ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.22 )
日時: 2011/03/05 13:29
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Q2XZsHfr)

鬱陶しい槻児のアホを処理し、またいつもと変わらないクラスメイト達と、いつもと何ら変わりのない授業を受けていた。
窓際の方に俺の席はあるため、もう夏なのだと感じる少しぬるい風が俺の顔を撫でる。
窓から運動場を見てみると、そこには何組だかは知らないが女子達が楽しそうにドッチボールか何かをしていた。

「で、あるからしてー……」

教室には、年配の教師がひたすら呟きながら黒板に何かの数式を書いている。
これもまさにいつも通りだ。何も変わりなどない。
だが——現に昨日起こったことは記憶にあり、さらには俺が現在手に持っている雑誌が俺の放課後をぶち壊しやがった。
表紙の方に取扱説明書と書かれた白い雑誌。めくってみても何も書かれていない。

「こんなもののせいで……」

身はいつの間にか怒りで震え、今にも取扱説明書を床に投げ捨ててやりたかった。

「ん? どうした? 嶋野」
「えっ!? い、いえっ! 何も……」

いきなり名前を教師から呼ばれたので驚きを隠すことが出来なかった。
不思議な顔をして教師、そしてクラスメイト達は俺の顔を見ている。——ダメだ。気まずすぎる。

「あの……ちょっと調子が悪いみたいなんで、保健室行って来てもいいですかね?」
「ん……あぁ、構わんが……大丈夫か?」
「あ、はい。……すみません」

チラッと槻児の方を見てみると——運動場で体育をしている女子たちを盗撮してやがった。訴えるぞ、この野郎。
そして俺は逃げるようにして教室から出て行ったのだった。



教室から出たのはいいものの、何もすることなどない。
授業を仮病で抜けることなど中学生の時に一回したかしていないかだった。
ただの気晴らしで教室から出た。それしかいえない。——何せ昨日、色々なことがありすぎて俺は混乱しているようだからな。

「わけわかんねぇ……」

そう呟きながら、とりあえず寝るために保健室へと向かうことにした。
寝ていたら何か変わるんじゃないかとか、少しの希望を抱いて。
保健室は比較的近いところにあったので何ら苦労せずにたどり着けた。無駄に広い校内は未だ少し迷うところがある。

「失礼します」

二回ノックしてから保健室のドアをゆっくりと開ける。

「あら? 嶋野君?」
「……いや、何やってんですか先生」

保健室の中にいたのは、見た目はとても美人と誰もが思えるようなスタイルに顔。そして保健室関係なのか白衣を着ている。
と、いっても——その先生、宮中 凛(みやなか りん)は手にグローブをつけ、スパーリングをやるためにつける頭の装備をつけていた。
そして先生の目の前には赤いサンドバッグ。——保健室で何やってんだ。

「見れば分かるでしょ? ボクシングよ。ボクシング」
「……そういえば以前は何でしたっけ? 軍人、でしたっけ?」
「よく覚えてるわね? ちなみにその前は武士よ」

頭につけた装備を外し、長い金色に光る髪を揺らしながら宮中先生は言った。
外見は美人で、保健の先生としても実に良好的なのだが——やたらと何かを持ち込んでやってたりすることが多いのだった。
家にどれだけ製品があるのだと聞きたいほどだ。一週間に一回ぐらいは違うのに入れ替わるのでバリエーションの多さが分かる。

「保健室の先生って、怪我しない子がいないとか体調悪くない子がいなかったら役目全然ないのよねぇー」

そうは言っても他にすることはあるだろう。そんなことを言いたかったがどんな返しが来るのかが安易に予想が出来た。
ズバリ、もう終わらせた。だろうな。
基本完璧人間といわれても変わりはない宮中先生なので、他の事務的な仕事や部屋の清潔感などいつ何時に来ても変わらない。
そんな宮中先生の完璧さに、俺は嘆息を吐いてしまう。

「ん? どうした少年? 一緒にボクシング、やる?」
「やりませんよ。……いえ、ちょっと色々おかしなことに巻き込まれてしまいまして」

俺は頭を抱えながらゆっくりと保健室へと入り、ベッドに腰かけた。

「へぇ? どんな?」

グローブを外しながら聞いてくる宮中先生。
完璧人間といえど、心などは冷血とかではなくて穏やかで何事も陽気なこの先生は相談事などにおいても長けている。
なので俺も一学期の頃に色々とお世話になったりもしたことがある。——家族のことでな。

「いや、言っても意味不明だと思いますから」

俺はそう言ってベッドに寝転がった。
そりゃそうだろう。いきなり美少女が窓を突き破ってきて、アンドロイドに襲われて、勇者とか名乗る美少女に襲われて。
全くもって意味不明だ。体験した人にしか分からないというのは、まさにこういうことを言うんだろうな。

