ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.74 )
日時: 2011/04/09 02:27
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 3Xsa0XVt)

クラスの出し物が決まった以上、それを成し遂げるための作業などに入らなければならない。
幸いなことに、一日目で決まったので作業する時間は存分にあるのでそんなに忙しくならなくて済むようだった。
どういう職業をやるか、などを言われた時には勇者、と思わず出てしまったのは、恐らくユキノが原因だろう。
俺の家には、現在美少女が仮居候だとしても4人いる。
それぞれにそれぞれ違うタイプで、ハーレム、とは言いがたい超人ばかりというのもある。
何にせよ、家主の俺が留守というのは大変危険でもあるのだ。——いつ俺の家が木っ端微塵と化するのか分からないからな。
それを止めるべくも、俺は早起きと早帰りを余儀なくされているというわけだ。

「香佑ーっ! どっか寄って行かないか!?」
「今日は無理だ。ていうかいつでも無理だ。一人で行って来い」
「寂しい奴だなーっ! 付き合い悪いぞ?」

槻児も俺にしかこれだけうざさを発揮できないんだから、槻児も槻児で寂しい奴だとは思うけどな。

「何かあるのか? 最近お前、どことなく不気味だぞ?」
「お前に言われたくはない。……別に、調子が悪いだけだ」

俺は早々に教室から抜け出そうとドアを開いた——が、見たことのある人物が目の前に立っていた。
その周りでは、生徒たちがざわざわとその人物を見て騒いでいる。

「な、何で……? ここにいるんだ?」

そこにいたのは——家で寝ているはずのあの幼女な天使だった。

「え、嶋野君知り合いなんだ……」
「マジかよ……どういう関係?」
「嶋野って、ロリコンだったのか……?」

ひそひそと、周りから声が聞こえる。
うぜぇ、こういう状況は特にそう思う。

「——迎えに来た」
「え?」

幼女な天使は、あろうことに迎えに来たなどと誤解を招くことほぼ間違いないような声で言う。
しかし、いつしかのあの天使の羽が消えている。あれは出したり無くしたり出来るのだろうか?

「おいおいおいっ! マジかっ!」

と、後ろでさらにうざい声。——槻児、うざすぎる。本当、消えて欲しいと心から今思ったわ。

「と、とりあえずだっ! うん! 外に行こうっ!」

俺はとにかくその場から離れたかったので、思わず幼女な天使の手を取り、走り出そうとした。

「あら? 嶋野?」
「って、宮中先生!?」

走り出そうとしたその前にいたのは、宮中先生だった。
いつもは保健室で何かコスプレスポーツみたいなことをやっているのだが、何故だか今日はよりによって来てる。

「何でここにっ!?」
「私が来たらダメなの? 何か騒々しい気配がしたから、面白そうだし、来てみたんだけど……あら? その子……」

面白そうだから来たって、いかにも宮中先生らしいとは思ったが——まずい。幼女な天使に気付いた!
じーっと、幼女な天使と宮中先生は見詰め合ってから数秒後。

「駆け落ちか……」
「違う違う違うっ!! 何でそうなった!!」

宮中先生のわざとらしい一言によって、さらにその場のヤジは強まる。
ただでさえ、今現在幼女な天使の手を握っているというのに、これ以上はここにいたくなどない。

「すみませんっ! 先生っ!」

と、俺と幼女な天使は宮中先生の横を押し切るようにして通り過ぎて行った。
その刹那、幼女な天使と宮中先生の目線が双方合っていたことなど知れず。

「ったく……しょうがないわねぇ……」

宮中先生は香佑たち二人の後を見つめた後、ふふっと笑い声をあげた。




「ここまで来れば大丈夫だろ……」

結構走ったことにより疲れが出るかと思いきや……そういえば俺、普通の人間じゃなかったな。通りで疲れがあまり出ないわけだ。
現在は学校を離れ、あまり人気もない場所へと辿りついた。幼女な天使の方を向いてみるが、あまり疲れた様子はない。見た目以上にタフなようだった。

「あれだ。とにかく……大丈夫か?」
「……?」

無表情で首を傾げる幼女な天使。その動作によって綺麗な金色の髪の毛がユラリと揺れる。

「体だよ。体。数日間、目を覚ましてなかったんだぞ?」
「数日間、も?」
「あぁ。数日間もだ」

俺は幼女な天使が喋ってくれたことで何故だか安堵のため息を吐き、近くにあった自動販売機に近づいていく。
なんだかこういう時、炭酸系が飲みたくなるが……なんで売り切れなんでしょうね。
仕方なく、俺はスポーツ飲料水を買おうと小銭を入れる前に、幼女な天使にも聞くことにする。

