ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜参照200突破っ ( No.28 )
- 日時: 2011/03/08 18:37
- 名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Q2XZsHfr)
今日は確か、学校は休み。
何の祝日でもなく、ただ単に学生は学校休みだという日だ。一週間の内に一日はあるだろう?
俺にももちろん、そんな日はある。だからこうして、ゆっくりと歯を磨いていられるわけだ。
とはいっても、運動部やら何か部活を勤しんでいる者達は皆、今日は部活動で学校へと向かっていることだろう。
こういう時、帰宅部でよかったなぁと思った。
「エロメガネッ!」
「朝っぱらからの一言がそれか。それもお前、それはメガネかけてる奴に言えよ。俺はかけてないぞ?」
少し前言撤回しよう。帰宅部といえど、家にいてはうるさいのがつきまとってくる。——まるで俺の後ろでニヤニヤしてやがる自称勇者の小娘のようにな。
「あいつ、起きたぞ」
あいつ=昨日血だらけの重傷になっていた謎の美女のことだと、俺はすぐさま理解する。
結局のところ、ユキノは何とか治癒魔法に成功させたんだと。——勇者ってのはすごいねぇ。
でなければこうして歯を磨いてる場合じゃなく、美女を何とかするために悪戦苦闘を繰り広げていただろう。
「よし、分かった。んじゃ、すぐ行くから先に行ってろ」
「命令すんなっ!」
と、一言キツく言われてからユキノは目の前から去っていった。あいつはずっと俺に対してあの調子でいくつもりなのだろうか?
俺は口に溜めていた歯磨き粉を水で洗い流した後、歯磨きを指定位置に戻してからユキノに続いて美女のいる部屋へと向かった。
コンコン、と二回ノックしてから俺は扉を開ける。
「入るぞー?」
「入るなっ! このドスケベっ!」
え、入っちゃダメなのか? ていうか何もしてないのにドスケベって言われる資格ないんだけど。
「じゃあどうやったら入れるんだ?」
「んー……暗号言えっ!」
何だよ、暗号って。そんなもの決めてもないし、第一面倒臭すぎる。
適当に考え、発した言葉は——
「今日のユキノちゃん可愛いなぁー」
そう言った瞬間、バキバキバキッ! と、ドアが粉砕されて部屋の中が丸見えになる。
そこにいたのは顔を真っ赤にしていつもの巨大な剣を右手に構えていた。息が荒く、肩が上下に動いている。
傍にあるベッドにはいつしかの美女が綺麗な顔立ちでこちらを無表情に見据えていた。
「何をバカなこと言ってんだボケェェェェッ!!」
「こっちの方が早いかと思ってな。えーと……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわボケェェェェッ!!」
「いや、お前じゃなくて——そちらの美女さんね」
その後、俺はユキノに殺される寸前まで追いやられたことはさておいて。
とりあえずリビングまで下りてきてもらって、テーブル越しに向かい合った。見れば見るほど美人だと思う。
「——ここは、どこでござるか?」
見た目と似合わない武士口調だが、声は透き通るように綺麗だった。
「ここは現世でござる」
武士口調、わざとなのかなぁと。最近の流行なのかなぁと思って、俺は自分の口調も武士口調で言ってみたが——
「気持ち悪い回答をするではない。拙者は真面目に聞いておるのだ」
真面目に返答されました。ていうか、武士口調を直してくれれば普通にさ、現代っ子だと思うんだけどな。
「ここは俺の家だ。んで、俺の名前は嶋野 香佑。んで、俺の隣にいるのが——」
「ユキノだっ!」
自信満々に無い胸を張って答えるユキノ。
俺とユキノ、交互に見てから目を閉じた美女はそれから一言——
「英雄は、どこに?」
何ていえば正解なんだろうか? もし俺が英雄です、とか何とか言ったらそれはそれで信じがたいものだろうし、俺も英雄と固定されるのは嫌だ。じゃあ、なんて回答すれば——
「このアホが一応、英雄じゃないけど英雄の取扱説明書の使い手だっ!」
英雄じゃない、と足してくれただけまだありがたく思っておくか。——しかし、俺が考えてる間に言うのはやめていただきたい。
俺を見つめる美女。無表情で見つめていてもドキドキしまくるんだが。というより、昨日の無数の傷が完全回復していることが驚きだった。
ユキノの凄さが目の前で改めて分かったような気がした。
「……この者が?」
「あー……まあ、一応、そうらしい。俺が、とりあえず英雄ってことになるの、かな?」
「……ふっ」
今、鼻で笑いましたよね? 絶対笑いましたよね? 色々と思ったこと、ありましたよね? この美女さん。
「ていうかお前っ! 何で血だらけで倒れてたんだよっ!」
