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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜第三話完っ ( No.39 )
日時: 2011/03/23 19:49
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Q2XZsHfr)

「はぁぁぁぁっ!?」
「——っ、と、とにかく、落ち着——」
「黙れ! お前、ふざけんなよっ! この野郎! 何でお前……! はぁっ!?」

あー……目の前にいるこの少しぶかぶかな服を着て、ギャーギャー騒いでいる少女——ユキノ。職種は、勇者。

「ウジ野郎。これはどうすればいいのだ?」
「ウジ野郎って! ちゃんと俺、名前あるんだぞっ!?」

ウジ野郎とか残念すぎるネーミングを言っている武士口調の女性は——結鶴。職種は、剣客。

「落ち着けっ、お前ら。とにかくだ、ユキノは黙って俺の話を聞けっ! そんでもって、結鶴はとりあえず生クリームをおけっ!」
「無理っ! どういうことだよっ!」
「生クリームと申すのか、これ」

知らずに混ぜてたのか、結鶴。いや、そんなことよりユキノがボコボコと俺にボディーブローを——ちょ、待って、きついきつい!




俺が一回死んでから、数日経ち、学校で言う休日というものが俺に訪れた今日この頃だ。
俺は、一回確かに死んだらしい。レミシアの話によると。つまり——何か色々と普通の人間では考えられないものになっている、らしいが。
これといって生活は変わりなく、最初に襲ってきたアンドロイドやら殺し屋の佐藤やらモンモンやらもどこへ消えたのか。
全く悪いことがなく、俺達は普通の生活を送っていた——そんなある日、突然結鶴がお菓子なるものを作ってみたいとか言い出したわけで。
ならやろうか? ということで……ていうか、結鶴の目的が未だに読めないわけで。何でここにいるのか。魔王を倒すために英雄を引き連れにきたのが目的ではなかったのか。
まあ、たまにはいいだろうと、俺も賛同。そんで、やっと思い出したんだ。——ユキノが死にかけた時にやった、"あれ"を。

「何で婚約のっ!! お前の嫁とかっ! 嫌すぎるだろっ!」
「仕方ないだろうがっ! あの時はあれしか方法がなかったんだっ!」
「はぁっ!? レミシアの魔力なら助けられただろっ!」
「それが俺しか助けられないとか意味不明なことをだな……!」
「黙れ! このケダモノがっ! 私と婚約したかったんだろっ!」
「ちげぇよっ! とにかく! 生き返ったんだから別にそんなのは——」
「おい、クソ野郎。いい加減この生クリームとやらをどうすればいいのか言え」

「「今それどころじゃねぇよっ!!」」

俺とユキノの言葉が見事にハモり、結鶴はため息を吐く。

「だから、お前は——!」
「何っ!? ふざんけんなよ——!」

ズバンッ! と、俺とユキノの間に何かが通った気がした。あれ? 俺の前髪、何か空中に切れて浮いてない?
結鶴の方へ、俺とユキノがゆっくりと向くと——刀を振り下ろしていた結鶴の姿。

「いい加減に——しろ」
「「は、はい……」」

と、まあこんな感じで結鶴が俺とユキノの言い争いを止めるわけだ。
既にレミシアは、元の世界か何かに戻ったみたいだった。そのレミシアから最後に説明を聞いたことをもう一度把握してみる。
何でユキノの魔力がなくなったのかというと、生き返らせる時に多大な魔力を使うから、というのもあるのだが——原因は俺にあった。
俺はその時もエルデンテを発動していたわけで、つまりは——ユキノの魔力をエルデンテで木っ端微塵にしてしまったというわけだ。
破壊された魔力はすぐに戻らず、じょじょに戻っていくしかないようだ。一生戻らないというわけではないので安堵すべきなんだが——。

「お前と婚約魔法とかっ!!」
「まだ言うかよっ! だから、婚約魔法とか言ってるけど、別にそんなの関係なくでいいだろうっ! 助けるために使っただけなんだから」
「え——あ、無理だっ! 勇者は掟通りにしないといけないっ!」

ん? 何だ今の動揺した顔は。まあそれはおいておいて。

「俺は、どの職種でもねぇし、普通の人間だ。だから関与するかしないかなんて別に決めれるだろ」
「だからっ! 婚約魔法ってのは——!」
「お前ら、斬られたいのか?」

結鶴の一言って重いです。マジだもの。マジの目で言うもの。怖すぎるもの。

「ったく、魔力返せよっ!」
「普通に暮らしてたら治るっていうんだから、待っとけよ」
「誰のせいでこんな……!」

ぶつぶつまだ言っていたユキノだが、お菓子作りのためにガタガタと溶けてドロドロになったチョコレートを混ぜている。
俺だって、まだ高校一年生というどん青春が待ち受けているか分からない時期に婚約なんて重いものはしたくはない。
それに、普通にスルーできるものだと思っていたが——勇者ってのは、どうにもそういう掟なるものがあるらしい。

「あとは、これとこれを混ぜ合わせて、冷蔵庫で冷やせば完成だ」
「ほうほう」
「……それにしても、何でいきなりお菓子作りを?」
「い、いやっ! 別に深い意味はないのだがな」

結鶴が照れたようにそっぽ向く。あ、そうそう。一つ面白いことがこの数日間で分かったんだ。

「お前甘いもの好きだしな。多分自分で作ってみたいとかも思ったんじゃ——」
「な……ッ! そんにゃわけあるかぬゃっ……!」

慌てて口を押さえて顔を真っ赤にする結鶴。
まず、甘いものが大好きだというのと、嘘が下手だというのと、後は——テンパったら、噛む。

「この……! どうやら成敗されたいようだな……!」
「ま、待てっ! そんなつもりはないっ! ただ——面白いなぁ、っと思ってだな……」
「黙れぇぇぇぇっ!!」
「ちょ、まっ——!? うわぁぁぁぁっ!!」

と、結鶴は刀を大きく振り構え、俺を斬り払いそうになったその時だった。
ピンポーン。ナイスチャイムっ!!

「お、俺が見てくるっ!!」

俺は慌てて刀を振りかぶって余所見していた結鶴と——冷蔵庫を開けてつまみ食いをしようとしていたユキノに告げてから走っていく。

「あ、待てっ! ——ユキノっ!! おぬしっ!!」
「あ、違う違うっ! 私はちゃんと出来ているか——! ギャーッ!!」

断末魔が聞こえる。ユキノ……お前が悪い。つまみ食いなんかしようとするからだ。
俺は誰か待っているであろう玄関へと急いで駆け寄って行き、そして——ドアを開けた。

「配達でーす!」

結構大きめの箱を足元に置いている笑顔が素敵な成人男性が、そこにいた。
ハンコなどは常に玄関のすぐ傍においてあるので、こういう時に便利だ。
速やかに一連の動作を済ますと、それを確認した配達の男の人は——表情を、少し歪ませたような気がした。

「はい、確認しました! ありがとうございます!」
「え、えぇ……お勤め、ご苦労様です」

そうして、配達の男の人は——トラックでも普通の車でもなんでもなく、"走って"玄関から去って行った。
明らかに、様子がおかしい。そう感じた俺はその男の後を追う。——だが、行ったはずの方向には既に男の姿はなかった。
こんなことなら、服装とかちゃんと見るべきだった。
残された大きな配達物をもう一度よく確かめると——生物。そう確かに書いてあった。

「おいおい……一体、どっから届いてんだよ……!」

差出人の居場所は、律儀に書かれていた。
"天界"。そんな非常識な居場所が、な。