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Re: 英雄の取り扱い説明書〜美少女ですが、何か? ( No.86 )
日時: 2011/05/21 23:47
名前: きの子犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: KnqGOOT/)

薄暗い建物の中、佐藤 龍二はいた。
そこは既に廃墟となっている研究所のような建物の中だった。その中にいたのは。

「失敗か? 龍二」

低い声が奥から響くようにして龍二に語りかける。

「い、いや……それが、魔術機関が邪魔をして……」
「言い訳か? お前らしくもない」
「ッ……!」

ゆっくりと、その低い声の持ち主は暗闇の奥から姿を現し始めた。
身長が高く、執事服らしきものを着こなし、大柄の男だった。顔も強面で、見る者を怯えさせる迫力があった。

「我々の作戦に、オリジナルの佐藤がいなければ話にならん」

と、少し強めの口調で男は龍二に向けて言い放った。その様子に、龍二は生きた心地がしないほどに息を止めていた。

「まぁまぁ。そうカリカリしなくてもいいじゃないか」

軽い感じの口調の男が、また暗闇の中から出てくる。
スーツ姿のその男の傍に、アンドロイドが一体付き添っていた。

「探求の、に……ユナシィー、か」

大柄の男は、現れたスーツ姿の男とその隣にいるアンドロイド、ユナシィーの姿に目を配る。
ククク、と奇妙な笑い声をスーツ姿の男、探求のと呼ばれた男はあげた後、前髪を後ろに掻き上げて口を開いた。

「英雄の取扱説明書の持ち主……嶋野 香佑の連れもいただろう?」
「あ、あぁ……。剣客の、か。だがあいつは大したことは——」
「それが、大したことがある」

また暗闇の中から誰かが出てくる。その人物は、肩に背丈を優に越すほどの長身な刀を持ち、銀色の髪を揺らしながら近づいてくる。
服装は袴なため、どことなく武士の感じがする。

「あの娘は、今は強くないが、剣客最強の血筋の末裔だ。潜在能力は計り知れない」

武士格好の美男子はそう言うのに対して、龍二はやむなく声を押し殺すほかなかった。

「とにかく……探求の。お前、一度英雄にユナシィーを送っただろう? あれはどういうつもりだ」

大柄の男がスーツ姿の探求に質問を投げかけた。だが、そんな質問をあの奇妙な笑い声を出してものともしない。

「単なるお遊びさぁ! 英雄なんだから、もっと主役らしく動き回ってもらわないと、さぁ?」

ククク、という笑い声が建物内で反響してなんとも嫌な感じがする。探求のその態度に、武士格好の男が刀を鞘に納めたまま探求の首筋に当てる。その動作は目では追えないほど速い速度だった。
だが、その瞬間ユナシィーも持ち前のドリルを武士格好の男の腹元に突きつけていた。

「黙れ。もう少し大人しい笑い方は出来ないのか?」
「ククク……残念ながら、生まれつきなんだ」

二人の言い合いと、ピリピリとした空気に大柄の男は動いた。

「やめろ! 争っても意味はない」

その言葉で探求と武士格好の男は落ち着いた。その様子を確かめた後、大柄の男は龍二に顔を戻した。

「英雄は既に監視させてある。そこは大丈夫だが……作戦にはやはり、オリジナルの佐藤が必要だ。いいな?」
「分かっている。次は……失敗しないさ」

龍二は歯を食い縛り、虚空を見つめる。
その姿に大柄の男はどことなく満足気の表情を見せた。

「英雄の傍にいるあの勇者は私が手に入れる。だから君達、邪魔しないでくれたまえよ? ククク……」

探求もそう言い残してから暗闇の中へと去っていった。

「ふんっ……気に食わん奴だ。俺も最強の血縁を持ったあの剣客の娘だけは譲らん」

武士格好の男も鋭い顔つきでそう言うとどこかへ行ってしまった。
その場には大柄の男と龍二。そしてふと大柄の男は呟いた。

「——全ては、魔王様のために……」




一方その頃、燐は一階へ降りると、早速葵の姿を探した。しかし、そんな探す手間もなかった。

「姫様? 何をされておられるのですか?」

そこはリビングにあるキッチンだった。そこで葵は何やら色々と取り出しているようであった。

「料理、しようと思って」
「料理、ですか? 私が仕度いたしますっ」

と、燐は葵に駆け寄ったが、葵の小さな手のひらが片方燐の目の前に突き出された。

「いい。私が料理する」
「で、ですが! 危険です!」
「大丈夫。昨日の香佑のを見て、覚えた」

香佑。それはあの英雄の名前。そのことを思うと燐は少し腹が立った。自分を滅多に名前で呼んでくださらないのに、あの男はこの短期間だけで名前で呼んでもらえるようになっている。
その事実がどこか苦しくて、切ない感じがした。葵が生まれた時から護衛を努めているというのに。

