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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.37 )
日時: 2011/03/23 00:07
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Q2XZsHfr)

俺は、いつも一人だった。
気付いたら周りに家族というごく当たり前のものはなく、たった一人で広い家の中にいた。
とても、寂しかった。一人が怖かった。他の人間と触れ合うことが、嫌いになった。
それは、他の者の家庭という名の自分に無いものを見せ付けられることが不愉快だったからだ。それは、仕方ないだろ?
それはどうしようもないことだから。だから、仕方ない。そう割り切る他はなかったんだ。



「う……」

視界がぼやける。目を開けようとしたことが間違いだったか。
ずっと暗闇の中っていうのはあまりにキツいから俺は目を開けたんだろう。きっと開けた先には天国か地獄が——

「あ☆ 起きました?」
「……あれ? お前も死んだの?」
「人聞き悪いこといいますね〜☆ もうっ、私は死んでないですよ☆ もちろん、貴方もです☆」

飛びっきりの笑顔でレミシアは俺に微笑みかける。
視界がだんだんと開けてくる中、俺は周りの様子を確認することにした。
俺の机、俺のクローゼット、俺のベット、俺の目覚まし時計とか……正真正銘、俺の部屋じゃないか。

「ここって……俺の、部屋?」
「その通りですよー☆」

にこやかにそうだといわれても、納得できるかと言われれば答えはNOだろう。
腹とか、胸とか触ってみても包帯が巻かれてあるぐらいで、何ら痛みを感じない。
俺、何かすげぇ貫かれて……血が多量に出たと思うんだけど。——それも即死並みのものを、だ。

「すまないが、状況いまいち理解できん。それに、ユキノたちはどこに?」
「下で貴方のために何か作ってますよ〜☆」
「俺のために?」
「はい☆」

しばらく呆然とレミシアの顔を見つめた後、ため息を吐く。
いっそ、死んでいればよかったのにな。そんなことを思ってしまった。

「本当なら死んでましたね〜☆ 確実に。ていうか、何で助けたりしたんですか〜?」

レミシアの言葉に、俺は思わず苦笑する。何で、助けようと思ったんだろうなって今更ながらに思ったからさ。
でも、答えは簡単だった。既に見えてしまっていたからだ。

「守りたかった、と言うと嘘じゃない。他人と一緒にご飯食べたりするのなんて過去、俺には全くない。だから、望んでしまったんだよ。 ——家族っていう、当たり前の、普通の環境を」

その直後、バンッ! と大きな音が横の方から聞こえる。
音の方を振り向くと——そこに立っていたのは、ユキノの姿だった。その後ろには結鶴の姿も少しばかり見える。

「ユキノっ! よかった、助かって——!?」

何か、いい匂いがした。
鼻の周りにふわりとほのかに俺の家のシャンプーの匂いがした。後、腰らへんには小さな手がきている。

「心配っ! したんだからなっ!!」
「え……?」

その言葉に、俺は意表を突かれた。
それはそうだろう。あのユキノが——俺に涙声で抱きついているのだから。
どうしていいかわからない状態に陥っている俺から一瞬で離れた瞬間——パシッ! という、乾いた効果音と共に俺の目の前が真っ白になる。
そして、そのすぐ後に痛みがだんだんと左頬から伝わってきた。

「いってぇっ!! お前、何すんだ——」
「知るか、バーカッ!! お前なんかベットの藻屑となったらいいんだっ!」
「お、おいっ!」

部屋から猛スピードでユキノは出て行ってしまった。一体何が何なのか分からない俺は呆然とユキノが出て行った場所を見つめる他なかった。

「あの子はですねぇ、うんと昔から一人ぼっちだったのですよ☆」
「——え?」

俺は、息が詰まりそうなほどに動揺した。
ユキノも——自分と同じだったのか?

