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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜番外編始動っ ( No.71 )
日時: 2011/04/04 17:49
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 3Xsa0XVt)

そこは、優しい世界で、優しそうな匂いで、優しそうな人々。
私は、そんなところで生まれたはずだった。誰もが優しく、共に笑いあいながら生きていける。そんな幸せな、世界に。
その国の、私はお姫様という立場だった。
あまり、周りと関わらずに生きてきて、私は一人になることが多かった。
寂しい。そう思うのは無理もなかった。その時、まだ私は幼かったのだから。
でも、ある時少しの疑問に気付いた。
いくらお姫様という立場でも、私は幽閉されすぎなのではないか、ということに。
外に出ること、更には部屋の外に出ることすらも、叶われていなかったのだから。
お父様、という私の父に値する方に聞こうとも、会うことすら叶わない。
嫌われているんだ。そう思った。会ったのは私の記憶の保つ限り、一度か二度ほどしかないのだから。

「私は——何のために生きてるの?」

小さな身体で、ポツリと呟いたのだった。




「ん……」

随分と、眠っていたような気がした。
ゆっくりと、視界がぼやけながらも目を開けると、そこは見たこともない部屋だった。

「すー……すー……」

足元の方から、寝息が聞こえた。
そこには、気持ちよさそうに眠っている燐の姿があった。
この燐と契約していなければ、私は捕まっていたかもしれない。
あるものを、天界から持ち出したのだから。
自身の着ている、白のワンピースのポケットの中から、碧色をしたペンダントを取り出した。
これがあったら、また多くの死を招く。それは、巨大な魔力を持った魔装兵器。
元は私に取り付けて、大量に殺させるつもりだったようだ。

「私は……道具じゃ、ない……」

急に、目から水が零れ落ちてきた。
これは、涙というらしい。燐から教わった。
ならば私は——これまでに一体どれほどの量の涙を零してきたことだろう。
自身の持つ"巨大な能力"によって、私は感情を無くしてしまった。
でも、私は——あの香佑という男の持ってきたマシュマロを見て、私は心が温まった気がした。
そして、手と手が触れた時——私は力を取り戻した。

「……確かめよう」

私は、何故かあの香佑という男が気になった。
ただの英雄気取りにしては、何かがひっかかったのだった。




「えぇっ!? 八宝祭っ!?(はっぽうさい)」
「うん。え、知らなかった?」

クラスメイトの中の一人、中里に俺は八宝祭が近日あるということを知らされたために、動揺しざるを得ない。
ちなみに八宝祭というのは、文化祭のことだ。それをこの学校では八宝祭と名前を変えているというだけだ。

「普通秋とかにやるんじゃ……?」
「いや、梅雨時期ぐらいにやってからまた秋にも七宝祭ってのが……」
「どんだけ祭り事が好きなんだよっ! この学校は! 別に文化祭は一
つでいいだろっ!」     

おぉ、里中! 言い分最もだぞっ! そしてお前らの苗字、逆なだけになかなかコンビネーションがよさそうな気がしてならん。

「俺に言われても」

まあ、確かに中里の言い分も、里中の言い分も最もだ。オーライ、それはよしとしよう。
しかしだ。文化祭って、何かまた面倒そうだな。最近面倒なことが多いと思ったら、次は学校行事で文化祭か。

「つーわけで。クラスの出し物とか、この残りわずかな5月中に決めたいから。意見出してもらう」

クラス委員だったな。そういえば中里は。教壇の前に歩きながら語っていく。
黒板の前には、白チョークを持って仁王立ちするやたら活発そうな女の子、柴崎が笑みを浮かべていた。

「よっしゃーっ! じゃあ決めていこーかぁっ!」

このノリというかなんというか。声でかいし、何とも明るいということからクラスメイト達の中ではいち早く人気者だ。
それを冷静に対処できる奴がいいということで、里中——じゃねぇわ、中里を選抜させたということだ。

「はいはいはいはいっ!!」
「はいっ! 槻児のドアホっ!」

柴崎にもドアホ扱いされてるな。いち早く。おめでとうと拍手してやりたかったぐらいだ。
槻児は、ガタッ! と、勢いよく立ち上がると流暢に言葉を連ねていった。

「下手な服装はいりません。メイド、チャイナ、小悪魔風ロリっ娘服を着て喫茶をやろうと思う人、すぐに俺の元に来なさい。——以上」
「よし、ご苦労だ。とりあえずだ——おい、誰かあのドアホを教室の窓から叩き出してくれないか」

クラス委員の中里の言葉によって、ラグビー部やら野球部やらの面子が立ち上がり、槻児に近づいていく。

「どぁああっ!! 待て待て待てぇっ!! ここ三階三階っ! 死にますよーっ!!」

槻児のもの凄いアホな意見や末路はおいといて、話をまたリスタートさせる。

「とんだアホが失礼しました! でもいいキャラだったよね! 来世で会おう! えーっと! 他に意見あるー?」

柴崎が笑顔やら、ダンディな顔やら豹変していきながら、他のクラスメイトに意見を求める。
数十分と、口論が続いたが、結果飲食類といっても定番の物は取れる可能性が低いとかなんとか。
他のクラスと同様のは嫌だということで、何か無いかと考えを模索するクラスメイト一同。
そんな中、俺は何故か言葉を発していた。

