ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.79 )
- 日時: 2011/07/27 00:27
- 名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
- 参照: 更新遅くなってしまい、申し訳ございませんっ。今日より再開します
現在、時刻は2:12。まだまだ時間はある。
俺と幼女な天使がいるのは、商店街だ。周りはまだ昼に近い時刻のためか、ざわざわと賑わっていたりする。
その他、外れの方にはゲームセンターなど様々な遊び場などがあり、学生にとっては楽園ともいえるこの大御坂商店街。
結果的に学校をサボる形になったが、そんなことはどうでもよかった。何せ、笑顔が見たかった。ただ、それだけでサボる理由は十分だろ?
「ここは……?」
ボソリと横にいる幼女な天使が呟く。呆然と目の前のざわついた光景に目を配るだけで微動だにしない。
その姿を見て、俺はため息一つ吐いた後に口を開いた。
「大御坂商店街っていって、この付近じゃ一番大きい商店街だ」
「……?」
無表情で首を傾げる幼女な天使。こりゃ、前途多難だな……と、俺は思いながらもあることに気付く。
何でもっと早く気付かなかったのだろうというのもあったが。
「名前、決めよう」
「なま……え?」
「そうだ。名前だ」
幼女な天使が俺に振り返り、無表情な顔で俺を見つめてくる。その時にふわりと、いい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。
「碧翼のーなんちゃらとかいうの? そんなの、名前じゃねぇよ。ちゃんとした名前、俺がつけてやる」
「貴方が……?」
「あぁ。俺がだ。んー……そうだな……」
名前というのはとても重要なものの気がする。それに俺が決めてしまっていいんだろうか? いや、まあ仮ということにしておこう。
マシュマロ、確か好きだったはずだ。そうだな……。そういえば、前にマシュマロの語源由来を習った気が……あ、これにしよう。
「葵。葵でどうだ? マシュマロの語源は"沼地の葵"っていうんだ。正確にはマーシュマロウっていうやつからだけどな」
「葵……?」
「そう。葵。仮でもいいからさ。今だけはそう呼ばせてくれないか? それとも、別のがいいか?」
俺の言葉に数秒沈黙状態が続いたが、コクリと頷いて葵は口を開いた。
「それで、いい」
「よし! まず一歩前進だな!」
葵は俺が笑いかけても——全く笑うことなどなく、無表情のまま俺の顔を見つめ続けていた。
とにかく、だ。商店街に来たのはいいものの、何をどう回ればいいんだろうか?
「葵、どこか行きたい場所でも、あるか?」
「……?」
首を傾げるばかり。一応聞いているけど答えられないということの意思表示なのか? これ。
困ったな、なんてものは口が裂けても言えない。何のために学校サボってここまで来たのかも分からないじゃないか。
「よし……! じゃあ、提案する。その白ワンピース状態のまま続きだったから、洋服買おう」
「天使の聖水で、何時でも洗浄、できてるから。平気」
淡々と話す葵だったが、いくら洗浄して無臭とはいえ、さすがにずっと同じ服はちょっとなぁ……。
「女の子は可愛くするもんなんだぞ? ほら、入ろう」
「あ——」
俺は葵の腕を軽く引っ張り、洋服屋へと入ろうと連れて行った。
「いらっしゃいませー」
礼儀のいい店員が俺と葵を迎える。ペコリと90度には至らない程よいお辞儀に思わずこっちもお辞儀返してしまいそうになる。
「ほら、好きな服を選べよ?」
「好きな、服……?」
「そうだ。好きな服。これが可愛いーとか、ないのか?」
あくまで人間のように接してはいるが、相手は天使だ。信じがたいことだけど、色々見せられた結果そういうことにならざるを得ないだろ?
