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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.78 )
日時: 2011/04/15 00:21
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 3Xsa0XVt)

とある御伽話のような世界。白い雲が一面を覆い、また白い霧のようなものが辺り一面に漂っている。
その霧が晴れてきて見えるその世界は——天使の住む世界、すなわち天界と称される世界である。

「ご報告申し上げます」

香佑たちとの戦いから退いた魔堰の光点は天界へ戻り次第、すぐさまあの"呪われた天使"の力が元に戻ったむねを伝えた。

「ほう……面白い」

と、目の前で真っ白の大きな翼をはためかせる美少年が呟く。声は透き通っており、この澄んだ世界にはピッタリの声だった。
玉座のようなところに座っており、そこから腰を上げると口を再び開いた。

「英雄、が関係していると申したな?」
「はい。英雄の取扱説明書の使い手かと思われます」

魔堰の光点は膝を白い雲のような床につき、頭を下げながらつらづらと説明していく。
そのたびに相槌として美少年からは「ふむ」という声が漏れる。

「歴代の王は消滅なされた。今、この天界の歴史が変わった世界を再び変えようとでも思っているのか……」

美少年はククク、と笑い声をあげながら再び玉座へと座り込んだ。

「よし……魔堰の光点。お前にこの件は任せるとしよう。いずれも……結果は見えている」
「は……かしこまりました」

魔堰の光点は全ての説明を終えるとなると、すぐさまその場を去った。
沈黙の後、美少年は後ろの方から誰かを呼び出す。

「お呼びでしょうか?」
「あぁ。魔堰の光点は、必ず失敗するだろう。その時にはお前が後始末をつけろ」

美少年の口から出た言葉の羅列は、どれも信じがたいものだった。
魔堰の光点が負けると予想しながらも送り出したのだ。

「一体何の意味があるのです?」

尋ねられた美少年は「意味?」と、呟いた後に笑みを浮かべながら続けて言葉を連ねた。

「意味など……決まっているではないか。いずれもこずれも、天界のこれまでの数え切れないほどの歴史が塗り替えられた。ただ、それを伝えるだけのことだ」

その伝える意味というものが何かが答え切れていないような気がしたが、美少年はこれで十分だと言いたげに玉座へと肘をついた。




「ん……」

ゆっくりと瞼を開ける。視界が未だにボンヤリとしていたが、目を擦りながら何とか起き上がる。
場所は、あのヘッポコ英雄の家。だが、何が目的かはわからんが、助けてくれた。
目覚めたばかりでボンヤリとしている脳内ではあったが、そのことを思い出すとバカだとしか思われない。
自分は目の前で寝ている姫様をお守りすることが役目。そのためだけに、ここにいる。

「姫様……」

と、燐は姫様の寝顔を見ようと腰をあげて顔を覗き込んだ時——様子の異変に気付いた。

「姫……様……? ——姫様が、いない……!?」

燐にとって、それは何回目の失敗であろうか。
護衛を任されてから何度の年月が流れたか分からないが、こうして姫様を見失うことは日常茶飯事なのであった。
燐は急いで後ろ腰に刀を出現させた後、大きなリボンを髪にくぐりつけ、部屋から飛び出していった。




その頃、結鶴は甘いお菓子を買いに外へと出かけていた。
家で鍛錬するのもいいが、いつどこで"あの時のような殺気"が湧き出てくるのか、想像がつかない。
不意に、いきなりだった。あの殺気の起こり様は異常ともいえた。
確かに、仇だ。だが、どこか違うような気もする。

「変な感じだ……」

結鶴はスーパーの外から出て、ため息を吐いた後に呟いた。
今日はいい天気だ。さんさんとした日の光がもうそろそろ夏を迎えるという予兆を示しているかのようだ。
実際のところは、梅雨でジメジメしているだけなのだろうが、夏というのはどこかワクワクするものがあった。
それは、皆が平等に、平和に暮らしていたひと時の——夢。
夢、それは誰もが思う物で、叶えたいと願うもの。
その一方で、夢は幻のような意味さえも持つ。夢のように儚く散る、何て言葉があるぐらいに。
あの幸せだと感じた夢は、自分だけが見たものなのだろうか? 不思議と、結鶴はそんなことを考えていた。

「えいっ! えいっ!」

そんな時、近場から可愛らしい声が聞こえてきた。
ふと、結鶴がその声のする方向へと向いてみると——そこにいたのは、何度も鉄棒で逆上がりに挑戦するヘアピンのよく似合う女の子の姿。
このスーパーの近くに公園があったことなど気付かなかった結鶴は、その奇妙な女の子の行動に目を見やる。

(一体、何をしているのだろう……?)

