ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜 ( No.8 )
- 日時: 2011/07/01 18:20
- 名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: hF19FRKd)
勇者? 勇者って言ったか? ——その格好で?
確かに勇者と言ったあのツルペタ少女は勢いよく駆けていく。
「でぁああっ!!」
「っ!?」
機械仕掛けのような大太刀を大きくなぎ払い、美女の胴を狙う。しかし、美女難なくそれを自らの刀で受け止め、返す。
受けられることが予想出来ていたのか、ツルペタ少女は連続的に大太刀を振るいに振るう。
それらを受け止めたり避けたりしては、美女も反撃してくる。——まさに一進一退の攻防戦だった。
「何だよ……これ」
俺は、ただ呟くのみ。いや、それしか出来ない。あの中に丸腰で入ったとしたらミンチにされて終わりだろう。
ともかく、応援すべきはツルペタ少女の方のはず。心の中で何とか倒してくれと願うばかりだ。
「はぁっ!」
ガシュッ! ——何かが斬れる音がした。
それは——美女の左肩が盛大に斬られていた。とはいえ、血が出ない。
こいつ、人間じゃないのか?
「やっぱりアンドロイドね。誰の指令かは知らないけど、とりあえず——終われぇぇっ!」
ツルペタ少女は大きく大太刀を振り上げて振り落とした——が、瞬時に美女は体をくねらせて横へと飛び去る。
何とか回避したようだが、左肩が取れかけているような状態だ。——アンドロイドっていうと、あの機械で出来ている?
こんな高性能な技術が既に日本にも上陸したのかと考えたが、一つもそんなニュースなど見た覚えがないぞ。
だが、現に目の前に存在している。それは——事実なのだから。
「目標、撃破失敗。指定時間到達。任務失敗。指定時間までに撃墜不可能な場合、退避。これより、帰還する」
淡々と機械口調で美女は喋り、その後煙のようなものが立ち込めたかと思うと美女はその中に消えていった。
すると、砕けたテーブルや椅子などが修復されて元の世界に戻るかのようにして人々の声が聞こえてくる。
そして、気が付いた時には店前では人々が賑わっていた。いつもなら鬱陶しく思うカップルも今ならいてよかったと思えるね。
それで、問題は——
「おい。ツルペタ」
「誰がツルペタだっ! この人生生き恥がっ!」
「そこまで怒るなよ。ていうか誰が生き恥だっ!」
着物姿のツルペタ少女の姿がやけに珍しいのか客が俺を含めて、ツルペタ少女をジロジロと見る。
——あぁ、面倒くせぇ。だから嫌なんだ。
「こい」
「はぁ? 命令すんなよなっ!」
「いいからこいっ!」
俺はツルペタ少女を連れ出してあまり目立たない場所へと移動した。
「こんなところで何を——ハッ! このド変態がっ!」
「お前は何を勘違いしてんだっ! 何もしねぇよ! 話を聞くだけだっ!」
己の体を抱き締めるように手を置きながら顔を真っ赤に染めて俺の顔を睨むツルペタ少女。
ため息一つ吐いて、俺は本題にさっさと移ることにした。
「とりあえず、名前は?」
「教えてくださいだろ、カスッ!」
何この娘。槻児並みにウザいじゃないか。
「……俺は嶋野 こ——」
「ま、知ってるからいいんだけどなっ!」
知ってるんかぃっ!! こけそうになったわっ!
ていうか、何で俺の名前を知ってるんだ? どういう経路で? まさか……槻児の野郎、ぶっ飛ばしてやろう。
「"僕"の名前は——」
「まてまて、一人称がキャラと全く違う」
「はぁっ!? どこがだよっ! 僕は僕でいいだろうがっ!」
こんなキャラ、見たことねぇぞ。何だ、強気なキャラでツルペタで明らかツンデレとかなタイプの奴が一人称僕?
キャラがにぶるにぶる。ていうか全く合ってねぇ。
「お前、ふざけて言ってる?」
「なわけねぇだろっ! ぶっ飛ばすぞ?」
少女は顔は可愛らしく、一人称も草食だが——言動だけは外道の極みだな。
「まあいい。とにかく名前を教えろ」
「人に頼む時は——!」
「教えてください、お願いします」
あぁ、畜生。何で俺が下手に出ないといけないんだ。
——抑えろ、抑えろ俺の右拳っ!