「あぁ、俺も気になる。どうして血だらけで?」
俺とユキノの問いに、再び無表情で俺とユキノの顔を交互に見た後に口を開いた。
「拙者は——村を攻めてきた魔王軍勢と戦い、傷を負ってしまうという不覚を取った」
綺麗な声で淡々と話す美女は、魔王軍勢か何かと戦って傷を負ったのだとか。——魔王、やっぱりいたんだ。
勇者がいたとすれば、魔王なんているのかなーなんて思ってたりしたけど、本当にいたんだな。
「ま、魔王だとっ!?」
魔王、その言葉を聞いた直後、ユキノが顔を強張らせて美女に攻め寄った。——何か様子が変なような気もする。
「おいっ! 魔王はそれからどうなったっ!?」
「ユキノっ! 落ち着けっ! いきなりどうしたっ!?」
美女の胸倉を掴んで大きな声をあげだしたので、俺はユキノを止めにかかった。
美女は何事もないように無表情をそのままにしている。何を考えてるのか、全く読めん。
「魔王軍勢に拙者達——武士、あるいは用心棒、あるいは剣客達はそれぞれ散り散りになってしまったのだ」
その言葉を聞いて、力が抜けたようにユキノの手が美女の胸倉から外される。
そして——何故かユキノは、震えていた。怯えたような表情をして。
「お、おい。大丈夫か? ユキノ」
「う、うるせぇっ! ——ちょっと、外行って来るっ!」
「あ、おいっ!」
間髪いれずに、ユキノは外へ向けて走り去って行ってしまった。——何なんだ? 一体。
様子がおかしいように感じたので、追いかけたいところだったが、美女をここに残してもいられない。
それにユキノのことだからすぐに帰ってくるだろうと思った。
「魔王を抑えられる力といったら——英雄殿の力のみ。なので、拙者は尋ねてきたのだが……」
何だ、その的外れだったと言いたげな目は。
まあ確かに、こんな若造が英雄とか言われても何の根拠もないし、信じたくもないだろうね。——俺もそう思ってる内の一人だからな。
「信じられないとは思うが、実際にそうらしい。俺もいきなりなんだ。まだ全然把握もできていない」
「……英雄の取扱説明書を、見せていただけますか?」
やっぱり、取扱説明書のことは知ってるのか。どの職種にもあるものらしいからきっとこの美女の職種にもあるんだろうな。
俺はバッグから取扱説明書を取り出すと、美女に見せた。
「どうだ? 何の変哲もない真っ白な雑誌だろ?」
「これは……! ——とんでもない魔力を秘めているっ!」
「な、何っ!?」
驚きの回答だった。ていうか、さっきまで無表情を突き通していた美女の顔が初めて揺らいだ瞬間だった。
んー……もしかして、だが。この美女、無表情というかクールというか、そんなキャラをわざと演じてるような気がする。
「分かるのか? 何か」
「分かるに決まっておるだろうっ! 触れただけでこれほどの魔力を感じる取扱説明書には今まであったことがないっ!」
多大な評価をされてるなぁ、おい。それに少し興奮気味になってきたような気がするんだが。
「ま、まあ……とにかく、だ。俺は一応、この取扱説明書の持ち主なわけで……」
「も、勿体ないぬにゃっ!」
……ぬにゃ? 今噛んだ?
美女はしまった、という風にして口を押さえて顔を真っ赤にしている。——なんつー可愛さだ。美女って何やっても絵になるな。
「あーえー……あ、そうだ。そういえば、名前聞いてなかったな?」
俺は咄嗟に気まずくなった空気を変えようと切り出した。俺もこのままの状態だと、少し心がざわついて仕方ないからな。
「む……せ、拙者か。本当ならば、貴様風情の者に名前を受諾させることなどないのだが……結鶴と申す」
お前は俺の助けを求めてきたんじゃないのかと言いたかったが、それを言うと色々と元も子もないのでやめておいた。
結鶴か……雰囲気的にもあってるような気はするな。
「ま、まあ……なんだ。その、よろしく」
「よろしくする気はないのだがな……だが、英雄というのは本当のようだな。その魔力が粒子レベルで体から放たれている」
粒子レベルて。どれほど小さいんだよ。
まあ、そんなもんだろう。俺は普通の人間だぜ? 英雄なんてなろうとしたわけでも、なりたかったわけでもない。
俺より適任はいくらでもいるだろう。そんなことを思いながら俺はため息を吐いた。
「それと……命を救っていただいたことに対して、礼を申す」
「え、あー……礼なら、あの出て行ったバカ娘に言ってくれ。俺は何もしていない」
「……そうか」
結鶴はそう一言だけ言うと、外へと出て行こうとする。
「どこに行くんだ?」
「無論、礼を言いにいくのだ」
今からかよ。せっかちな奴だなぁ。
とはいえ、俺もユキノの様子は気になる。結鶴はいつの間にかユキノには少し大きいが、結鶴が着るとピチピチになる妹の服を着ていた。
正直、ものすごく似合うから目のやり所に困る。
俺は、結鶴と共にユキノを探しに外へと出かけた。