ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ε=(‐ω‐;;)俺と悪魔щ(`Д´щ;)の百年戦争 ( No.1 )
- 日時: 2011/03/21 03:22
- 名前: 凡(ぼん) (ID: CbmxSfx3)
〈序章.『憎悪の在り処』〉
忍び寄る魔の手。毎夜、俺の部屋に無断侵入してくるそいつを表すには、この言葉はピッタリだと思う。俺はベッドの上で毛布をかぶりながら息をひそめる。気配をうかがう。真っ暗な部屋にうごめく影に、全神経を集中させる。しかし、そいつもプロだ。存在を完璧に消して歩み寄ってくる。俺はごくり、と息をのんだ。スッ-----……わずかな衣擦れの音。
来る……ッ!!
俺が勢いよく毛布を相手に投げつけたのと、その長剣の切っ先が俺の肩をかすったのはほぼ同時だった。
そいつは「チッ……」と舌打ちをして一歩後ずさる。その機会を逃さなかった俺は前以って用意していた出刃包丁を枕の下から素早く取り出し、ダーツのごとく投げつける。しかし、そう簡単にはいかないのがオチだ。影は踊るような身のこなしでくるりと一回転して避け、俺の包丁はそのまま壁に突き刺さる。惜しい!そいつの全体を覆う漆黒のローブを突き破っている。身には当たらなかったが、それでも俺のような[人間]がここまで応戦できていることに少しばかり自信を持てた。でも、まだだ。油断は禁物。そいつはいったん息を整えているようだった。これは…一発でケリをつける気か。長剣は俺に向かってまっすぐ伸びている。俺の部屋は比較的広いから、間合いは十分だ。俺はそいつに視線を外さずに、パジャマ代わりに使っているジャージの、ズボンの太ももにくくりつけた塩酸試験管を3本抜き取る。さっと構えて、コルクを取った。これが俺の最終手段にして最後の武器だ。今夜の為に、化学の授業時間に盗んだものであり、使うのにはちょっと罪悪感が残るが、仕方ない。自分の身を守るためだ。
しばしの沈黙。そいつの表情はローブについているフードをかぶっているために分からない。が、きっとその眼は、血に飢えた獣のようにぎらついているに違いない。俺…———つまり、獲物を見る眼のように。
俺の額に冷や汗がツ----っと伝わる。これは集中力勝負だ。どちらが先にアクションを起こしても、きっと一瞬の判断能力がためされる。俺は息を浅く吐いた。
--------------その時------------------
そいつは見計らったかのように大きく一歩を踏み出し、その剣を横払いに振りかぶる。ちくしょう、そうかかってくんのかよ!この軌道だと当たるのは胴体。飛び上がるにしても、かがむにしても辛いところだ。まずい。
俺は「くッ……」と唇をかみしめ、スライディングをするかのように足を前に出す。そして相手の懐に飛び込むように、このまま滑り切った。これにはそいつも驚きを隠せなかったのだろう。慌てて俺から距離をとろうと離れる、が背に当たるのは壁。チャンスだ!俺はここぞとばかりに塩酸試験管を全てばらまく。中の液体の重みのせいで2本は床に落ちてしまったが、1本はそいつのフードの上空だ。これは、いける!
重力により回転したまま流れ落ちるその塩酸は見事、そいつのローブの上半身にかかる。すると、ジュウゥゥゥ-----…と焼ける音、そして白い煙が上がった。そいつはやっと何が起きたのかを知って慌ててローブを脱ぎ去る。舞い落ちる漆黒の衣。やっと素顔を見せたそいつは、苦い顔をして眉間にしわを寄せ、俺を睨む。
一方、俺はその姿に絶句していた。
一流モデル並みの整った顔立ちに、貴族が身に着けるような上品で、尚且つ勇ましい戦闘服。細身だががっしりした体躯は男の俺が見ても惚れ惚れするほどだ。
けれど、俺が動揺したのはそれだけではない。そいつの眼の色だ。
さっき血に飢えた獣の眼を喩えたが、まさしくその通りだった。そいつの瞳は、幾千の血を見たかのように、ただ紅かった。その眼を隠すように長く伸びた黒の前髪は、まるで終焉の幕が下りるかのように、世界を見ることを拒絶するかのように伸びきっている。後ろ髪はかろうじて一つで結んでいるが、バラバラだ。きっちり着こんでいる服に対して、それはそれは矛盾の塊のようなものだった。
「…許さない」
あきらかにそいつの姿に見惚れていた俺は、深い憎しみを込めたその声にハッとした。彼はうつむいているが、身体をわなわなと震わせている。これは、恐怖や凍えの震えではない。----怒りが頂点に達したときのそれだ。俺は武器も持たずに、反射で身構える。…違う。先程までの空気と、まったく違う。なんだよ、この、禍々しすぎる殺気---…。
「許さない、許さない、許さないッ………」
彼の呟く声が、だんだん大きく、そして荒々しいものへと変わっていく。
「我…は、…お前を…決して…許さない……ッ」
聞いてて痛々しい程に憎しみのこもった声音。俺はただ微動だにせず、否、微動だに出来なかったと言った方がいいだろう。動けば、その瞬間に殺られる。そう感じた。が、なぜ彼はそこまで俺に恨みを持っているのか。塩酸がまずかったのか?…いつもなら、軽く彼の攻撃をあしらえば、自身から消えていった。今夜も、そうだろうと思っていた。ここ数日間、彼との毎夜の攻防戦は続いていたが、こんなことは今夜がはじめてだ。今夜はうまい具合に俺の攻撃が決まって、俺が優勢で、彼の姿をやっと見ることが出来て、彼の声を聞いた。これだけのはずだ。
「……許さない…返せ…皆を返せ…ッ…返せッッ!!!ソロモンッ!!!!!」
「……ぐぁっ…ああ!!!」
彼が叫んだとたん、部屋の中なのに旋風が巻きあがる。俺はその風圧に腕で顔を遮るが、吹き飛ばされてベッドの上に落ちた。おもいっきり変な態勢で叩きつけられたせいか、背中と腰に激痛が走る。これはかなりきつい…ッ。
俺はそのまま、意識が朦朧としたまま立ち上がれなかった。たぶん、神経的なショックだろう。背中には脊髄があるし…とにかく、身体に力が入らねえ。だめだ。このままじゃあ、殺される。ぼやける視界。眼を細めて彼の様子をうかがおうとするが、それは漆黒によって邪魔をされた。彼の、髪だ。
見上げると、紅い眼。そして両手で構えられた長剣。無理だ。もはや、俺には為すすべがない。俺は両眼をきつく閉じ、それと同時に意識を手放した。瞼の裏は、絶望を具現化したかのような暗闇。
----------……じゃ……い…?お…え…、……れだ--------------
意識が途絶える瞬間、何かが聞こえたような気がした。
〈序章.終〉