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Re: 【瞳の奥】〜shadow moon〜 ( No.8 )
日時: 2011/03/08 21:08
名前: るりぃ ◆wh4261y8c6 (ID: SHYi7mZj)
参照: トリップ変更しました

不変など、どこにもなかった。


執務の空き時間に最近あの人から奪った——……黒鋼 鵺こと銀 雪の様子を見ようと雪のいる私の私室へ向かう。
なんてことはない。
ただ自害されたり脱走されたりすれば手間なだけだ。

初めて会った日に雪を戦場に連れ出し、それから1日雪は眠っていた。
その次の日も今までの疲労と相まって碌に動けはせず、白湯を飲ませて強制的に眠らせた。
体調が回復した次の日に雪はこう言って来た。

『何かすることはありませんか』

それは私に戦場に連れ出される以外にこれと言ってすることがないためだった。
最近目立った行動を見せる組が見えないので、必然的に雪の生活は空白の時間で埋め尽くされた。
かと言って自分の所有物であるはずの雪をメイド代わりにするのはどこか気に入らない。
だから私は雪に私の傍付きとしての役目を覚えさせ、私がいる時の世話は雪にさせている。
しかし役目を与えてもそれは私がいる間のこと。
それ以外の時間は結局暇な時間に過ぎず、尚且つそれが一日の大半を占めている。
一応適当に針と糸と布を渡して刺繍でもしていろと言っておいた。もちろん刺繍だから鋏は渡していない。

やって来た部屋の戸を開けてみる。いない。
それに若干眉根を顰めつつ雪の姿を探した。忍がついているのでそんな遠くにはいない筈だ。
そう思い庭に面した縁側の廊下を歩いていれば、存外にも早くその姿は見つかった。
庭に、彼岸花が群れ咲く中にいる。
長い漆黒の髪に、それと対を成すような抜けるように白い肌。
その唇は紅でもひいたかのように赤い。
何より長い睫毛に縁取られた瞳が印象的な彼女。
視線の先は、どこか遠くの……あの会社の方向を向く。
今日来ている漆黒の着物は彼岸花の鮮烈な赤にくらくらするほどよく映えていた。
すると雪の白く細い手がするりと彼岸花の茎へと差し向けられる。
それに思わず、声を出す。

「貴様……鱗茎でも含み死ぬつもりか。」

「月影様……」

驚いたような声音。
近づけば少しだけ怯えるように身じろぎをする。
それに私は少しだけ苛立ちながらも雪の手を彼岸花から退けさせた。
彼岸花は毒草だ。
その全てに毒があり、殊更鱗茎……つまり球根の部分には強い毒がある。
花茎の汁に触れた場合さえも毒によって皮膚炎を起こすことも。
雪の白い肌を私以外のものが侵すと思うだけで虫唾が走った。
これは私の私物なのだ。

「死のうとなんて、してない、わ。」

そう言って雪の瞳が翳る。
続けて、「供えようとしただけよ」と言った。
雪の唯一の血縁者だった兄が死した場所。
そして……彼女が愛した人間と暮らしていた場所。
偽善者、機械人形、黒烏、惑人。
そう呼ばれた者であるのに、その上記憶も無いのに、雪はそれを心で覚えていて、弔おうとする。

理解ができなかった。
文字通りに冷酷非情だった兄や彼らの傍にいて、それと知ってもなお慕っていた彼女が。
力こそが全てである極道において最も不要な、戦えない女を傍に留め置いていた彼らが。

私はチッと舌打ちすると数本の彼岸花の茎を手折った。
それを雪に押し付ける。

「手折った所には触るな。長く触らずにさっさと供えろ。」

驚いたように雪の伏せていた瞳が揺れる。そして次の瞬間には———……
はにかむように、笑っていた。

「……ありがとう。」

雪はとても大切そうに、慈しむように目を閉じて彼岸花を抱きしめた。
目を瞑っていた雪には、私の変化は知れなかっただろう。
雪が笑ったその瞬間、私は全ての時が停止したような感覚を覚えた。
今まで私が見た雪の表情は恐怖や絶望、懐古や追憶と言った負に分類されるそれだけだった。

それが、やわらかく笑った。

だから、なんだと言うのだ。
自分の所有物が今までと少し違った表情をしただけで、何故。
何故私の心はここまで掻き乱されているのだ。
ありえない。
私の心に架かるものは父上と主君、唯一の友、それから組だけであるはずなのに。


——彼岸花には色々な異名があると共に色々な花言葉がある。
雪の中にあるのは『諦め』か『恐怖』か、それは知れない。
けれど今、雪は曼珠沙華そのものに見えた。

白くやわらかい、見た人を悪から離れさせる力があると言われる天上の花。
触れ難い?
違う。
幻影のように今にも消えてしまいそうな雪の存在を確かめたいくらいだ。
まして雪は私の所有物。
手を伸ばすことに何の遠慮も要らないはずだ。

それでも私の手は宙に浮いたまま、雪に届かずにある。









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title by…ウラジロ:花言葉【魅惑、曖昧、神秘、魅力ある人】