ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜参照700突破っ ( No.84 )
- 日時: 2011/05/20 21:57
- 名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: KnqGOOT/)
えらく面倒臭いことになってしまった。
成り行きとはいえ、葵とその護衛である燐を俺の家に居候追加することになったんだからな。
嘆いても仕方がない。それに、葵には何かある。その無表情の奥に、何かが。
だから俺は居候を引き受けた。まだ結鶴とのゴチャゴチャが解決はしていない。いずれ仲直りさせたいのだが……そんな簡単なものじゃないよな。
何にしても、俺はダルさを感じながらもまた今日も学校に行かなければならない。一昨日、燐が居候に反対するのを押し切ったことでとても体が——木っ端微塵になりそうです。すげぇ全身痛いです。
それと、俺のため息の理由はまだ他にある。
それはわけもわからず、ユキノに突然魔力が戻ったこと。そのことであいつは飛んで喜び、元の世界へと一時帰ることになった。
その魔力が戻った理由が——
「パン食ったら戻った!」
とか、わけのわからんことを。もう、この子頭大分イッちゃってるんじゃない? パン如きで魔力戻るなら誰も苦労せんわっ!
次に結鶴。あいつは何やらたまに真剣な、次に少し嬉しそうな表情をして——
「拙者は努力をしておる女子を助けるのだ。それに、ここには奴らもいる。拙者は参るとしよう」
とか、わけのわからんことを。ヒーロー番組の見すぎじゃねぇか? そんな女子を助けにっ! とか言う前に仲直りしてくれよっ!
最後に燐。一昨日の俺とのケンカで——そのケンカで俺は燐に殺されそうになったが。
まあ、そのケンカでだ。単純に言うと、拗ねてるというかー……。最後は葵が制して居候することになったんだけどな。
「くっ……! 嶋野 香佑! 貴様をいつか殺すっ!」
すげぇ物騒なんですけど。身震いしたね、流石にこの俺でも。
そんな怖い捨て台詞を言われても俺はへこたれずにいる。殺人予告した人と一つ屋根の下で暮らしてるんですよ? 並大抵のことじゃないだろ?
まあ、そんなことが昨日から続き、今日は燐と葵が家にいる。そういえば、昨日散らかったリビングとか、ちゃんと掃除しないと……。
そう考えると、すごくやるせなくなったが、頑張ろうと思う。
制服に着替えた俺は、部屋を出た。そういえば、最近俺の方にも異変があったりする。
何だろう。体の底から何か、重たいものがのし上がってくる感じ。そんな得たいの知れない何かが膨れ上がってくる。
その正体が何かも分かるはずがなく、俺はため息を吐いてどうせただの胸焼けか何かだろうとスルーすることにした。
一階のリビングへと向かい、扉を開けようとしたその時、トンッと何かに腰元を叩かれた。優しいタッチ、ということから乱暴な輩(ユキノ、結鶴、燐)ではないだろうと思う。
「葵か。起きたのか?」
こくり、と頷く葵。その様子を見て安堵のため息を漏らす。——最近、何かとため息が多いような気もするな。
でもそれは安堵と気だるさの二つのみ。今のところはそれだけの意味しか込めていないため息でいいだろう。
寝起きだと思うのに、いつもと変わらない可愛らしい幼女に俺は内心ドキリと——あ、いや、ロリコンじゃないぞ?
「燐はー……まだ寝てんのか?」
「分からない」
と、葵相変わらずの無表情で言う。もしかして、拗ねていたり? いやーでもそれはないでしょー。
俺と葵はリビングへと入り、とりあえず俺は飯を作ったり学校へ行くための用意をしなくてはならない。
とはいえ、今日はあのやかましい二人がいないのであまり早めに行かなくてもいいんじゃないかと思う。
多分、俺が帰ってくる時刻までに帰ってこなさそうだし。葵と燐の二人に家を任せる、ということで落ち着こう。
心配事は確かにある。それは、葵たちを襲う奴らがこの家に来ていざこざになることだ。
「……やっぱり早めに行こう」
俺は目玉焼きを作りながらまたため息を一つ、吐いた。
葵にご飯を作り、留守番頼んだ、と一言言ってから俺は用意を済ませて家を出た。
朝の清清しく感じる空気も、だんだんと薄れてきてジメジメしてくる。
梅雨が近づいてきてるなー。実際、今の天気も思いっきりくもり。これは傘とか必要だな。
傘を一本、手持ちの中に加えた後、ゆっくりと俺は歩き出した。
今日の晩飯にしろ、居候たちのことにしろ。どうしようかと考えながら俺はバッグに何故か常備入っている英雄の取扱説明書を眺めた。
適当にパラパラとめくっていくが、やはりまだ白紙——ではなかった。
「何だ、これ?」
見たこともないものが書かれていた。新たな発見、ともいえるのだろうか?
絵が書いており、槍状のものが腕から迸る感じになっている。これは一体?
