ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か?〜第6話突入っ ( No.85 )
- 日時: 2011/05/20 21:58
- 名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: KnqGOOT/)
——グングニル。言葉の意味は貫くという意味。なんでも北欧神話のオーディンという神が持っているとされる魔槍、だそうだ。
そのグングニルだとして、英雄の取扱説明書に何故書いているのだろう? いや、考えられることとしたら一つだろう。
「これ、使えるのか?」
英雄の取扱説明書に何が記されるのか、なんてものはあまり聞いていない。記されていく、とは理解しているものの、何が記されているかなんてものは分かっていない。
そんで? グングニルとやらが記されていたわけだ。
使い方らしき方法が絵のようにして書かれていた。何か単純っぽいな。
右腕を肩ごと後ろに引き、力を込めて握り拳を作る。
後は投げ槍のようにして前方へと右腕を勢いよく伸ばすだけで発動できるらしい。
「もし出来たとしても、今ここでやる必要はないから別にいいか……」
俺は英雄の取扱説明書を閉じ、バッグの中へと閉まった。
気付くと、既に学校が目の前に見えていた。
「ふぅー……」
靴箱を経由し、何とか教室へと辿り着く。
一昨日の葵が来た事件により、俺は一躍ロリコン疑惑が出てしまった。
その言い訳を俺は教室前で考えている、というわけだ。
「……よしっ!」
俺はロリコンじゃないっ! そのことを一発で証明してやるっ!
そんな意気込みを抱え、俺は教室のドアを思い切りよく開けた!
「俺は美人でどことなく可愛くて色っぽいお姉さんが好みだぁぁぁっ!!」
ガヤガヤとしていた教室が、一気に沈黙へと変わる。あれ? 何この空気。気まずすぎて、頭がパンク寸前ですよ?
すると、その沈黙は「ぷぷぷ……!」という、笑い声を抑える声を始めとし、一気にクラスメイト達が笑い声をあげた。
一体どういうことだっ!? お姉さんのどこが悪いんだ! お前ら!
すると、槻児が満面の笑みで俺に近づいてくる。——相変わらずうぜぇ。昨日の内にオホーツク海辺りで沈んどけばよかったのに。
「おいおいーっ! 何告白しちゃってんだよーっ! 昨日、休みだからってお前何してたんだー?」
「は、はぁ?」
「嶋野君面白ーい。いきなり朝から何宣告してんのー?」
「嶋野。お前はやはりお姉さん好みか!」
「え、え?」
状況がイマイチ掴めずに、槻児と柴崎、そして中里に俺は声をかけられる。しかし、どれも俺のロリコン疑惑があるとは思えない言動。
「え、皆、俺の身に起きた一昨日のこと、覚えてない?」
「一昨日? お前早退したよなー! 具合大丈夫か? もしかして……お姉さんとその、ムフフなことをっ!? 許せん!」
一人で興奮して、一人で俺に殺気だっているアホ一名(もちろん、槻児のことだ)の言葉に、俺は驚いた。
そりゃそうだ。具合が悪くて早退したことになっているのだから。あの時、明らかにサボりというか……葵に引っ張られて連れて行かれたところをクラスメイト達に見られている。
それが事実。……なのだが、誰も俺がロリコンだという言葉は言わない。
「お前お姉さん好きだったんだな!」
「い、いや……どの範囲でもいけるけど……! って、本当に覚えてないのか?」
「覚えてないも何も、早退したのが事実だろ? 変なこと言うなよー」
中里が俺の肩を優しく二回ほど叩き、微笑んだ。
記憶が、すり替えられている? 一体誰が? 何のために?
俺は釈然としないまま、先ほどの俺のお姉さん大好きだ! 発言の盛り上がりは収まっていく。
渋々と、俺も自分の席にお姉さんだけでなく、他全範囲OKだぞっということを知らしめながら座りに行った。
その頃、魔力を取り戻したユキノは浮かれ気分で再び香佑たちのいる世界へと戻っていた。
魔力を取り戻したことで、正式にまた勇者として動けることが出来るようになった。
香佑たちには内緒にしていたけど、実は魔力が何も無い勇者は勇者ではない。それは肩書きだけの話で、正式な活動が出来ない。
勇者の活動は、最終目標的にいうと魔王を倒すこと。しかし、今の現状では魔王軍の侵攻が何時来るかも分からないらしく、ユキノの世界は色々と混雑していた。
その世界で会った幼馴染も相変わらず元気そうでよかったため、ユキノはルンルン気分でこの世界に再び戻ってきた。
レミシアがいなかったことが少し残念なところでもあったけど。
戻ってきた理由は、もちろん英雄の取扱説明書のコンプリート。それもあるが、何より香佑と婚約魔法を交わしてしまったことも重要だった。
「よりにもよってあのバカと交わすなんて……! ありえないわぁぁっ!!」
ユキノは空から地上へ落下中、叫んだ。
ユキノの世界からこちらの世界に再び来るためには、空から落っこちなければならない。通常の人間ならば即死間違いなし。
風でブカブカの服がはだける。——こんなことならちゃんとしたの着て来ればよかったな。何か気持ち悪い。
とはいっても、落ちていく姿は誰にも見られることはないのでそこらへんは大丈夫。その配慮的なものがあるなら、空から飛ばすなよ、全く。
