ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜第三話突入っ ( No.29 )
- 日時: 2011/03/20 18:31
- 名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Q2XZsHfr)
ユキノはがむしゃらに、ただひたすらに走っていた。
どこに辿り着くかもわからず、ただ目の前の道を走っていた。
大分走った、と感覚するまでもなく、体から自然と力が抜けていく。どれほど走っただろうか。きっと世界の端まで行っていることだろう。
——いや、世界の端の方まで行けたらいい。そう思ったのだ。
「くそっ……!」
ユキノは乱れる息を整えながら、妙に涙ぐむ目を必死に手で押さえつけていた。
自分に涙など似合わない。まるでそう主張するかのように。
「はぁ……」
息を吐き、丁度目の前には公園があったのでそこのベンチに腰をかけた。ひんやりして気持ちの良く、しばらくそうしていたい気分だった。
魔王。その呼称を聞くだけで思い出したくはない記憶が蘇ってくる。単に勇者と魔王の因縁ではない別の何かがユキノにはあった。
「絶対、ぶっ倒してやるからな……!」
ユキノはいつの間にか、そんな言葉を吐き捨てていた。ボンヤリと目の前で遊んでいる子供達を見ながら。
昔、自分にもあんな記憶があったのだろうか。——あって、欲しい。あったということにしておいて欲しかった。
それは、自分の存在が否定されているような気がしたから。
意味もなく、不意にユキノは香佑の顔を思い出す。
「はぁ? 何で……」
頭を左右に振って、その浮かんできた顔を打ち消す。——なんであの野郎の顔を思い出さないといけないんだ。
でも、何かが引っかかる。香佑という奴は悪い奴ではない。そうは分かっている。
だけど、何かが奥の方で引っかかっていた。ユキノはその引っかかっているものが分からず、ただ首を傾げるばかり。
「あいつ……似てる?」
何も考えずに呟いた言葉。だが、その言葉の意味が全く理解できなかった。
俺と結鶴はユキノを探しながら、少しばかり話をすることにした。
話題はとりあえず——安全性の確認が第一だろう。
「結鶴は、取扱説明書を奪いに来たわけじゃないのか?」
「全然違うな。そんな野蛮な考えを剣を志す者が持っているはずなかろう」
いや、結構武士とかって強引なイメージあるんだけど。
「んで、英雄の力ってのが必要とか言っていたが……俺が必要なのか?」
「いや、貴様は必要ではない。英雄が必要だ」
「一応俺が英雄って、さっき家で言わなかったっけ?」
「……ちっ」
え? 今、舌打ちしませんでした? あれ? そんなに俺が英雄とかいうの、嫌? 初対面でその反応は無くねぇ?
「俺は頼りにならないと?」
「……貴様の英雄の力は、微力すぎて話にならん。"他の英雄"をあたることにする」
「他の英雄? ちょっと待て。他に英雄っているのかよ?」
「いるに決まっているだろう。そんなことも知らないでいたのか? 愚か者めが」
冷静な口調で言うからそりゃもうズサズサと俺の心に刺さっていくねぇ。鋭い言葉の刃が。
にしても驚きだ。この取扱説明書って、一つじゃないんだ?
「取扱説明書は、職種ごとに数も違う。英雄の取扱説明書はその中でもごくわずかの貴重なものなのだ。——それがよりによって貴様如きが」
「お前は俺を見下しすぎだっつーの。まあ、確かに頼りねぇかもしれないけどな。守られてばっかだし」
「ふっ、話にならんな」
結鶴はなんというか、人の心を簡単に破壊してくれるよな。——あ、まさか俺だけ?
「貴様は弱すぎる。とても魔王に太刀打ちできるとは思えんな」
「んなことはどうでもいい。別に魔王と戦うなんてことは考えてもないしな」
「……何故貴様のような人間に英雄の取扱説明書が渡されたというのだ」
「知らねぇよ。俺も迷惑なんだ。出来ることなら、すぐにでも通常の生活に戻して欲しいね」
「貴様……!」
結鶴は何故か厳しい顔をして俺を睨む。手元にいつの間にか握られていた刀を抜いて、俺に今からでも斬りかかりそうだった。
でも、俺は別に悪いことは言ってないはずだ。現に俺は迷惑だと感じている。勝手に物騒なことに巻き込まれたんだからな。
「俺を斬る前に、ほら——いたぜ」
そして遂に俺と結鶴はユキノを見つけ出した。
公園のベンチでボーッと目の前の景色を眺めている姿は何故か滑稽に思えた。それは、いつもハイテンションだからだろうな。
二日ほどしか経っていないというのに、不思議とらしくないと思ってしまった。
「ユキノ」
俺が声をかけても、返事が返ってこなかった。——ボーっとしすぎてるみたいだな。
結鶴はいつの間にか俺の隣の方からユキノへと近づいていっている。俺も嘆息した後、その後について行くことにした。
「ユキノ殿」
目の前で結鶴がユキノに声をかける。——って、まだ気付いてないのかよっ!! どんだけ鈍感だっ!