天使の女の子も服が好きだ! なんて安易な考えの元に、俺はこの服屋へと招いたわけなんだが……どうにもピンとこないみたいだ。
しかし、数秒経つと葵は自分で前を見つめて歩き出した。俺は慌ててその後ろを追いかける。
たどり着いた先に待っていたのは——マネキンが着ている可愛い飴玉模様の服だった。
今にも若者風という感じで、下はジーパンのようなデザインの短パンとなっている。
俺もよく服やズボンなんて知らないので、戸惑うばかりだが——葵はその服ばかりを見つめていた。
「これがいいのか?」
俺は葵に聞いてみるが、一向に返答がない。その様子を見たのか、店員が駆け寄ってきた。
「この服、お気に召されましたか?」
丁寧に、そして晴れ晴れとした笑顔を見せる気前のいい店員さんが尋ねてきても、黙ってその服を見つめる葵。
どうすればいい? と、俺は考えたがあまりいい方法が見つからない。とにかく、これを気に入っているんだということは分かった。となれば、俺が動くしかない。
「店員さん。葵……じゃなくて、この子、この服が気に入ったみたいなので、試着させてみてくれませんか?」
「かしこまりました」
と、待たされていたというのに営業スマイルたるものを振りまき、店員さんはその服を持ってくるためにどこかへ行った。
その間も葵はボーっとマネキンを見つめていたが、また数秒後に店員は早々と例の服を持ってきた。
「どうぞ、試着してみてください」
店員は営業スマイルで葵の手に服とズボンを渡す。——大変な仕事なんだな。こんなにも笑顔でいないといけないだなんて。
この店員のように、葵に笑顔を灯すことが出来るのだろうか? いや、きっとしてみせる。葵も、痛みを抱えてるから。
「ほら、着てみようぜ」
俺は服とズボンを持ちながらボーっと突っ立っている葵を促し、試着室へと促す。
そして試着室の中に二人で入り——のところで店員にガッチリと腕を掴まれた。
「お客様? 男性は外でお待ちください」
凄く怖い笑顔で言われた。こういう笑顔もあるんですね〜。とか言っている間に締め出された。——ジョークじゃないか。ジョーク。
待つこと数分間。カーテンの開く音が聞こえ、振り向くとそこにいたのは
「うぉ……」
店員も口を押さえるほど。最初の白い無地のワンピース姿とは全く違い、まさに現代風の子供というか、これが美少女だとたたきつけられた感じがする。
「……変?」
「いやいや! 凄く似合ってるよっ! こんなに似合うとは正直思ってなかったぐらいだ!」
あ、今の言葉って普通はタブーだよな。俺、こういうの全く慣れていないものだから……。
葵の様子を見ると、怒っても喜んでもおらず——相変わらずの無表情だった。
「気に入ったか?」
「……? 気に、入る?」
首を傾げて、葵は気に入るという言葉を復唱した。その様子がいまいち察しきれていないのか、笑顔のままで店員は購入の二文字を待っていた。
「ま、まあいいか……。次だ次!」
とりあえず白い無地ワンピースより断然良いので俺のマイマネーで購入っと……たっけぇっ!! これはバイトしないとシャレにならんな……。
そんなことを思いつつも、購入した服をそのまま着て商店街を回ることにする。
「行きたい場所とか、あるか? ……あ、この周辺でだぞ?」
油断したら天界とか言われてどうしようもなくなる、的なパターンになりかねないからな。
無表情な顔からは、相変わらず何も感じ取れない。数十秒経っても返事が返ってこないので仕方なくまた誘導しようと思った矢先、
「あれ」
「ん?」
葵が指を差した先にあったのは——アイスクリーム屋だった。
あのアイスクリーム屋は屋台、だった気がするがかなり美味しいと評判みたいだ。いい目を持ってるな、葵。
「よし、じゃあ行こう」
二人してアイスクリーム屋に近づくと、カウンターにいる店員たるおっさんの姿が鮮明に分かる。
このそこらへんにいるおっさんに美味しいアイスクリームが作れる、だと?
「何にする?」
不機嫌そうに、だがどことなく渋い感じのする物言いに少し気押しされながらメニューを見た。
ズラリと目移りするほどのメニューの多さに俺は参ってしまったが、何とかチョコミントを選んだ。
「葵はどれがいい?」
何十種類もある中の内の一つを選べと今言われても、いまひとつ判断できないか?