もの凄い勢いで降下していく中、世界全てが小さく見えた。
この世界は上から見下ろすとこんなにも小さく、綺麗なんだな。そう思った。
ユキノはそのまま何も無い平地へと凄いスピードを保ったまま落下した。辺りに土が飛び散る。激しく周りが少しだけ揺れる感覚がする。
「ふぅ……何度やっても鬱陶しいな、これ」
自身の魔力を解放して体のあちこちについた土を弾く。ボサボサになった髪を手で適当に下ろす。
それが終わり、自分が落ちて穴になっている場所を元に戻すと、歩き始めるために前を向いた。
「ん……?」
そこでユキノが見たものは、ボロボロになったあの殺し屋の——佐藤 友里の姿だった。
「はぁ……はぁ……」
一体何体倒したことだろう。あまりに数が多すぎた。今は佐藤00の手を引いて結鶴は逃げているという状況だった。
脇腹の辺りから血が出ている。あの大群の佐藤たちの持っているメスに斬られたようだ。
「ふはは! 逃げても逃げ場などこの世界にはない!」
佐藤 龍二の声が後ろから聞こえる。手を引いて走っているのはいいが、そろそろ佐藤00の体力が危ない。息切れが止まらない。
一体この佐藤00に何の秘密があるのか。捕まえに来た、ということは探していたということ。
つまり、何らかの可能性がこの佐藤00にあるということ。結鶴はそういう面から不可思議な謎が隠されていると踏んだ。
不可思議な謎、というのは——魔王軍のことだ。
結鶴の生まれ故郷を襲ったのは魔王軍。それは事実だが……それ以降、何の襲来も情報も途絶えている。
一体どれほどまでに準備や何かを重ねているかも分からないのが状況。謎に満ちすぎている、というのは不可解なことだといえた。
もしかしたら、この佐藤 龍二という男は何かを知っている? そう感じ取れた。
「さぁ、鬼ごっこもそろそろ終わりだ!」
「ッ!」
前方、後方と囲まれた。そして前方の中心部辺りに佐藤 龍二の姿。ニヤニヤと、不愉快な笑みを浮かべるその表情に苛立ちが募る。
「ゲームオーバー、かな?」
余裕をかまし、龍二は指をパチン、と鳴らした。一斉に佐藤たちが持っているメスで襲いかかってくる。
「神速・謳歌六閃」
神速で結鶴は刀を抜き放つ。6本の斬撃が周りに散乱し、縦横無尽に襲ってくる佐藤たちを吹き飛ばした。謳歌一閃の6回バージョンがこの技であった。
しかし、その攻撃を受けて数は減らしたものの、再び佐藤は増えていく。
「このままでは、ラチがあかない……!」
「ふははは! その手負いの状態では、あまりに不十分だろう? そろそろ——終わりにしようか!」
「くっ……!」
結鶴の周りを取り囲んだ佐藤たちが再び結鶴へと襲ってくる。再び謳歌・六閃を出そうと構えるが——鋭い痛みが脇腹を貫く。
先ほど喰らったダメージが今この時点で悲鳴をあげだしたのだった。
「しまっ——!」
結鶴は襲ってくる佐藤たちを見上げる。そして——
「——人の領地で遊ぶな」
声が聞こえた。辺りは無音になる。結鶴は知らず知らずの内に目を瞑ってしまっていた。
そこには、一人の男が立っていた。それは見慣れたいつもの英雄ではなく、また別の男。
しかし、雰囲気がどことなくいつもの英雄に似ていた。
「おぬし……!」
「大丈夫か?」
その男は、オーラのようなものを手先から放ち、飛び掛ってきている佐藤たちのメスを弾き返していた。
男の服装は、どこかで見たことがある。そう、この服装は——コンビニエンスストアというところで働く者が着ている服装。
コッペパンを片手に持ち、背中にはコンビニエンスストアのマークをつけたその男。一体どこから来たのか全く分からない。
「佐藤、龍二だったか? 一応、逮捕状が出されてるから。逮捕する」
男は無表情で呆然とした顔をする佐藤 龍二に言った。
「お、お前は……!」
はむっ、とコッペパンの最後の一口を食べ、コンビニの男は佐藤 龍二を見据えた。
氷のような、冷たい目で。
「コンビニを荒らす奴は——許さん」
よく見ると、拙者たちが争った場所にコンビニがあり、そこが真っ二つに裂かれていた。
あ、あれ切り裂いたの、拙者——。
コンビニの男は両手に青い光を灯すと、龍二へと突進していく。周りにいる佐藤たちを両手で薙ぎ払いながら。
「くっ! これは退散するしかないっ!」
龍二はそう言い捨てた後、すぐさまテレポートを開始し始める。その瞬間、変革世界も形を失っていく。
「覚えていろよっ! この——エセ魔術師が!」
龍二は佐藤たちの大群、そして壊れ行く変革世界と共に消えて行った。
周りの風景があの公園へと戻る。落ち着き、結鶴は男に話しかけた。
「に、逃がしていいのか?」
逮捕だなんだ、といっていたので、その方が好都合だと結鶴は思ったからだった。
しかし、男の返答は何とも間の抜けたものでしかなかった。
「別に。コンビニを荒らした奴、許さん」
少し喋り方がおかしかった気もするが、この男はコンビニが荒らされたというだけで結鶴たちを助けたらしい。
その行動にあまり理解が出来ない。ため息を吐き、周りを見渡す。そこで、やっと気付いたのだ。
「あれ? さ、とう……?」
傍にいるはずの佐藤00の姿が、どこにもいなかったのである。