「ユキノ、殿」
結鶴はユキノの肩に手をやり、揺らしながらもう一度名前を呼んだ。
わっさわっさと、前後にユキノの体が揺れる。それを数十回繰り返したかと思うところで、ようやくユキノは「はっ!」と、我に返った。
「お、お前っ! ど、どうしたんだよっ! ていうか、何だよっ!」
ベンチから飛び起きて、結鶴に指を差しながら叫ぶユキノ。既に、目の前からは子供達の姿は消えていた。
俺はゆっくりと結鶴の横に行き、「よぅ」と声をかけてみた。
「……お前もか」
「何その間っ!! 俺が来たら嫌なのかよっ!」
「嫌だろ」
「嫌だろうな」
「二人して否定しないでもらえますかっ!?」
畜生。こんな扱いされるぐらいだったら来なきゃよかった。
何せ、なんとも無いような感じはしている。とりあえずは大丈夫なんだろう。
帰ろう。そう言いだそうとしたその時だった。
「あれぇ? こんなところで何してるんですかー☆」
この可愛らしい声、どこかで聞いたことがあった。
まるで、語尾に☆がつくかのような可愛らしい声。この声は——そう、俺に取扱説明書を渡してきた美少女だった。
外見は普通にセミロングに、可愛らしい髪飾り。服装も至って普通の女の子の感じ。
だけど、捨てきれない何かを持っている感じもした。
「レミシアっ!」
ユキノが突如、その美少女目掛けて声をあげる。——レミシアっていうんだ、あの子。
さすがに右手に物騒なものは持ち歩いていなかった。えーと、確かこの子も勇者だったか?
「あ、香佑君〜☆ どうです? 取扱説明書は☆」
「え? あ、あぁ……どう、といわれてもな……」
いきなり俺に振られたのでものの見事にビビった。何か——いちいち、目線に強いものを感じるんだが、気のせいだろうか?
今まで数回感じたことのある感じ……なんだろう、思い出せない。
「それで……ユキノ? そこの美女さんは何者ですか?」
急にレミシアの声が——冷たくなったような気がした。
ふと、結鶴の顔を見てみると、険しい表情で何故か刀を構えていた。見るからに業物だろうに違いないその刀は今にも抜き出しそうだった。
「いや……こいつは——!」
「ユキノ?」
ビクッと、体が震えた。ものすごく冷たい怖気のようなものを感じた。——ようやく、この感じの正体が分かってきた気がする。
これは、殺気だ。
「勇者の掟では、他者の職種には一切関与せず、使命に従う……でしたよね?」
「う……」
レミシアの顔は、笑っている。無邪気な子供のような笑顔。だが、感じるものは殺気しかなかった。
ユキノもそれが分かっているようで、息をゴクリと音が聞こえるほどに緊迫していた。
「なるほど……では、拙者を助けた時点でその掟は破られたと?」
結鶴が鋭い目線でレミシアを睨みつけた。——だが、レミシアはあくまで笑顔を保ち続けている。
「そうですねぇ〜☆ 英雄の取扱説明書を奪おうと考えてることも、見据えてきますから」
「拙者たちを愚弄するかっ!? 拙者たち、剣を志すものはそんな外道なことはしないっ!」
結鶴とレミシアのにらみ合いが続く。一方は険しい表情。そのまた一方は笑顔というなんとも奇妙な画だった。
「貴方達を愚弄したかどうかは分かりませんけど〜、ユキノは掟を破っちゃいましたからね☆」
「だ、だって! 血だらけだったんだっ! 死にそうだったんだぞ!? 僕は……!」
ユキノは取り乱したように叫んだ。ていうか——ちょっと待てよ?
「なぁ。……その、勇者ってのは——目の前で血だらけの人間がいても、助けないのか?」
レミシアは俺の言葉にさらに目を細めて笑顔になる。憎めない笑顔だね、全く。
「えぇ、掟ですからね〜☆」
「掟って……それで、目の前にいる死にかけの人間を助けないのかよ?」
「ふふっ。そんな簡単に能力者は死にませんよ〜☆ あ、能力者っていうのは、職種のある人のことですよ〜☆」
死なないとか、死ぬとかそういう問題じゃないと俺は思った。
単に、目の前で傷ついている人がいたら助けるっていうのが道理なんじゃないのか? そもそも、勇者ってじゃあ何なんだ?
「よく"勇者"と名乗れたものだな。貴様らの方がよっぽど外道ではないか」
「ひどい言い様ですね〜? 勇者をこんな風に変えたのも——貴方達、別の職種のせいなんですけどね☆」
あくまで笑顔を絶やさないレミシアは凄いと思う。だけど——何か腹が立つな。
「ちなみにだが……掟を破ったら、どうなる?」
「掟を破ったら——どうなるんでしょうねー☆」
「どうなるんでしょうねって……聞かれても。逆に聞いてるんだけど?」
「ふふっ。実際のところは分かりません☆ 軽い罪、重い罪の場合とありますから☆ 時と場合によりますかね〜」
じゃあユキノの身は保障できない。そう捉えていいわけか?
だとしたら——俺はどうするべきだ? このままレミシアがユキノを捕えようとした時、俺は止めに入るべきか?
助けよう。そう促したのは俺じゃないのか? だけど、このままユキノが去ってくれたりすれば日常は元に戻ったりするんじゃないか?
「ま、とにかくですね〜。ここで決めちゃいます☆」
「……何を?」
「罰の内容を☆」
軽々と言ってくれたな。ここで罰の内容を決める?
「レミシアとやら。お前にそんな権限みたいなの、あるのか?」
「ありますよ〜☆ 一応、ユキノの上司みたいなものですから☆」
勇者にも上司部下の関係とかあるんだ。
そういえばさっきからユキノが——ずっと震えていた。様子が明らかにおかしい。
結鶴は先ほどからずっと、レミシアを睨み続けている。よく疲れないな?
「じゃあ、決めますね〜?」
レミシアは嬉しそうに人差し指を左右に振りながら笑顔で口を開いた。