ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.31 )
- 日時: 2011/03/12 23:40
- 名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Q2XZsHfr)
「まるで恋人のように、ユキノを抱き締めて——」
「待てぇっ!! 皆まで言わんでいいっ! いや、マジで?」
「マジのガチの本気です☆」
何だよ、婚約の言葉って。いわゆる愛の告白的なものだろ? 結婚してくれ、とか何とかエクセトラっ!
ヤケクソにもなりますよ。でも——助けたい。俺をかばって死ぬとか、考えられない。
たった数日だけだったけど、こいつは自分より他人の命を優先してきた。だが、俺はどうだ? 自分のことしか考えていなかった。
いや、怖れていたんだよ。チキン野郎なんだ、俺は。手に入れたものが失う気持ちをとっくの昔に知ってたから。
だから、一人になるいつも通りの日常を選んだんだ。
「どうするんですか〜☆ このままだと、ユキノ本気で死んじゃいますよ?」
「う……」
俺は、ユキノの顔を見つめる。もう死人のように顔が白くなっている。お姫様抱っこのようにしているから分かるが、冷たくもなってきている。もう、命が危ないことを示していた。
「——やってやる」
呟くようにして、俺は決意を決めた。
レミシアは俄然、笑顔のまま見つめている。
「本当に、言ったら助かるんだよな?」
「はい☆ 勇者の掟にも、私のポリシーに代えてもお約束しますよ☆」
しっかりと事実を確かめた後、深呼吸をする。落ち着け。何もそんな焦る必要はない。何もキスするわけじゃあるまいし。
抱きついて告白すればいいだけだ。——よし。
俺はユキノを優しく、だがしっかりと手に力を込めて離さないようにして抱き締める。
すごく、すごく冷たい体だった。もう死んでるんじゃないかと思うぐらい。
やっぱり生きて欲しい。何だろうな、この気持ちは。俺の過去に——こいつも似ているような部分があるかもしれないな。
そして、俺はできるだけ優しく言った。——向こうの方では結鶴が格闘している音が聞こえて、場所はよくないと思うけど。
「俺は——ユキノを、愛してる。だから、生きろ。んで、戻って来い。数日間だけ家族だったなんて、認めねぇぞ。こうなったら——何年でも家族になってもらうからなっ!!」
——言い切った。何故だか、悔いは残っていない。うん。いい感じだと思うんだよな。
その瞬間、ユキノの体がまばゆい光を放ちだした。その眩しさに俺は目を細め、そして瞑ってしまった。
何分間か、経ったような、経っていないような錯覚を覚えながらも目を開いた。
「う……?」
ユキノが、目を開けた。嬉しかったさ。飛び跳ねるほどにな。——この体勢を除けばな。
「あ、あれ……? 香佑?」
「初めて、名前で呼んでくれたような気がするな、ユキノ?」
「う、うるさいなっ! ……って、何でこんなに顔が近いわけ?」
「いやぁ……すまん。俺も目覚めたら体勢がこんなことに」
「体勢……?」
ユキノは顔をしかめ、体勢をよく確認した。——思えば俺はこの時、逃げていればよかったのかもしれない。
俺とユキノは寄り添って寝る恋人のように——抱き締め合って寝転がっていたのだった。
「〜〜〜〜ッ!!」
言葉にならない叫びっていうのは、こういうことなのかねぇ。
俺はその後、盛大にぶっ飛んだ。ついでに地面に顔からのめりこみそうになった。レミシアに軽く蹴られて助かったけど。
「成功、ですね☆」
「成功、なのか」
俺は少し生死の境を寄り道程度に歩いてきた後に、ユキノの姿を見やる。
あのグロテスクな腹部のケガは癒えており、元気さも元通りだ。——もうちょっと大人しくなってればよかったんだが。
顔を真っ赤にして頬を膨らませているユキノを見ると、なんだが自然に笑みが零れてくる。
「何があったのかは全然覚えてないけど、ぶっ倒してやるぞーっ!」
気合充分のユキノは、腕をぶんぶん回しながら戦闘を行っている結鶴の元に向かおうとした。
「よーし、出てこーいっ! ダイダロスーっ!」
ユキノの持ってる機械仕掛けの大剣の名前って、ダイダロスっていうんだな。
ふっと、映画でよく見る魔法のように空間から出現したダイダロスを右手で持とうとする。
「ふふっ☆」
「ん?」
隣にいたレミシアがクスクスと笑う姿に、少し違和感を感じざるを得ない。
「重たっ!!」
ユキノの姿を次に見やると、いつも軽々しく振るっているはずの大剣を重そうにしていたどころか、1mmも持ち上げられていない。——どういうことだ?