「で、では、お手伝いを——!」

燐が葵を手伝おうと駆け寄ったその時。
ガチャッ! と、ドアが開く音が聞こえたと思いきや、その突如「大変だ! 変態なんだよっ!!」というわけの分からない大声が聞こえた。
燐と葵はその声のする方へと駆け寄ってみると、そこにいたのは——

「変態なんだ! 凄いボロボロで!」

ユキノだった。ユキノが何やら傷塗れでボロボロの姿をしている女の子を背負って必死に、変態なんだ! と叫んでいた。

「何が変態なのかは知らないが、とにかく大変なんだな?」
「はぁ!? 変態なんか誰も言ってないだろ! このハレンチめっ!」

いきなり怒鳴られる燐。その物言いに少し苛立ちが込み上げてくる。

「貴様——!」

燐が刀を抜いて怒鳴ろうとしたその時、葵が自ら背負っている女の子に手をやる。

「なっ! 姫様! 手が汚れます!」

燐は慌てて葵が傷ついた女の子に触ろうとするのを止めさせる。だが、葵はそれを拒み、言い放った。

「別に汚れてもいい。私はもう、姫様じゃない」
「ッ!」

その時言われた葵の一言が、やけに重く鋭く燐の心に突き刺さった。その言葉はまるで、自分とはもう何も無いかのような物言いだった。

「おいっ! お前も手伝えよっ! 怪我してんだぞっ!」

呆然と立ち尽くす燐にユキノが怒鳴る。そこでやっと我が返り、燐は傷ついた女の子をユキノの背中から受け取る。

「部屋はー……! 適当に! あぁ、もう! 香佑の部屋でいいだろ!」

ガラッ! と、荒々しくドアを開け、香佑の部屋の中へと入る。
燐と葵も続いて入り、その女の子を香佑の部屋のベットの上に寝かせた。

「回復魔法とか、出来るか?」
「私が、出来る」

燐が何か言おうと口を開きかけたが、その前に葵は自ら——力を発揮していた。
葵の背中からは美しい翼が二つ生え、優しい光が全身を覆っている。
その優しい青色の光が部屋全体を包み込み、傷ついている女の子、佐藤 友里の体を癒していく。
次々に傷が癒され、体は元の何の傷もない状態へと回復した。

「よかった……! 助かった!」

安堵のため息を吐くユキノの姿を見て、燐は何ともいえない表情をしていた。
自分は、姫様のためならば命を捨てることすらも出来る。そう思っていた。いや、それは今でもだ。その忠誠心は変わらない。
だが、それは姫様にとってどう見られていたのだろうか? 自分は——果たして本当に必要とされていたのだろうか?
姫ではなくなったから。その言葉でさよなら、なんていうのはあまりにも悲しいBADエンドだった。

「姫様……私は、本当に——」
「ありがとうな! 二人共!」

呟く燐の声を、ユキノの元気な声が遮った。お礼を言われた葵の表情は、どことなく嬉しそうな感じがした。
香佑、というあの英雄の男と会ってからだ。少しずつだが、葵に変化が見られていった。
それは燐にとって、痛いほどよく分かる。傍に居続けたからこそ、その痛みが分かる。しかし、その痛みを回復する——そう、今さっきのような回復魔法が燐には見つからなかった。
そんな簡単に治る傷なら、とっくに治してあげている。今だって、力を自分で発動できるようになっている。今のでも微力なのだが、それでも進歩したといえるだろう。

(——いつの日か、初めて見た姫様の笑顔が取り戻せたら)

自分の役目は、そこで終えてしまうのだろうか?
それが、一番怖いことだった。




勇者の集う世界——ファンタジスト。
そこには、様々な問題が現在進行形で起きていた。

「何……!? 魔王軍に動きがあっただとっ!?」

作戦本部のような中に、一人大剣を背中に背負い、いかにも体調の風格を出している女性がいた。
素早く動けるようにか、軽めのプレートアーマーが装備され、左肩には小さめのマントが装着されている。

「はいっ! ミルフィーユ隊から連絡がありました!」
「そうか……。事を早めなければならんな。他の職種にも応援を頼むか……?」
「そのようなことをすれば、王族の方々から何を言われるか……!」
「構わん! 既に王族は腐りきっている。我らが民を救わねばどうするっ! 至急、他の職種の人間に手配を送れ!」
「は、はいっ! かしこまりました!」

連絡係を務める女性は、忙しく機械を連続的に打ち込み、どこかへ通信しようとしている。
その他、他に大勢とそのような作業を続けている人々がいた。
腕を組み、状況を見守る隊長らしき人物はその後、更に指令を出す。

「魔術機関、騎士団、錬金術師、マフィア、召使めしつかいそして——ヴァルキュリアに連絡を取れ!」
「「はっ!」」

隊長の言葉に皆同時に返事をする。その様子に頷き、隊長——クロナギはモニターを見つめる。
そこには英雄、嶋野 香佑の名前があった。

「英雄……か」

その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。