「何がいい?」
「……?」

だから、何で首を傾げるんだ。ここは首を傾げるとこじゃないぞ。

「飲み物だ。天使はもしかして、喉なんて乾かないか?」
「飲み、物?」
「あぁ。飲み物だ」

何で俺もいちいち復唱するのか全く意味不明だったが、相手が疑問系で来るのでそうしてしまうんだろう。
じーっと、自動販売機にあるジュースやらお茶やらコーヒーやらの種類を見た後、選んだのが——

「これがいい」

と、指を差した先にあったのは——お汁粉だった。

「随分和風なんだな」

俺は微笑を浮かべ、小銭を入れてスポーツ飲料水とお汁粉を買った後、お汁粉を幼女な天使に渡した。

「温かい……」
「そりゃ温かいさ。あついって、書いてあるし」
「冷たい、お汁粉はないの?」
「あー……あることにはあると思うけど、ここには売ってないみたいだな。それで、我慢できるか?」
「……?」

そして疑問系で首を傾げる幼女な天使っと。
これの繰り返しだな。きっと。

俺達はそのまま、飲み物を飲みながらしばらく歩くことにする。丁度聞きたかったこともたくさんあったからだ。

「美味いか? それ」
「……普通」

普通ときたか。俺はお汁粉はあまり飲まない奴なので味など分かりたくもないが。
ちびちびと飲んでいる姿は、女の子だなって思う。

「まずさ、聞きたかったことなんだけど。何で俺を迎えに来たんだ?」
「……?」

またか。また首を傾げるのか。このパターン、何回味わえば気が済むのだろう。

「あのな——?」
「寂しかったから」

え、分かってるじゃないすか。とかいう言葉は押し退いて、幼女な天使の言葉が胸に刺さった。

「あのリボン少女のー……ほら、お前の護衛の燐とか家に居るだろ?」
「寝ていた。私のために起こすのは嫌」

なるほど……。とか思った俺はまだまだだな。気の利いた言葉の一つも交わせないとは。

「何で、俺を?」

数日前に知り合ったばかりだ。やったことといったら、マシュマロを多量に食べさせたのと、家に数日居させてあげたのと、お汁粉を買ったのと。それぐらいしかないように思えるんだが。

「貴方は、英雄だから」

いきなり立ち止まった幼女な天使が言った。それに俺もつられて立ち止まる。

「英雄って言っても、そんなこと言われるような覚えなんてない。ただ、取扱説明書とやらを渡されたからの話だ」

俺がそう言っても、幼女な天使は無表情で目の前の虚空を見つめていた。
一体、この少女は何を考えているのだろう? 俺はそんなことを不意に思った。

「それでも、英雄。目の前で、倒れている人がいても、助けない。これも、英雄?」

いきなりの質問だった。
俺は多少なりとも戸惑ったが、何とか返事を返すことにした。

「それは、英雄じゃない。英雄っていうのは、成し遂げた人にだけ与えるような称号だ。俺も、英雄じゃないさ。ただの名ばかりだ」

俺の言葉から、数秒後。再び、幼女な天使は口を開いた。

「英雄は、必要とされている人につく称号。貴方は、必要とされてる。でも——私は、そうじゃない」

その言葉を聞いて、俺は何故だか心はとてつもなく痛んだ気がした。

「名前も、ない。家族も、いない。生きる、理由もない。私は、どうすれば英雄になれる?」

俺は——何も言えなかった。
家族は、確かに俺は何もないに等しかった家庭状況で、俺も寂しかった。だけど、学校という場所があったりしたから、俺は腐らずに済んだ。
——でも、この子はどうだろう? 本当に、何も無い。生きる、理由さえもないという。

「なら、見つけよう」

俺は、いつになくハッキリと言った。何もいえないままじゃ、いけないと思った。
考えた、けどバカな俺には一つの方法ぐらいしかない。

「天使に——楽しいっていう感情を教えてやる。その無表情を、笑顔にさせてみせる」
「笑顔……?」
「あぁ、そうだ。笑顔だ」

俺はグーサインを出して、出来る限りの笑顔を見せた。
寂しいなんて、いわせるかよ。何があったのかは知らない。お人よしだなんて、思われるかもしれない。
でも、俺は同じ思いをしている人を、喜ばせたい。
この世界は、こんなに楽しいものなんだと。それは、俺にもまだまだ分からない。分からないことの方が、多い。
でも、こんな小さい身体でこの少女は苦しんできた。そう思うと、胸が途端に熱くなった。

「さ、行こうぜ!」
「どこに?」
「もちろん——女の子といえば、商店街とかじゃね?」

ま、女の子の喜ぶものなんて、モテ期到来などが全く来る予定のない俺にとっては無縁だったわけで。
とにかく商店街とか行くと面白いかも、とか安易な考えの元に、とにかく手を引いて歩き出した。
お汁粉によって、ほんのりと温かくなった手。まだ春なのに、どこか冷たい手。
その手が、心と繋がっていると思うと、俺はその手を離したくないと次第に思っていった。