「いやぁ、分からないよー? 言ってみればスッキリするかもしれないし?」
「そりゃするかもしれませんけど……いや本当、意味不明なんでやめておきます」

訝しげな顔をして宮中先生は腰に手をやり、俺を少しの間見つめる。そしてすぐさま笑顔へと変わり、「ならいいや」と言った。
深追いしないというところもまた、相談事において人気なのであった。
だけどそんなあっさりと言われてしまったとなると何だかムヤムヤする。——こうやって相手から言わせているのだろうと思うとすごい人だと改めて思う。

「もし、ゲームの世界でしか起こらないことが現実で起こったとしたら、先生ならどうします?」
「戦うでしょ」

あっさり答えられたよ。即答すぎて口を大きく縦に開けて唖然としてしまった。

「戦うって……自分は何も出来ないのに?」
「出来ること、あるかもしんないじゃん」

宮中先生はポイッと、体温計を俺に投げてきたのでそれを俺は両手でキャッチする。

「ゲームの世界ってさー何か守るべきものっていうのが必ずあるよね」
「守るべきもの、ですか?」

突如として宮中先生が語り始めたので俺は耳を傾けることにした。

「そ。勇者とかにしても、魔王から住民を守ったり、極端な話自分の命とかも守ってたりするじゃない?」
「まあ……そうですね」
「でしょう? だから、守るべきものを見つければいいと思うけどなぁ。それを守ることが、戦う目的にもなるんじゃない? 例え何もできなくても」
「はぁ……そんなものなんですかね?」
「そんなものなのよ」

守るべきもの? あのアホ娘を? あいつは充分強いし、ていうか俺の方が守られる立場なんじゃないか?
いきなりやってきて、取扱説明書とやらを託されてだな。何が何だか意味がよく分からん。

「ていうかさ、そんなことで悩んでたの?」
「あ、いや……例えの話ですよ。例えの」

クスクスと笑う宮中先生にはやはり敵わないなと思い、俺はただただ苦笑するばかりであった。



その後、体温計を測定した後に仮病ということが分かったが——

「またいらっしゃい。暇つぶしにもなるし」

と、ウインクして俺を見送った。すげぇ先生だと心から思うよ。
俺が教室へ戻る間に時計を見ると、残り5分で授業が終わるところだった。

(ゆっくり歩いてたら大丈夫か)

と、ペースを通常より遅くにして廊下を歩いていくことにした。
そして、教室がある曲がり角を曲がろうとしたその時——目の前に小柄の少年か何かが飛び込んできたのだった。

「うおっ!」
「きゃぁっ!」

避ける暇もなく、俺はぶつかってしまった。最近いきなりなことが多すぎるような気がしないでもない。

「いたたた……」

可愛らしい声で頭をポリポリと掻いている目の前の——え? 女の子?
髪型がショートで後ろの方だけ細い三つ網をしている女の子だった。いや、それよりもだ。

「その……だな」
「あ、えっと……ごめんなさいっ! いきなり……」
「いや、それよりもまず……スカートを直してくれ」
「え? ——き、きゃああああっ!!」

少女は悲鳴に似たような声でスカートを抑えて立ち上がった。見なかったことにしておこう。うん。
ていうより、甲高い声であることは間違いないのだがそれほどまでに大声でもなかった。
可愛らしく、目を潤ませながら俺を睨んでいるようだが——何この小動物というぐらいにしか思えない。

「み、見ましたねっ!?」
「い、いや……まあ、何だ。とにかく、ぶつかって悪かった」
「あっ! い、いえっ! こちらこそ……ごめんなさいですっ」

話を無理に切り替えたのだが、そんなことは全く気付いていない様子で頭を下げて逆に謝ってくる少女。
顔が童顔の童顔で目を潤ませながらやられると胸が苦しくなる気分に襲われる。
それでこれだとかなりモテるんじゃないかとも思うが、とにかく手に持っていたらしき書類が床に散らばっているのを見て、俺は拾い集めた。

「あ、ありがとうございます……変態さん」
「あぁ、どういたしまし——って待てぇっ!! 変態さんってっ!」
「ふぇ?」

——ちょ、何だ今の可愛らしい声は。首を傾げるんじゃないっ! 何だよっ! この萌え要素の多い女の子はっ!
とはいっても変態さんとこれからも何か会ったりした時に呼ばれるのは随分癪な話なので名前を覚えさせることにした。

「俺の名前は嶋野 香佑。1−2だ」
「あ、はい……あっ! えっと、僕の名前はっ、佐藤 友里(さとう ゆり)っていいますっ! あ、1−5です……」

随分緊張しているような様子だった。ていうか、まだ授業中だというのに廊下で自己紹介している男女なんて俺達以外にいないんじゃないか?

「まあ、よろし——」

俺がよろしくを伝えようとした時、上手い具合にチャイムが鳴る。

「ん……終わったかって——あれ?」

俺がまた佐藤の方へ振り向いた時、既に彼女の姿はそこにはなかった。



「あ、あれが……英雄、ですね……」

佐藤は香佑の目につかない場所に隠れており、確かめるようにして呟いたのだった。