ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【短編】お題:桜【アンソロジー】 ( No.18 )
- 日時: 2011/03/15 21:59
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: ただ祈るしかない。それしか、出来ない。
「うわ、最悪だ。今年の花粉、去年の三十倍だってさ」
そう言って私は携帯電話をパタンと閉じた。付けられている二、三個のストラップがチャラチャラという和音を奏でた。五時間目の体育が終わり、これで下校。生温かい風は、ついこの間まで真冬の様に寒かった筈の気候を全く感じさせない。なんて気まぐれな季節なのだろうか。去年の今頃には、もう桜は咲いていたはずなのに。今年はまだ蕾さえ付いていない。
「え、それ本当?」
体操着が入った袋をサンタクロースの様に掲げている友人は私の眼を見て笑いながら聞く。
「マジらしいよ。やばいなあ、鼻水出てきたわ」
制服の袖口で私は鼻孔を擦った。何だか鼻が詰まってきた……。
「咲(さき)は毎年花粉酷いみたいだからねー。ちゃんと予防とかしてんの?」
「してるっつの」友人の綾子(あやこ)がけらけら笑いながら放った言葉に私は不貞腐れた顔を向けてやる。「してんのに酷いんだよ。全く、誰だろうね。血液型がA型の人間は花粉症になりにくいとか言ってたやつ」
「そんなこと聞いたことないなあ」
「……あ、そなの?」
そう顔と一緒で訊ねる私に綾子は表情を微動だにせず答えた。
「うん」
どうやら、私の鼻というダムは放水を始めようとしているらしい。Ph7の、常温でも液体のモノはギリギリダムからでないところで留まっているようだ。しかし、それも時間の問題だろう。兎に角、急いで鼻をかむ。女子が立てるようなものではない音が近場に響いた。
「キテるねえ」綾子はにやつく。「苦しそー」
その言葉に同情は見えない。全く、と私は呆れた。綾子に同情を求めても意味は無い。——彼女は今まで一度も花粉症にかかったことが無いと自慢していたのだから。
ふと、眼を横にやった。まだ蕾も付いていない桜の樹が眼に入る。
「————卒業式には、間に合わないかもねえ」
茫然と桜を見ていた私の肩から顔を出すように出てきた綾子が言う。確かにこの調子では明後日の卒業式に桜が咲きそうもない。と言うか不可能、百パーセントあり得ないのだろう。
「桜の花弁(はなびら)より先に花粉が舞ってるよ。うわあ、最悪だ。変われ、今すぐ変われ。今すぐ花粉よ、全て桜の花びらに変われ!そしておらに力を……!」
「おいおい、元気玉じゃないんだからさ」
空を仰ぐように両手を上げていた私の頭を、綾子と言う生命体は殴りつけてきた。脳みそが空っぽなのでは無いかと疑うような音が響く。
「やーっぱ、咲かないかなあ」
私は桜の樹に、皮肉を込めて言ってやった。
咲いてもらわなきゃ、困る。
【さて、さて。此処で立ち話でもしようではないか】
神木咲(かなぎ さき)。それが花粉症と戦っている私の名前である。ごくごく普通の女子高生だ。花粉症に悩んでいるのは、人類共通であると信じている。————と言っても、"ごくごく普通"だったのは二か月ほど前のコト。まあ、それ程変わったようなものではないのだけれども、ちょっと変人と言う名の知り合いが出来てしまったのだ。
「ドーモ」
そう言って私は病室の扉を開けた。四つあるベッドの、一番奥の左側。窓を全開にして、明らか外の花粉を室内に入れてくれている青年が居る。私が住む雛菊町にあるそこそこでかい、この雛菊病院で入院している"変人"だ。
「よっす」
"変人"は眼を細い弧の様にしてニカリと笑い、「敬礼」と同時に言ったようなポーズをとった。
「何が『よっす』なんだか」そう言って私は"変人"に缶ジュースを投げつける。カントリーの烏龍茶。自販機で買ってきた、百二十円のヤツ。「調子はどうですか、"変人"サン」