「一人ぼっちで、泣いて、泣いて。あの子には、泣くことしか出来なかったんですよ」

レミシアの語り口調につられるかのようにして部屋の外から結鶴も出てくる。

「家族、という存在はいたんですけどね。ですけど、その家族という存在は——魔王に殺されたんです」
「魔王、に……?」
「はい。——ですから、あの子は魔王を倒したがっている。いくら血の繋がりがないとはいえ、親だった人を殺されたことは大きいですから」

血の繋がりがない? ということは、あいつは本当の親の顔とか、知らないんじゃないのか?
だとしたら、だとすると、あいつは——これまで一体どれほどの辛さを味わってきたんだろう。
そう考えている内に、自然と俺は握り拳を作ってしまっていた。

「俺……ちょっと、行って来る」
「拙者も——」
「いや、俺一人で行かせてくれ。——頼む」

俺は、決意の込めた目で言ったつもりだった。これだけは、どうしても伝えておかないといけない。
それは、俺が最も望んでいることであり、俺と同じような、いや、それ以上の悲しみを抱いているユキノに言ってやりたかった。

「わかっ、た。しかし、おぬしがもしもユキノを傷つけたりした時は——」
「分かってる。その時は、俺を煮ても焼いても何しても構わない。それと——レミシア、ありがとうな」

レミシアは、ただ俺の突き出したグーサインを満面に近い笑顔で返してくれた。——なんだ、結構良い奴なんじゃないか。
俺は、すぐさま部屋を飛び出していった。
——俺の、家族を迎えに。




「もう、嫌だ……」

ユキノは、一人で路上を歩いていた。
記憶がフラッシュバックするごとに、ユキノは過呼吸のような状態に犯される。
それはもう——慣れた。でも、もう失うのは勘弁して欲しい。
私をこれ以上かばって、誰も死んで欲しくない。なのに……また、私は殺させてしまった。
レミシアの特別な復活魔法のアイテムがなければ、とっくに死んでいただろう。
レミシアに感謝しないといけない。でも、私は——また。
涙が零れそうになるのを必死で堪えた。これだと、今までと変わり無い。変わりたい。昔の泣き虫には戻りたくはない。
あいつは無愛想で、本当にムカつく奴だけど——でも、優しかった。

「でも……」

でも、失うのが怖い。
手に入れてしまって、そこから失う辛さは——もう充分だ。
そんな悲しみを背負うぐらいなら、いっそ——。

「見ぃ、つけた……! もきゅっもきゅ!!」
「ッ!? 茶色の純粋瞳っ!」

声のする方へとユキノは振り向くと、そこにいたのは——もう消滅したはずのモンモンである茶色の純粋瞳だった。
しかし、ユキノはすぐに香佑はあの時、致命傷を受けて死にかけの状態だったことを思い出した。
つまり、死にかけの状態で振るったエルデンテは——効果が薄れてしまっていたのだ。魔力を破壊し切れなかった、ということになる。

「絶対絶対! お前らだけはっ! ゆるさ、ないっ! もきゅもきゅうううう!!」
「返り討ちにして——!」

そういえば、ダイダロスを出したとしても、持ち上げることが出来なかったことを思い出す。

(魔力が……もしかして、ない!?)
「死ねぇぇぇぇっ!」
「ッ!?」

魔力が無いことに混乱している最中、勢いよく茶色の純粋瞳があの捻れた腕で攻撃しようとしていた時——


「何度も何度も——しつこいわボケェェッ!!」


横から、ものすごいスピードを持つ何かが——茶色の純粋瞳をドロップキックした。
凄まじい勢いだったために、茶色の純粋瞳は勢いよく吹っ飛んでいく。
もう既に体力も少なかったためか、だんだんと青白い光が浮かんでいき、やがて燃えるようにして消滅していった。

「……こ、香佑!? どうして、ここに——」

助けに来てくれたのは、香佑だった。
何故助けに来てくれたのか、いまいち理解が出来ないままに、ただ呆然と香佑を見つめる。

俺は、ゆっくりとユキノに近づいていく。何故か混乱した顔をしているユキノに向けて。
そして、手を振り上げた。その時、殴られるんじゃないかとユキノは思ったのだろうな。目を細めて、腕を上にあげた。

