので部活動はないが、早めに出かけるタイプなので皆が部活動をしている時刻には学校にいるというわけだ。

「今日は休みだって。忘れたの? 今日大掃除じゃん」
「へぇ……って、大掃除っ!?」
「やっぱり知らなかったの?」

知らないというより、忘れていた方が近い。
この学校は年間行事として大掃除を大晦日でもないのにやりたがる。一学期に一回はある行事なのだった。
影響は校長が綺麗好きとかいうのが主な意見だが——それが本当だったら本当、勘弁してください。校長先生。
ていうか、大掃除だけで部活動休みとかどれだけ大規模だよ。部活動ぐらいさせてやれよ。

「部活動出来なくて悔しいだろ?」

俺は不意に神庭にそんなことを聞いてみた。スポーツバカのこいつならば悔しがるに違いない。

「ん? いや、そうでもないなぁー。掃除大好きだし」
「え? マジで?」
「何? その意外そうな顔は」

笑顔でパキポキと手で音を鳴らすもんだから即座に謝ってしまう俺。——あぁそうさ。情けないさ。文句あるかよ。
スポーツで鍛えているだけあってこの野郎(神庭)の殴り蹴りはものすごく痛い。お前、ボクシングに向いてるんじゃね? とか本気で思うほどだ。
にしても笑顔で鳴らすといったところがまたタチが悪い。

「とはいっても、お前が掃除好きだとは初めて知ったよ」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私、将来の夢はお嫁さんだから」
「えっ!? お嫁さんっ!?」
「——声でかいし、そんなに殴られたい?」
「すみませんでした」

パキポキ鳴らすのマジで怖いんでやめてもらっていいですか?
こんなパキポキと手を鳴らしまくる奴、嫁にいけるのかよ。まあ、全然関係ないとは思うんだけど、俺は怖いと思う。
ていうか、将来の夢がお嫁さんって……幼稚園児かよ。

「お前……正気か?」
「香佑の頭を正気にしてやろうか? 無理矢理」
「すみませんでした」

パキポキはやめてくれたけど、握り拳を笑顔で作って振りかぶるのもやめてもらえませんかね?

「そんな可愛い夢があったとはな。正直驚いたんだよ。もっとスポーツ選手の部類かと思った」
「あぁ、それ皆から言われるよー。——そのたびにどれほどの人という人をなぎ倒してきたことか」
「え?」
「いや、こっちの話」

何か物騒なことを聞いたような気がするが……聞かなかったほうが身のためなような気がしたため、追求するのはやめておいた。

「あ、そうだ。ねぇ、こ——」

神庭が何か言いかけようとした時、凄まじい音と共に教室のドアが開いた。
そこに立っていたのは——アホの槻児だった。
それも、様子が変だった。いつもはウザい雰囲気を存分に醸し出す野郎だが、今回はピリピリしているような感じがした。
つまり、憤慨しているような——感じか?

「ど、どうした?」

俺が声をかけてみる。あまりの迫力に俺を含む神庭にその他クラスメイト達も皆、槻児の姿を見つめていた。

「……香佑」
「な、なんだ?」

いきなりボソッと俺を呼んだので即座に反応してしまう。ズカズカと教室に入ってきて、そして俯いていた顔を瞬時に上昇させた。
その顔は——泣き顔だった。

「何でお前昨日俺を置いていったんだよぉぉぉぉっ!!」
「え……あ、あぁ……すまん」

怒る、というのとはまた別の迫力が槻児にはあった。泣く。これほどまでにこいつをウザく感じたことはないだろう。
周りのクラスメイトたちも鬱陶しそうな顔で槻児を見ていた。
ため息を漏らし、苦笑する神庭はまだ大物だと俺は思う。

「分かったからっ! とりあえず離れろよっ!」

槻児の汚い鼻水が俺のブレザーにかかりそうだったので咄嗟に槻児を前に押しやる。

「あー……すまん。神庭。んで、何だ?」
「え? ……あ〜、いいや。また今度話すねっ!」

そういって大物な変人、神庭は教室から去っていった。——そういえばあいつは同じクラスじゃなかったな。雰囲気だけ溶け込んでいたが。

「香佑〜っ! てんめぇっぐっうぇっぐっ!」
「あーはいはいはいっ! 分かったっての! 何言ってるか意味わからんし、とりあえず涙と鼻水を拭けっ!」

——やれやれ。俺はとっととこのバカを処理しないとな。



一方その頃、ユキノは。

「ん〜……」

目の前のテーブルに置かれた二つのポン酢を見て悩んでいた。
その二つのポン酢の商品名は『サバイバルポン酢』と『バトルロワイヤルポン酢』の二つであった。

「色はどちらも紫色なんだけどなぁ〜……」

この二つのポン酢の何がどう違うのかを名前で判断しようと見極めているようである。
そんな試行錯誤を繰り返している時、突然インターホンが鳴る。

「何だ? この音」

ユキノはインターホンなどというものを知らない。そのために何の音かが全く判断できないのであった。
そして、家の中だと安心だろうということなのか格好も少し危ない格好であった。——お嫁にいけないレベルの。
とりあえずその姿でリビングを出ると、玄関に誰かがいる気配がした。

「あのー宅配便ですけどー」

外では若い働き盛りの男が手にダンボールを抱えて玄関の前に立っていた。

「おかしいなぁ……いないのかなぁ?」

まだ新米であるがうえなのか。配達物を届けた先には必ず人がいるとでも思っているのか。対処方法が分からないのであった。
なのでこうして玄関をウロウロとしているしかない。だが、こうしているのにももうしんどくなったのか、そろそろ荷物を置こうと玄関前で腰をかがめた時だった。

「このケダモノがぁぁっ!!」

ゴツッ!! この凄まじく鈍い音がこの若い配達員の意識が飛ぶ数秒前に脳内へと響いた音である。
つまり、何が起こったのかというと。
——玄関のドアをユキノが思い切りよく開けたと思いきや、マッハの勢いでドロップキックを炸裂させたのだった。

「こんなか弱い少女を襲おうだなんてっ! この世界はクソばかりだなっ!!」

と、腕を組んで踏ん反り返るユキノ。
今はもう意識が飛び、生死の境をさまよっているんじゃないかと思うほどの重傷な配達員などは気にもしない。

「ん……? 何これ?」

ふと地面を見ると、そこにあったのは——ダンボールの箱。
どうやら今は虫の息であるあの配達員が持ってきたものらしかった。