「何度あってもお前は俺のこと変人って言うよな。何度も言うけど、俺は橘敦樹(たちばな あつき)な。覚えてくれよ、さっちゃん」
"変人"こと橘敦樹は私に気色悪いウィンクを投げかけた。———其れを容赦なく撃ち返す。ホームラン。逆転勝利、と。
「調子は如何なんですかって訊いてるのに答えないんですね。アツキさんは日本語が通じません、と」
そう言って私はメモを取るような素振りを見せてやる。敦樹は烏龍茶を開けて一口飲んだ。此方の行動には何も言ってこない。そのまま彼の喉は、液体を通す音ばかり立てていた。
ぷはあ、とオッサンくさい音を立てた敦樹は飲み干した缶ジュースを握りつぶす。アルミ缶がつぶれる音がした。……私は足で踏みつぶした音の方が好きだ。
「さっき、ミズキ祖母ちゃんがやってきたよ」
完全に彼は私の質問を無視している。
ミズキ祖母ちゃんとは、彼の祖母の名前である。あったことが無いので、全く詳しいコトは知らないのだが、彼曰く「鬼と戦った英雄」らしい。如何やら橘敦樹と言う人間の脳みそには小学生の頃に埋め込まれた記憶が未だに深く食い込んでいるらしい。彼がいくら自慢しようとも、私はそれを信じる気など更々無い。
「それは良かったじゃないすか」
「彼女出来たのー?みたいなこと聞いてくるんだよ。マジウケルっしょ」
"変人"はケタケタと笑う。
「ウケマスネ」
機械の如く、私の口は開閉して言葉を紡いだ。ひたすら棒読み。抑揚もないし、アクセントも無い。カーナビの音声ガイドの様な言葉だ。
こんな平和な流れが流れていたのだが、ふと敦樹は窓の外の桜の樹を見つめ始める。その眼は先ほどとは異なり、何か哀しいものを秘めていた。……ああ、そうだね。もうすぐだよ。私は眼を閉じる。
"変人"と出会ったのは、二か月前。私が盲腸で入院した時だった。入院中、何かと騒いでいたこの変人に気に入られたようで——まあ私も物好きで、妙に彼が気になったので——アドレスを交換してから頻りに「これから会わねえか」メールが来るようになり、それで会いに行く頻度が日に日に上がって行っていたのだ。
普段阿呆らしい行動や言動で、まるで道化(ピエロ)の様な彼であったのだが、もうすぐその生涯を閉じようとしているらしい。姿や行動からは全く想像がつかないものだった。何でそうなのかは知らないし、何の病気かも知らない。でも、彼が明後日に県立病院へ移ると言うことは知っていた。
「桜咲きそうにねー」
涙を堪えているのか、妙に涙声である。
「咲きそうにないねえ」
そう答えるしか、私には出来ない。窓から軽く身を乗り出している姿が切なくて仕方が無かった。だからと言って慰めの言葉など駆けられるはずもない。
「雛菊町の桜を最期に見たかったんだけどなあ……咲と」
"変人"はちらり、と私の方を見た。ぷぷ、と思わず噴き出す。なんてクサイ台詞を吐いてくれるのだろうか。軽い告白である。
「告白のつもり?」
冗談半分でそう訊いてみる。彼はまたニカリと笑った顔を向けてきた。
「だったら面白いだろ」
多分、この姿を見れるのも今日明日だろう。
それでも時間は待ってくれないようだ。時計を見たら、もう帰らなくてはいけない時間になっていた。なので私は申し訳なさそうに敦樹に言う。
「ごめん、今日は夕飯作らなきゃだったわ。これで帰るね。んじゃ」
「んじゃ。また来いよ〜」
敦樹に手を振りながら、私は病室を出る。彼の手は、私が戸を完全に閉めてしまうまで、ずっと振られているようだった。
鼻がずびずび音を立てている。———これは花粉症だ。目頭が熱いのも、花粉症の所為なんだ。
Ж Ж Ж
やはり、桜は咲きそうにない。朝目覚めて直ぐに確認したのだが、やはり無理なようだ。明日、明日だ。あの"変人"に桜を見せてやれるのは。
ぐだぐだな卒業式の予行練習を終え、帰路の途中にある病院へ寄る。今日の"変人"は悠長に鶴を折っていた。
「千羽鶴?」
ばれないように入って近付いた私は彼の耳元で問いかけてやった。