「——勝手に一人で散歩するなよ。行くなら俺も連れてけ、バカ」
「え……?」

俺は、ユキノのその小さい頭を撫でた。出来るだけ優しく。もう、こいつに不安なんてバカな考えをさせないように。

「俺も、そうだった」
「え?」

ますます混乱した表情で、ユキノは俺を見る。その表情は、いつもの強気なユキノの表情ではなく、何故か怯えたような表情だった。

「俺も、小さい頃から一人ぼっちだった。色々、あったりしてな。心を完全に閉ざしてたりした。そんで、気がつけば——家族なんて当たり前のものはいなくなってたさ」

ユキノの手を引っ張って、立ち上がらせた後。俺は、ある場所に連れて行った。
そこは、俺が一人でよく座っているベンチでもあり、ユキノが前に飛び出して行った時に座っていたベンチでもある。
そこに座らせて、俺もそのユキノの隣に座る。渋々、といった感じだったが、今はそれはつっこまないでおこう。

「お前の過去なんて、俺は知らない。無理に聞こうとも思わない。お前は何が怖いんだよ?」
「何がって……。失うのが、怖いに、決まってるだろ……。家族なんてもの、僕にはいらないんだから——」
「——お前、アホの子だろ」
「ッ!? ハァッ!? お前——!」
「失うのが怖いとか、そんなこと——誰だって思ってるよ。俺も、そう思ってる」
「じゃあなおさら——」
「俺が望んだからだ」
「え?」

今まで俯き加減だったユキノの顔が、初めて俺の顔を見た。

「俺が、欲しいって望んでしまったからな。家族っていう、当たり前のものを、な」
「お前……」
「お前は、どうだ?」
「ぼ、僕っ!? う、う〜ん——お前みたいなウジ虫は、嫌だな」
「ケンカ売ってんのかっ! お前はっ!」

このタイミングでなんていうことを言うんだっ! この小娘はっ!
だが、すぐに少し笑顔になってユキノは言った。

「家族ってのが、何か分からなくなった。自分を守るために死ぬっていうのが家族なら、それはいらないって——」
「っはぁ〜……アホだな、お前。やっぱり」
「なっ!?」
「なら、教えてやるよ。家族っていうものを。だから——俺の家に居候しとけ。俺が死ぬなんて、これから一切ねぇよ。それもお前を守って死ぬとかいうことなんてな」
「お前っ! 守って死ね! ありがたって死ね!」

元気よく立ち上がって、いつもの調子でユキノは言った。
それに俺は思わず苦笑し、俺も立ち上がった。

「それでいいんだよ、お前は。これが——家族だからな」
「はぁっ!? 意味分かんねぇ」
「意味分からなくて結構だ。——今は、な」

俺は、ゆっくりと歩いていく。もちろん、公園の外にだ。

「おいっ! どこに行くんだよっ!」
「家に帰るんだろうが。——早く帰るぞ。せっかく迎えに来たのに、台無しにするつもりか」
「な……! ぼ、僕は! 認めたわけじゃないからなっ!」

何かツンデレみたいな発言をした後、小走りで俺の横へと来た。その時の表情は——前の時よりか、幾分と笑顔のユキノだったんだ。




その後、家に戻ったら戻ったで

「待っていたぞ、二人共」
「え? いや、何してんの?」

俺は、結鶴が刀を構えて待っていたことに、異常な気配を感じた。
ニヤリ、と笑って結鶴は言う。

「拙者も、しばらくここで滞在することとなった。任務が新しく届いたのでな」
「はぁ? いや、意味がよく——」
「黙るがよいっ!!」

ユキノの言葉を遮っての黙るがよい。……これ、どういう状況だ?

「拙者も居候させていただく。なかなか住み良い場所だ」
「それがわけ分かんねぇよっ! お前、他の英雄に当たるとか何とか言ってたんじゃ——!」
「拙者は何でも斬れる。まだ修行中の身だから分からんがな」
「いや、そんなこと聞いてね——」

ズバッ! と、鋭い音がした後、俺の後ろにあった花瓶が音を立てて床に崩れ去った。
この距離から、もしかして斬ったんですか? 刀届かない距離だし、それに俺の後ろの物ですよ?

「拙者に——斬れぬものなど、ございませんが?」
(ダメだ、この人。何言っても聞かねぇや……)

こうして、なんだかわけの分からないままに、血は繋がっていないとはいえ、ユキノに家族のなんたるかを教えるのと、結鶴は意味不明のまま居候、と。
俺の家には二人のただ者ではない女の子が住み着いたわけだった。
——そういえば、何か肝心なことをユキノに話さないといけない気がしているんだけど……それは、また明日でいいか。


説明その3っ:拙者に斬れるものなどございませんが?(終)