ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エスケープ 犯罪者に陥れられた弟 ( No.1 )
日時: 2011/03/10 21:59
名前: 氷川 (ID: BZFXj35Y)

━ Episode1-1 ━

「はぁ………はぁ………」
静まり返ったリビングに響く、弟・歩夢の荒い呼吸。
「な………ど…どういうことだ…………これ………」
リビングに倒れていた兄・明良は、目を覚ました瞬間に言葉を失った。

リビングのフローリング一面を染めた赤い液体___

白い壁に広がる赤い斑点___

明良は一通りリビングを見渡した後、目の前に立っている弟と床に倒れている人影を見た。
うつ伏せで、男女がお互いを抱きながら、私服を真っ赤に染めて倒れていた。
血まみれの男女の隣には、刃先が真っ赤に染まった包丁を持った歩夢の姿が。
「お、お兄ちゃん…………な…た……助けてぇ…………」
語尾が消えかかりそうな小さな声で、歩夢は手から包丁を落として、床にペタリと座りこんだ。
両目から大粒の涙をボロボロと流しながら、歩夢は自分の胸部を服の上から握りしめた。
明良は何が起こったか意味が分からず、頭を押さえながら過去を思い出そうとする。
しかし、頭に力を入れた途端、明良は呻き声をあげて床にしゃがみ込む。
何度も思い出そうとするが、頭に意識を集中させた瞬間、味わったことのない強烈な頭痛が襲ってくるのだ。
明良は息を荒げながら、床に倒れている男女2人に歩み寄る。

「あ…親父………母さん…………そ…んな………そん…な………」

明良の目から、自然と涙がボロボロと溢れだす。
声を噛み殺しながら、体を丸めて静かに泣き始める。
明良は顔をあげ、隣で大泣きしている歩夢を見た。歩夢は明良と目があった瞬間、ビクリと体を動かす。
「お、お前が殺したのか……?」
「ち、違うよ!!気が付いたら………し…し……死んで…………うっ…うぅぅ…………」
歩夢は言い終わる前に再び泣き始めた。
明良はうつ伏せに倒れている両親を仰向けにしようとしたが、死人の顔を見る勇気がなかった。
両親の手を取り、脈に指を合わせる。無論、言うまでもなく脈は止まっていた。

「死んでる………どうし…て………」

両親の死を改めて知ると、明良は涙を流しながら死んだ両親に優しく抱きついた。
すでに体はヒンヤリと冷たくなり、死んでからかなりの時間が経っていた。
歩夢は泣きながら明良の体にしがみ付き、必死に涙を止めようとしていた。



ピンポーン♪ ピンポーン♪



突然、家に鳴り響くチャイム音。明良と歩夢は体をビクリと震わせ、顔を合わせて玄関の方を見た。

「すんませーん、下の階に住む者何すけど………いないんすかぁ!!」

玄関から聞こえてくる若い男性の声。
明良は歩夢に人差し指を立てて、静かにというサインを出す。
「あの、お宅の家から変な液体が漏れて困ってるんすよ。………いないのかなぁ………」
男性は半分諦めた口調で言う。2人は安堵の息を漏らす。が、それも束の間だった。


「大家さん呼んで、勝手に入らせてもらうか……迷惑してんの、こっちだもんな。」


男性は一人ごとをそう呟き、足音をコツコツと鳴らしながら玄関から遠ざかって行った。
明良と歩夢は顔を合わせ、額から頬を伝わって冷や汗が流れた。
高校2年生の明良は、この状況がすぐに弟・歩夢を危険に曝していることに気付いた。

・横たわる絶命した両親
・歩夢の指紋がびっしりとつき、血が付着している包丁

恐らく、先程の男性は10分足らずで戻ってくる筈。しかも、大家さんと合鍵を持って。
明良は立ち上がり、頭に浮かんだ‘ある物’を取りにキッチンへと走る。
キッチンにつくと、台所の下にある戸棚を開き、調味料が並んで入っている籠を漁る。
すると、一枚の茶封筒が出てきた。
明良は茶封筒を持ち、自分の部屋に駆けこむと、フード付きの厚い服を2枚手に取り、再びリビングに戻った。
「歩夢!!早く行くぞ!!!」
「…え……ど、どこに?」
中学2年生の歩夢は、どうやら自分の状況と迫っている危機を理解していない。
明良は歩夢の手を掴み、大急ぎで靴を履き、自宅から飛び出した。


 * * * * *


時刻はまだ明るい正午過ぎ 日曜日


閑静な住宅街に建つ高級マンションの7階。
703号室から飛び出した2人は大急ぎでエレベーターに向かった。
明良はエレベーターのボタンを押そうとしたが、すでに上がって来ている表示を見て身震いした。
「や、やばい……か、階段で行くぞ!!」
明良はエレベーター横にある非常階段のドアを開け、歩夢の口を防ぎ、息を殺して隠れる。その時だった。

「ここっすよ、今留守らしいんすけど〜ぉ。」

先程の若い男性の声が、エレベーターの開く音と共に聞こえた。
「ん?西村さんの家じゃないか………」
年配の大家の声が聞こえ、足音は明良達の家の前で止まった。
しばらくチャイム音が聞こえていたが、すぐに鍵音とドアが開く音が聞こえた。
「今の内に行くぞ。」
「う、うん……」
明良は歩夢の手を引き、なるべく足音をたてずに階段を降り始める。
その時だった。



「に、西村さん!!!」



大家の大きな声が、2人の耳に聞こえた。
2人は声が聞こえた瞬間、自然と大急ぎで階段を下っていた。
7階から1階に一気に辿り着くと、エントランスを駆けてマンションの前通りに飛び出した。
左右を見渡すと、買い物袋持った主婦と近所の公園に遊びに行く途中の子供たちだけが、通りを歩いていた。
明良は歩夢の手を握りしめ、閑静な住宅街の中へと駆け込んだのだった。