では、改めましてもう一度このツルペタ少女の名前を聞くことにしよう。
「僕の名前はユキノだっ!」
「ユキノ? 案外普通だな」
「普通に決まってるだろっ! ていうか、お前の名前よりマシだよ——な、ミジンコサイヤ人」
「ミジンコいらねぇぇぇっ!! いらなくてもサイヤ人でもねぇしっ! サイヤ人は名前じゃなくて種族だからなっ!?」
本当にこの野郎は俺の名前を知ってるのか? 絶対今の知らないだろ。何だよ、ミジンコなサイヤ人って。
「じゃあ、フランケンシュタインで」
「じゃあって何だよっ! じゃあもクソもねぇよっ! フランケンシュタインって妖怪だったよねぇ!?」
「いえ、幽霊です」
「どっちでもいいだろっ!」
フランケンシュタインって実在の人物じゃなかった? あれ? まあいいよ。そんなことはどうでもっ! ややこしいこと言いやがって。
「お前、俺の名前言ってみろよ」
「だから言ったじゃん。ミジンコフランケンサイヤシュタイン人だって」
「合わせてきやがった——ッ!! 何、その最後のシュタイン人とかっ! 実際に何かありそうな人種だよっ!」
「シュタイン人は頭にネジをぶち込むことを開発した——」
「それがフランケンシュタインだろっ!」
ぐ……! こいつ、何かウザいというか、妙にツッコマせざるを得ないようなことを連続して言ってきやがる……。
とにかく落ち着こう。名前はー……えー、ユキノだったな。
「よし、ユキノ」
「呼び捨てするなっ!」
「………」
ということで、何時間とかけて聞き出したところのことをまとめてみよう。
簡潔に言うと、あの例の取扱説明書。あれを持った人がマスターとなり、種族の争いとやらに勝ち抜くたらなんたら。
正直、意味分かりません。
様々な種族がいて、ユキノはその中の勇者という種族らしい。ていうか、勇者って種族じゃなくて職業の部類じゃね?
——とかなんとかいう質問は受け付けないらしい。
詰まるところ、この世や異世界には様々な種族がありすぎるわけだそうだ。
んでもってその種族ごとが力を付け出して、様々な派閥が出来上がってくる。
それら全てが戦う戦争のようなものが今、火蓋を切りそうなところらしい。
「そこで、取扱説明書たる魔道書を完璧にコンプリートして最強の勇者になるために私は来たわけだっ!」
「……それで?」
「……それでって、話聞いてなかったのか?」
「いや、聞いてたさ。そりゃもう耳が痛くなるほどな」
「じゃあお前がマスターだな。——胸クソ悪いけど」
笑顔で言うもんだから何かあれだよね、悪意ないように見えるよね。
といっても、だ。——冗談じゃない。
「残念だが、俺はお断りだ」
「はぁっ!?」
俺の断りを予想だにしていなかったのか、困惑の表情が途端にユキノの顔に表れた。
「俺はな、普通の日常がいいんだ。この日常が気に入ってる。何もさっきみたいなアンドロイドか何か知らねぇが、そんな物騒なものと戦う毎日なんて想像も出来ない」
「お前っ! 世界がグチャグチャになっちゃってもいいってのかよっ!」
「はぁ? 何の話だ?」
聞いていなかったことがユーノの口から出たので聞いてみることにした。何? 世界がグチャグチャになるだって?
「異世界とこの世界がそれぞれに交じり合い、やがてはそれぞれの力と力がぶつかり合って——ドーンッ! だっ!」
「すまんが、最後が幼稚だったのでよくわからなかったが……えーと、世界と異世界がぶつかり合って爆発するってことか?」
「そういうことだっ! 誰が幼稚だっ! お前の鼻毛の方がよっぽど幼稚だろっ!」
幼稚って意味、分かってんのか? それと、鼻毛は多ければいいってもんじゃないからな? 手入れはちゃんとしとけよ?
にしても、また寛大な内容の話が出てきたもんだ。世界が爆発する? それを一少女から信じろと言われて信じるバカがどこにいる?
——ここにいたりしてな。
「はぁ……でも、あれだけのことを見せられたりしたら確かに信じざるを得ないだろ」
「本当かっ!?」
目の前で人々がいなくなったりした——あ、あれは変換世界とかいう世界の別次元から生み出した世界のことを言うらしいです。
……言ってて現実味なさすぎるわー。
まあ、そんな現実味のないことが目の前で起こったりしてしまったんだ。もう信じるしか道はないみたいだ。
「よしっ! よくやったっ! でかしたぞ、下僕っ!」
「確か俺がお前のマスターか何かだったよな? 立場思いっきり逆転じゃね?」
そんな俺の言葉など知らずに上機嫌で勇者、ユキノは意気揚々と歩いていくのだった。
「ていうかあいつ——どこに泊まる気なんだ?」
何か、変な波乱が起こりそうな気がした。
そういえば……何か忘れてるような気がするんだけど、何だろうか?
——あ、槻児のアホを忘れてたな。……ま、もういいか。
とあるところでは、見た目は美女ともいえる姿をしたアンドロイドが膝を地面に付き、頭を下げていた。
目の前にいるのは、偉そうに足を組んでいるスーツ姿の男。
「まあいいだろう……勇者、か。なかなかの種族じゃないか」
男はニヤリと笑い、美女アンドロイドの頭をなでた。
「ユナシィー。君も休みたまえ。その忌々しい肩の傷をじっくり治してくれ」
「はい。かしこまりました」
ユナシィーと呼ばれた美女アンドロイドはそのまま立ち上がり、別室へと移動していった。
「クククク……楽しみだよ。非常に、ね」