「色んな職業をやる……そんな喫茶、どうだ?」
「え?」

中里の不意をつかれたような声と、クラスメイトたちからの視線を集める中、俺は言う。

「コスプレっていっても、メイドとかそんなありきたりなものじゃなくて、ほら、勇者とかさ」
「あー……ゲームの世界の?」
「そうそう。色々、面白いのもあるからいいんじゃないかなぁ、ってな」

しばしの沈黙が訪れ、そして数秒経った後に——

「面白、そう」
「うん……何か、画期的だよね」
「うん! いいんじゃない? 私、お姫様やりたーい!」
「お前には無理だろー!」

とかなんとか、クラスメイト達の声が溢れ返り、反響を招く形になった。

「いいねぇっ! じゃあ、それでいこう!」

柴崎が勢いに乗せて、黒板に『色々職業喫茶』と、名前だけ見ると少し不気味そうな喫茶の名前を書いた。
何か決まってしまったが……俺のここ最近の出来事が影響しているのか?
それはともかく、早く決まってよかった。下手すればこれを決めるために放課後残ったり、なんてのもまんざらではないしな。
成り行きだが、こうして俺達のクラス1−2の出し物は決まった。




「魔力戻れっ! こんにゃろっ!」

ユキノはその頃、何度も手を大きく広げては前に突き出したり、他人が見れば変人さながらの行為を行っていた。
場所は、あの例の公園である櫻木公園であった。
香佑たちにあまりバレたくない、というのもあったので香佑が学校に行っている間は最近ほとんど毎日、ここでこんなことを繰り返している。
魔力は、数日前のあの天使の一件で少々使ってしまった。そのために、魔力がまた0に近い状態になっているのだ。
それから少しは回復したとは思うのだが——いくら頑張っても、勇者の力が戻らない。
これは、少し異常なことでもあった。

「何で、戻らないんだよーっ!」

と、ベンチを蹴る。だが、凄まじく足に痛みが走ってきて、うずくまって半泣きしてしまう。

「ッ〜〜!!」

悶絶しながらも、何とか立ち上がって先ほど蹴ったベンチに倒れ込むように座る。

「あんな雑魚に不覚とっちゃったから……!」

雑魚、というのは茶色の純粋瞳のことである。
ユキノからすると、あれぐらいの敵は全くどうってことはないのだが——ただ、香佑が危なかったから咄嗟に助けてしまった。
その行動が意味するものなど、ユキノにはよく分からない。いや、分からないように隠しているだけなのかもしれない。

「お腹、空いたなぁ〜……」

腹を手で撫でながら、空を見上げて言う。
いっそ、元の世界に戻れれば、力は取り戻されるのだろうか?
でも、僕は英雄の取扱説明書を完成させて、魔王を倒さなければいけない。
それにしても、何故僕に英雄の取扱説明書の護衛などという、重要な役目を言い渡したのだろう?
そんなことを、考えていた。

「ん」

その時、横から何か物が目の前に飛び込んできた。
"とびっきりカレーパン"と書かれたそれは、腹の空いているユキノからすると、それは美味しそうなものだった。

「おおっ!」

と、目の前のパンを横取りしようとした時、ふっと目の前からパンが消える。
消えた方向を見ると、そこには若い男性の姿があった。
服装は——コンビニ店員の服装だった。
そして、そのコンビニ店員の男は口にコッペパンを咥えていた。

「か、返せよっ!」

自分の物でもないのに、返せというユキノに対して、その男は無表情でコッペパンを咥えている。

「コンビニエンスストアは、好きか?」
「は?」

いきなりその男は、コッペパンが口に挟まっている状態だというのに、流暢にコンビニエンスストアは好きかどうかを問いかけてきた。

「コンビニ、好きか?」

次は、略して言って来た。ずっとコッペパンを咥えっぱなしだが、苦しくはないのだろうか?

「食べ物ばっかり置いてあるところか?」
「……ほとんどはそうだな」
「なら大好きだっ! 最高だよな!」

と、ユキノは胸を張って答えた瞬間、その男はカレーパンをユキノに手渡した。
喜ぶユキノを置いて、そのコンビニ店員はゆっくりと公園から出て行った。

「いっただっきまーす!」

その定番の挨拶と共に、ユキノはカレーパンをものの数秒足らずで食べ上げた。
味は——ものすごく美味かった。コンビニエンスストア、必ず覚えておこう。そして香佑が帰ってきたら買いに行かせよう。
そう決めながら、満足気に背伸びを行おうと両手を前に伸ばした時だった。
——鋭い、閃光が唸り、目の前にある大きな砂山を巨大な破裂音と共にぶっ飛ばした。

「……え?」

ユキノは、いきなりのことで呆然としていた。
今のは、僕の魔力? と、感じでそう思った。試しに立ち上がり「ダイダロス!」と、例の大剣を魔方陣の中から呼んで、それを持ち上げようとした。
地面に刺さったダイダロスは、すぐにザクッと音を鳴らし、振るうことが出来た。
つまり、魔力が戻ったのだった。