「貴方と、一緒のがいい」
「俺と?」
こくり、と小さく頷く葵。俺のことを貴方と呼ぶので少し感覚が狂うが、同じようにチョコミントを注文した。
「あいよ」
無愛想な返事をしたおっさんは、渋い顔でアイスクリームを作り始めた。
その間、何か話そうと俺は話題を探すが——何も見つからねぇよ、畜生。
そうこう考えている内に、アイスクリームが出来上がり、おっさんの手からチョコミントを二つ受け取った。
「ほら、葵の分」
俺はチョコミントを葵に差し出した。無表情でそれを受け取る葵に、なんだか心が痛い。
チョコミントを受け取った葵と共に、近くのベンチで一息つくことにした。
「美味いか?」
「……美味しい」
その一言に、俺は思わず歓喜の声をあげざるを得ない。それほど嬉しかったんだと思う。
「そうかっ! よかったよ」
「……でも」
だけど、そんなに甘くはなかった。
「苦しい」
「え?」
小さき少女が出た言葉に、完全な理解が出来なかった。
無表情を貫いているけど、心の中は——泣いている。なんとなく、そんな感じがした。
泣いているけど、必死にそれを隠すために感情を表に出さない。言葉に表せれるけど、表情は表せない。
それは過去に何かしらのトラウマがあってのことなのかは分からない。だけど、そんな言葉を吐かせる自分に腹が立って仕方がなかった。
「仕方ない……よし! 決めた!」
女の子とか関係なく、俺が楽しいと思う場所に行こうと思った。
その名は——ゲームセンター。若者の娯楽ともいえる場所だった。
「ここで、何をするの?」
ゲームセンターを前に、少し溶けているチョコミントを手にして葵が言った。
「それはそれは楽しい場所だ」
俺は笑った。もうこうなったら思いっきり楽しんでやろうかと思ったんだ。
日が完全に暮れるまで俺たちは遊び尽くした。これでもかって、言うぐらい。
何はともあれ、その無表情を取り消したかった。ただそれだけのために。この小さな天使の——英雄になれたらいいと思った。
意外と葵はゲームが上手く、俺は負けてばかりだった。楽しんでいる、そんな様子はあまり見られなかったけど、俺は楽しませるように頑張った。
ゲームセンターから出て、すっかり周りが薄暗くなって人気も少なくなっている商店街を眺める。
「今日、楽しかったか?」
俺の問いに、葵は何も返さずに、俺の顔を見た。その瞳は、透き通った青色をしていた。
「分からない」
葵は、呟いた。
「楽しいという、感情が、分からない」
そう言った。
それは、重く俺の心にのしかかった。楽しいという感情が分からない。それって一体どれだけ苦しいことなんだと。
だからこそ、俺は言ってやった。
「——笑え」
「……?」
葵は無表情、というより少し眉をあげてほんの少しの変化だけど、驚いた顔をしているように見えた。
「笑うんだよ。とにかく、笑ってくれ」
懇願するように言う俺の姿は、まさに滑稽だろうな。
だけど、本当にそう願っているんだ。
「わら……う?」
「そうだ。笑うんだ」
葵は視線を俺の顔から地面へと落として言った。
「笑い方が、分からない。今日、楽しかった。でも、分からない」
その姿は、ひどく落ち込んでいるようにも見えた。でも、今の俺には完全に笑わせることは出来ない。だから、言った。
「なら、探そうぜ」
葵は俺の顔を無表情で見た。小さく、え? と言った気がする。
「俺がお前の英雄になってやる。前みたいに変なイケメン野郎がきても、俺がお前を守ってやる。だから——泣くな」
自分でも半分、自分の言っていることが分からなかった。だけど、一番伝えたいこと。それはこれしかないような気がしたから。
葵は、少し戸惑っているように見えた。
「私がいたら、迷惑がかかる。貴方にも、貴方の、お友達にも」
俺のお友達というのは、ユキノや結鶴のことだろう。
「バカ言うな。迷惑ならもう既にかかってるよ。中途半端にかかられてたんじゃ、俺も嫌なんでね」
俺は葵の手を取った。その手は、まだ冷たい。
「だから、俺の傍にいろ。いつかお前の英雄になってやる」
だから俺は、こう言ってしまった。
俺如きが、偉そうなことを言ってしまった。ただでさえ、今の状態でも俺自身がパンクしそうなのに、言ってしまった。
でも、葵は言ってくれたんだ。
「——嬉しい。ありがとう」
その一言で、俺は何もかも救われた気がした。
その言葉でさえも、無表情のままだったけど。いつか、必ず笑顔を取り戻してやりたい。
そんなことを、願いながら。
説明その5っ:——嬉しい。ありがとう(完)