逆上がり、なんてものなど結鶴とは全くの無縁も無縁だった。そもそも、鉄棒というものがこの世界にあるということも知らない。
考えられるとすれば——剣の修行に使う、受ける側のための棒か?
なんてことを考えながら、自然と結鶴はその不思議な女の子に近づいていく。

「えいっ! えいっ! ……ど、どうしよう……逆上がりが出来ないと、明日の体育で皆にまたわ、笑われるかもしれない……」

オドオドしながら棒を握り締めているその女の子の姿に結鶴はため息を吐き、更に近づいていった。

「おい」
「はぁ……ど、どうしよう〜……」

目の前で声をかけたというのに、全く気付きもしない。どれだけ鈍感なのだろうか。
咳払いをした後、もう一度声をかけようとしたその時——

「ゴホン! ……お——」
「わ、わぁあっ!! な、何ですかっ! ゴホンって!」

——え、そこ?
いくら結鶴でも、少し顔を歪ませて吹き出しそうになった。何とか堪えて、結鶴は何をしているのか聞くことにした。

「一体、何をしていたんだ?」
「え、あ、え?」

何がなんだか分からない、といったように慌てふためる彼女の姿に結鶴はとうとう吹き出してしまった。

「お、おかしくてすみません! え、何か悪かったですか?」
「ふふ、いや……とにかく落ち着け」
「お、落ち着いてなかった、ですかっ!?」

いちいち声が裏返り、慌てる姿に同じ同性でも可愛いと思った。元からして可愛いとは思うのだが。

「それで……これは何だ?」

と、結鶴が鉄棒を指差す。
その後、彼女から鉄棒というのはとにかく体を回すものだということを教わる結鶴。実にアバウトだとは思うが、十分な情報量だったようだ。

「ふむ。やってみよう」
「け、結構難しいですよ? 慣れないとなかなか——」

彼女が忠告を言葉にして伝えようとしていた最中、結鶴が鉄棒を両手で掴み、勢いよく地面を蹴る。

「はぁっ!!」

かけ声と共に回転を行う——回数が半端ではなかった。
どんだけ回れば気が済むんですか、と言いたいほど回り続けた後、ようやく解放されて地面に足をつかせた。

「力を入れすぎたようだ……目が回る」

結鶴は頭を抱え、鉄棒にもたれるように体勢を崩した。

「す、凄いですっ! 前回りとはいえ、どれだけ回るんですかっていうぐらい回ってました!」

横にいる彼女が拍手と共に結鶴を褒め称えるが、結鶴は本気で気分が悪くなっていた。数十回は回ったからというのが正当な理由だとは思うが。

「逆上がりというのは、これの逆の作法か?」
「さ、作法? あ、え、は、はい。とにかく、今さっきの、逆のバージョンです!」

バージョン、という言葉はいわゆる作法と同じようなものなのだろうと自己解釈した結鶴は鉄棒を握り締め、先ほどの半分の反動をつけて逆上がりをする。
綺麗に一回転した後も勢いはまだあったが、足を地面に擦れ合わせて威力を弱めてなんとか一回転で収めた。

「なかなか力加減が難しいな……」
「す、凄い力ですね……!」

彼女は驚いたようにして言うが、足腰の訓練を欠かさない結鶴にとっては何らたいしたことはない。
不思議とこの彼女の頑張る姿を応援してあげたくなった結鶴は、ふと質問をした。

「おぬし、名前は?」
「わ、私、ですか?」

彼女は驚いたような口調で言うが、すぐに笑顔となって質問に答えた。

「わ、私は佐藤っていいます! 宜しくお願いします! 先生!」

先生、といわれた結鶴は素直に微笑むことにした。