ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 無 意 識 メ ラ ン コ リ ー ( No.4 )
- 日時: 2011/03/08 17:05
- 名前: N2 (ID: 2de767LJ)
…→3.白黒の面影
リズムよい電子音が聴こえる。
いつのまにか日が堕ちかけていた。白い病室が橙色に染まっている。
私はどうやら寝ていたらしい。
「…あ、夏也。気分はどう?」
ベッドのすぐ脇に座っていた母さんが私に気付く。
私はゆっくり首を母さんの方に向け、唇を動かした。
「…うん、特には大丈夫。」
弱弱しく答えた私に対し、母さんは少し寂しそうな表情に変わった。
—私、何か悪いことを言った?
再び母さんが口を開く。
「さっき、お医者様に夏也の体の状態とか詳しく訊いたわ。右腕と右足を骨折してるみたい。あと頭も強く打った痕があるって。」
口調は小さい子供をあやす様な優しい感じだが、表情は暗いままだ。
母さんの言葉からすると、私は大怪我を負っているようだ。
しかも頭を強打…通りで記憶が曖昧だったのか。
—母さん、私、一体どうしちゃったの
私が口を開けるより、母さんの悲痛な声の方が先だった。
「ねぇ夏也…高校で何かあったの?屋上から飛び降りちゃうなんて…」
—え、
—高校の屋上から、飛び降りた? …私が?
思考が追い付かない。それでも母さんは言葉を淡々と紡ぐ。
「何か悩み事があったのならお母さんに言ってくれればよかったのに。
友達関係で何かあったの?夏也は春子と違って、人付き合いが少ないから—…」
母さんの発した〝春子〟と〝人付き合い〟で何かが頭の中ではじけた。
同時に、ノイズ掛かったモノクロの映像が流れてきた—
***
『春子、志望大学に推薦もらったんだって!お母さん、鼻が高いわ』
母さんがやけににこにこして私に言う。
母さんの隣にいる春子と呼ばれた髪の長い大人しそうな顔立ちの女の子も嬉しそうにはにかんでいる。
『推薦もらえてよかったなぁ、夏也も真面目に頑張ったら私みたいに大学、楽に行けちゃうからね。頑張って』
大人っぽい口調で、春子は私に言う。私は何も言わない。
『春子には何も言うことがないわ、手のかからない子だし…それに比べて夏也は。成績こそは良いけれど人付き合いが悪いわ。もっと愛想良くなきゃ』
母さんが困った表情で私を見る。
それを聞いて春子は母さんに反論した。
『母さん、夏也だって頑張ってるんだからそんなこと言わないで』
春子はそう言うと私の頭を優しく、慰めるかのように撫でた。
私はまたも黙り込んだままだ。胸に言葉がつっかえる。
—嫌、
『まったく…夏也、お姉ちゃんを見習いなさいよ』
—嫌だ
私は唇をきつく噛んだ。
—お姉ちゃんと、比べないで…!!
***
「夏也、聴いてるの」
私は母さんの強い口調で我に戻った。
さっきの映像は何だったのだろう…いや、私は思い出した。
過去の私の記憶だ。春子—2つ違いの私の姉が志望大学から推薦を貰った日。
「…お母さんは心配よ、夏也の考えてることが分からないわ。
そろそろ春子の塾が終わるから、一旦帰るわね」
ふぅ、と重いため息をついた後、母さんは丸椅子から腰を上げた。
私は母さんが座っていた丸椅子を見つめたまま、動かない。
バタン、乾いた音で扉が閉まる。
この時間で私の思い出した記憶はあまりにも辛すぎて。
あまりにも残酷で。
あまりにも寂しくなった。
心が泣いているのが分かった。胸が締め付けられて、息が、苦しい。
頬に貼られた絆創膏に水が染みるのが分かった。
橙色の病室にリズムよい電子音が響く。