「うっわ!ビビッタァ」眼球を飛びださせそうなくらい驚いた敦樹の手元からするりと橙色の折鶴が床に落ちる。拾い直しながら彼は額の汗を拭った。「なんだよ、咲か」
「気付かなかったアホンダラが此方に居ますねえ〜」
「心臓に悪いわ、ボケ」
からかいに乗ってくれる彼は相変わらずである。
だが、やはり病室の雰囲気は変わっていた。この前まで散乱していた、彼のベッド付近は嫌なくらい綺麗になっている。……物が、無い。
嗚呼。明日行くのか。結局桜は咲かなかったじゃねえか、この野郎。馬鹿野郎。クソったれ。そんな悪口ばかりが頭の中に広がっていく。"悪口"と言う名の汚染物質は、私の心と言う海を汚して行っている。……環境汚染もこんな感じなのだろうな。
「桜、咲きそうにねえなあ」
昨日と同じようなコトを吐きながら彼は鶴を指先でくるくると回した。その姿に思わず謝罪の言葉が出る。
「……ごめん」
其れを聞いた敦樹は眼を見開いた。
「何でテメエが謝るんだよ」
「だって、最期の雛菊の桜になるでしょ。……見せられなかったなあって」
その言葉を聞いた敦樹はベットから立ち上がり、私の眼の前で仁王立ちになる。
「それはカミサマが、オレサマに謝ることだ。お前にゃ言う資格なしなー」
天上天下、唯我独尊。
この世の救世主(メシア)様、
橘敦樹、推参。
その姿を見ると妙に安心できるのは、気のせいでは無いのかもしれない。
テレビから流れる、地震被害によるニュースを聞きながら彼は言葉を紡いだ。
「人間にも限度ってヤツがあるんだよ。自然の摂理には決して逆らえない。何故なら、人間もその<自然の摂理>の中で生きてるんだから」
その言葉を聞いている私の目頭は熱を持ち始める。
「どうしようもねえんだ。でもな、それでも人間には出来ることあんだぜ?」そう言ってスリッパを履いた"変人"は私の右腕を掴んだ。「ちょっと来いよ」
「は、ハァ?」
そのまま、抵抗することを許されず、私の躰は彼に引っ張られてゆく———。
ж ж ж
「——— 一体何する気で?」
ぜえはあ、と荒い呼吸の私に対し、彼は全く何事も無かったかの様に立っている。病院から出て、すぐ近くにある公園にまで引っ張られてきた。……訳が分からない。
「お前が桜を咲かせられねえなら、俺が神様に代わって咲かせてやんよ」
そう言って敦樹はニカリと笑う。この笑っている顔を見るのも明日までだと思うと、辛い。
彼はポケットの中に手を突っ込んだ。
「神様・仏様・救世主(メシア)様の橘敦樹様がな!」
突っ込まれた手を思いっきり上に突き上げ、何かを散らした。さらさらと、きらきらと、光りながら散る何かは私と敦樹の周囲に舞いあがる。
———紙吹雪、だ。
赤、蒼と全く桜の色とは別物の紙吹雪が敦樹からふらされている。それは全くの別物であるけれども……。
「な?咲いてんだろ?」降らせながら彼は私に返事を求めた。
「バーカ」思わずそんな言葉が出た。「これは"咲いてる"じゃなくて"散ってる"だろーが!」
「あ、そっか」
「バーカ」
相変わらずの馬鹿っぷりに、私もつられて笑ってしまう。
散らせ終わった彼は私の手を取った。足元には紙吹雪の桜吹雪が風に遊ばれて低く舞っている。
「さて、さて。此処で立ち話でもしようではないか。
……桜吹雪でも見ながら、さ」
桜吹雪は終わっちまったよ、馬鹿。
まあ、それでも良いけれどね、馬鹿。
敦樹は腰を低くして、胸に手を当てる。レディース、アンド、ジェントルメェン。そう言ってもおかしくないような動作に私はまた笑った。
やっぱり、今年の花粉症は酷いらしい。涙が出てしまったではないですか、こんちくしょう。
——終。
□あとがきってか言い訳ってか。
全然シリダクじゃないですね。花粉症ばっかりだし汗
そしてぐだぐだorz
雛菊町とか、ミズキって名前に覚えがあった方挙手。あ、答えは聞かないけd(殴
4000字超え申し訳ないっす。でもささめ様がこういう場を作ってくれてマジありがたい。有難うございます。