「ユキノはですね☆ ——先ほどの婚約魔法のおかげで、自分の魔力を無くしてしまったんです☆」
「……ということはつまり?」
「つまり、ユキノは現在勇者というより——ただの活発な少女ですね☆」
先に言えよ。そんな大事なこと。
未だ気付かず、ユキノは大剣ダイダロスを持ち上げようとしているが——ただの少女と化した今のユキノには持ち上げることすら不可能な状態だった。
「もにゅにゅ! あの娘っ! まだ生きてた生きてた?」
茶色の純粋瞳は、その可愛らしい瞳を煌かせてダイダロスを持ち上げようとしているユキノに向かって走り出した。
「待てっ! 逃がしはせんっ!! ——神速・謳歌一閃!!」
結鶴はモンモンの背後から神速の居合い斬りを放つ。
「もうその技は——見切った見切った、もきゅっ!!」
茶色の純粋瞳は体を捻れさせて、斬撃の軌道を読み——斬撃すれすれのところを避けた。
そしてそのままユキノへと直進していく。もう一撃、謳歌一閃を放とうにも、この位置では既にユキノごと斬り裂いてしまう位置にまで茶色の純粋瞳は移動してしまった。
「くっ! しまったっ!!」
「もきゅきゅ〜〜!! 死に底ないの小娘小娘? 次こそ——殺すもきゅ〜〜!!」
茶色の純粋瞳はユキノの上空に飛び、そこから一気に突き刺そうと、ユキノに標準を合わせる。
いつもの勇者なユキノだと、近寄る気配などで簡単に避けることが出来たりするのだが——今は完全にどこにでもいる女の子。茶色の純粋瞳が標準を合わせた頃にやっと気付くことが出来たが、もう遅い。
「え——」
「死ねもきゅううっ!!」
ユキノは逃げる暇もなく、ただ上空から落ちてくるリスのような小動物を眺めるだけしか出来なかった。
凄まじい勢いで小動物は、ユキノの元に落ちていく。そして——直撃する。
身を裂く音。骨が折れ、割れて、飛び散る音。肉が裂けて、辺りに散乱する音。それらが全て——俺の神経に伝わる。
「こ、コンクリートっ! じゃなくて、香佑っ!」
「も、もきゅぅっ!?」
「クソゴミ英雄、香佑殿っ!」
「ふふっ☆ 微笑ましい光景ですね☆」
そこにいる、誰もが驚いたらしい。——コメントおかしい奴が三人いるけどな。
何にせよ、肉とか裂けたりする感覚ってこんな感じなんだな。恐ろしく気持ち悪い。何にせよ、結構痛いどころじゃない。
多分内臓何個かやられたな。そんなこともまでも、いらないことに脳が教えてくれたりもする。
俺は——ユキノに喰らうはずだった茶色の純粋瞳の攻撃を代わって喰らい、胸辺りからザックリと貫かれてます。
深呼吸してから——いや、できねぇわ。肺が完全にやられてやがる。
「おい。この可愛いマスコットキャラ的な小動物」
「む、むきゅうっ!? 離せ離せ?! むきゅうっ!!」
しっかりと、腕に力を込めて俺を貫いているすげぇ尖った腕を掴んで離さない。離したら、俺以外に危害が喰らうかもしれないしな。
必死に離させようと、この小動物はやっているが、全く効果はない。いくら掴んでいる手を叩こうが斬ろうが、だ。
「お前のせいで、俺は大事なものをまた失いそうだったじゃねぇか」
「む、むきゅうっ!? 何の話話? むきゅうっ!!」
戸惑う姿は女の子っぽく見えて、少し良いなぁとか思ってしまうところだが、今はそんな気分じゃないね。
「でもよ、気付かせてくれたのも、またお前だ。だから、感謝が一割ってとこだな。——んでもって……よくも俺を、"異常"にさせてくれやがったな、コノヤロウ」
「え? えっ!? むきゅううっ!?」
バチバチと、唸りをあげて、俺の右腕からエルデンテが自然と出てくる。実にいいタイミングで出ますね。本当。
「よし、そろそろ俺も死にそうだけど——先に逝けぇぇぇぇっ!!」
「む、むきゅううううっ!!」
思い切りよく、振りかぶって殴った後の爽快感は忘れない。そして、目の前が真っ暗になって、死んだと理解した感覚も——忘れない。
これで死ぬなら、本望じゃないか? 最期に大事なものが何かを気付くことが出来たんだから。
何で俺が、こんなことをしようと思ったのか。そんなことはどうでもいい。
ただ——小さな英雄になら、なりたいなと思っただけだ。
目の前で、死なせてたまるか。ていうか、恥ずかしい思いして復活させたんだ。——死なせた理由は、俺だけど。
数日間しか、過ごせなかったけど。食事する時ぐらいしか、笑顔でいられなかったけど。
——楽しかったさ。これが、普通の家庭なんだってな。
俺は、最初から普通を望んでいたんだよ。
最初から、異常な生活だったんだ。
普通の家族でありたい。そう願う日々が異常だなんて、考えたことがなかった。
だけど、孤独よりかはマシだと思った。一人よりか、全然楽しかった。
数日間だけだけど、普通の家庭を与えてくれて、感謝してる。
ゆっくりと、俺は——笑顔で倒れていった。既にその時には意識は無かった、けどな。