「グン……グニル?」
そのページにはグングニル、と名前が書かれていた。
その日も拙者は公園でふと見かけた女子に鉄棒、とやらを教えていた。
何故だか愛着のようなものをこの女子に持ってしまい、拙者自身も少し教えるのを楽しみにしまっていたのだ。
「えいっ!」
鉄棒に勢いをつけて逆上がりをしようとする佐藤、という名前の女子は額に汗を浮かばせながらも頑張っている。
その姿がとても微笑ましく、応援したくなる。
「もう少しだ! 頑張れっ!」
「は、はいっ!」
運動して火照ってきたのか、顔が少し真っ赤になりつつも続ける。
今日はジメジメした天気であまり好ましくないが、それでもやらないよりはマシだろう。
拙者はその具合をじっと見つめていた。内心では、大いに応援しながら。
「あー」
そうしていると、どこからか声があがった。
それは佐藤のでもなく、また拙者のものでもない。後ろを振り向くと、そこにはダルそうに頭を掻きながらヨロヨロとこっちに向かってくる男の姿があった。
「やっと見つけたなぁ……佐藤?」
と、サングラスをつけたガジュアル系統の服装を着ている男は拙者と佐藤を見据えてくる。
「何者だっ!」
「んー? あれ? 君は確かぁー……剣客かな?」
男は多少笑い混じりに拙者の職種を言い当てた。何者なのだろう、この男は。どうやら佐藤を知っているようだったが……。
「名を答えろ。そして、何の用だ」
「んー……」
口元に手をやり、考えるフリをしながら男は数秒後、口を開いた。
「名前は佐藤 龍二(さとう りゅうじ)。何の用かといわれれば——もちろん、佐藤ナンバー00(ダブルオー)を捕まえに来た」
「何……?」
この男も佐藤、という苗字。この日本という国の中で佐藤という苗字が最も多いとされていることは存じていたが、まさかこれほどまでとは。
にしても、同じ苗字である佐藤という男が……? 佐藤ナンバー00? 何だそれは。名前なのだろうか?
しかし、この目の前にいる女子は自分の名前を言わなかった。そう、"佐藤"としか言わなかったのだ。
「おぬし……名前は?」
小刻みに震える鉄棒にいる女子の佐藤に聞いた。ゆっくりと口を開き、そして答えた。
「私は——佐藤、00です……!」
彼女には名前、というより——番号がつけられていた。まさにこの男の言う、00。
彼女の言葉に、男は大きく笑い声をあげた。——朝方だというのに、なんという不届き。
「もうここは普通の現実世界じゃないから。安心して笑い声をあげていいんだぜ?」
「ッ!?」
拙者が周りを見渡すと、そこにはいつもの色彩溢れるものはなく、まるで色の塗られていない町並みがそこにあった。
ここは恐らく、変革世界だろう。現実であって、現実でない世界。別名、失われた世界とも聞いている。
「抜け出したいなら、そうだなぁ……。——俺たちを倒せたら抜け出せる」
男の佐藤が指でパチン、と音を鳴らす。すると、その瞬間ぞろぞろと女子が溢れ返ってきた。
その一人一人の顔は——同じ顔をした人。それも、皆私の元にいる佐藤00と似ている顔をしているのだった。
「さぁ、ゲームを始めようか? 剣客」
再び、男が指でパチン、と鳴らすと佐藤似の女子全体が拙者と佐藤00に襲いかかってきた。
「すまん。香佑、今日の晩飯は抜きでいい」
そう呟いて、拙者は刀を構えた。
何はともあれ、この佐藤00を守らなければならない。そう思ったのだから。許してくれるであろう? おぬしならば。
カッチ、コッチと時計の音がこの部屋には鳴り響く。
この部屋だけ、このカッチ、コッチと鳴る時計があるようだ。
「くっ……別に、この部屋を気に入ったわけじゃないからな……」
私は一人、部屋の中で呟いていた。
姫様をお守りする。それが私の使命だというのに、あの男はそれを奪おうとしている。
だけど、嫌いにはなれなかった。
「何なんだ、あの男は……」
結果、私が姫様の力を呼び覚ましたわけではなく、あの男が呼び覚ました。そう、英雄の名を語っているあの男が。
しかし実質、あの男が一昨日の場を治めた。その点で言うと英雄なのだろうか?
いや、私一人でも姫様はお守りできたはずだ。と、私はモフモフのベットの上を左右に転がる。
「それにしても……あの男の家族はいないのか?」
これだけ大きな家というより、屋敷に一人暮らしというのは少し不可解な感じがする。
あの男がいくら英雄だからといって金銭面でまかり通るとは思えない。
だが、ここは明らかにあの男とは違う誰か他人が居住していた部屋だろう。時計に表彰されたカップなんかが置いてある。
そしてベットの付近には、一つの写真立てが置いてあった。
そこには、楽しそうに笑う大人の男の人が一人と、三人の無邪気な笑顔を浮かべる子供達。そして——
「綺麗な、人だな……」
綺麗な女性が映っていた。この人が、この子供達の母親なのだろうか? 楽しそうに笑う子供達の中であの男の面影はあまりない。
また別の人の? 疑問が浮かんでくる。
その写真立ての後ろには、何やら文章が書かれていた。
『愛する者たちよ。永久に、永遠を』
「何だ? これは」
誰に当てたメッセージなのだろう? この写真に写る男がこの女性に? いや、"者たち"なのでこの子供達もその中に入るのか?
あまり定かではない推理が私の脳内を駆け巡る。その内、私はこんなことしても全く意味はない、とその写真立てを元の場所に戻した。
姫様に勝手に名前をつけた奴だ。許さない。だけど、許してしまう。
葵、という名前だそうだ。昨日、姫様から「私のことは葵と呼ぶように」と仰せ授かった。
従わなくて、ならないだろう。姫様自身もその名前が気に入っているようでもあったからだ。
姫様の笑顔を取り戻したいとしているのは、私以外にあの男もなのだろうか?
「……考えすぎか」
私は手元においてあった刀を後ろ腰に差して部屋を出て行った。