ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ε=(‐ω‐;;)俺と悪魔щ(`Д´щ;)の百年戦争 ( No.5 )
- 日時: 2011/03/16 14:38
- 名前: 凡(ぼん) (ID: g1CGXsHm)
朝食を食べずに来たせいもあってか、学校に着いた時間はいつもより比較的早い。教室に入ると、まだ誰も来ていないようだった。俺は校庭の見える隅の席に座り、ぼーっと外を眺めていた。今では、黒煙を吸って痛めた喉は落ちついていて、何事もなかったことにひと安心している。あの煙が毒か何かだったら大慌てするところだが。いったい、あのビンの中には何が入っていたのだろう。母さんに問いただしたいところだけれど、仕事で世界各国を飛び回っているので無理だ。わざわざ国際電話をかけるのも面倒だし、俺の身体にいまのところ異常はないし。もういいや、忘れよう。病は気から、って言うしな。
——-----ガララ…---------
教室の扉が開く音。入ってきたのは、男子の神楽坂巴[カグラザカ トモエ]。俺とは仲が良いわけでも悪いわけでもない関係。まあ、相手からしても俺のことは知り合い以上友達以下ってところだろうな。お互い、あんま喋ったことないし。でも一応クラスメイトとして、俺は「おはよーっす」と軽く挨拶し、視線を向ける。神楽坂は少し頭を下げた。普段から無口なのは知っているので、別に気にしない。
神楽坂は席に着くとすぐに分厚い本を取り出した。読むのかと思えば、何かを書いている。それも、今時めずらしい羽ペンで。俺は興味をそそられて、他にすることもなかったので彼の席に寄ってみた。思えば、彼に話しかけるのはこれが初めてかもしれない。
「なにやってんの?」
俺は神楽坂の前の席を借り、彼の正面に座った。自分で言うのもなんだけど、俺は親しみやすさがウリだ。友達作りはうまい。こうやって、笑顔で話しかければ相手も笑い返してくれる……はずだった。
「……」
沈黙。さらに、彼は羽ペンを机に置き、その分厚い本を閉じた。見せたくないものらしい。無口、無表情、愛想のない態度。俺は苦笑いした。なんだ、この空気…めっちゃ気まずいじゃねえか。それでも、俺はくじけずに話しかける。というか、何か話していないとこの空気に耐えられなかった。
「ゴメン、邪魔しちゃったみたいでさ。…それ、大事なものなんだ?結構分厚いし、持ってくるの大変そうだよな。俺、教科書だけでカバンいっぱいいっぱいだよ。凄いな」
俺は考えられる限りの話題をつらつらと並べた。人形に話しかけているようで、ちょっと気が引けるのだが。彼はそれでも何も言わず、しかし俺のほうを見て話を聞いていた。それだけが救いだな。完全に無視されてるわけじゃないみたいだし。俺は胸をなでおろす。でも、やっぱ会話になってないのは辛かった。開けている窓から、早朝独特の冷たい風が吹く。乾燥している季節。俺は急に咳き込んだ。
「ゴホッ……ゴホッゴホッ…」
何度目かの咳をした時。突然のことだった。神楽坂がいきなり立ち上がる。そして俺の顔を見て、驚愕に満ちたような表情でボソッと言った。
「…なんで君が…?」
「ゴホッ………え?」
それが今日、初めて聞いた彼の声だった。彼はしばらく俺を見定めるような目で見ていた。困惑と冷徹さが混じった視線。俺はただ固まってしまった。何を問われたのかもわからない。一方、彼はひととおり俺を観察し終えると再び椅子に座った。もう、先程の平然さを取り戻している。いや、何かを考えているのかもしれない。
なんだ今の。俺だけ話に置いていかれたような感覚。彼は俺の何に対してあんな反応をしたのだろう。
「なあ、さっきの何…」
「なんでもないよ、ごめん。気にしないで」
冷たくきっぱりと言い返される。これ以上は不可侵であると忠告されているようだ。本当に、今日はなんでこんなに意味分かんないイベントが盛りだくさんなんだ。それからはまた沈黙が続いた。今度は彼が気を遣ってくれたようで、「本を返しに行ってくる」と一言呟いて教室から出て行った。俺は教室にまたひとりきり。
何分か経って、他のクラスメイトたちがぞろぞろと登校してくると、俺はさっと自分の席に移動した。
1時間目に、神楽坂は出席しなかった。俺に本を返しに行くと言ったきり、そのまま早退したらしい。担任が言っていた。俺は心のなかにモヤモヤが溜まっていてなんだか嫌な予感がした。これから、何かとんでもないことが起こるような。授業中、ふと空を見ると、曇天。灰色の空。まるで俺の今の気分を表しているかのようだった。
「村雨ヰ織[ムラサメ イオリ]!ちゃんと授業を聞いとるのか!?教科書67ページの問い5の答えを言ってみろ」
「……うっげ」
まったく授業を聞いていなかった。というか、ぼーっとしていた。教科書もノートも開けていない。やばい。なんでこういう日に限って当たるんだよ——--…ああ、泣きてえ。
俺がおろおろしていると、先生の死角になっている斜め後ろから、雑につくられた紙ヒコーキが飛んできた。俺の机にスッ——-と静かに乗ったそれに、先生は気付いていない。俺はそれをすばやく開いた。式と答えの数字が書いてある。ありがてえ!
「答えは2分の1です」
「…いいだろう」
よっしゃ!俺は紙ヒコーキが飛んできた方向に視線を遣る。俺の何人か後ろの席にいる仁科大和[ニシナ ヤマト]がピースサインをしていた。ありがとう、ヤマト。と、俺もピースサインを返す。こういう時、友達とはいいものだなと実感する。俺の落ち込んでいた気分は、ちょっと良くなった。
ヤマトは俺の、高校での一番にできた親友だ。彼は帰国子女で、小さい頃から各国を旅しながら過ごしていたらしい。本当は日本生まれらしいが、詳しいことは俺にもわからない。だが、ものすごい旅好きであることは確かだ。それも、目的地が決まっていない方が燃えるのだと言う。変な奴だけど、それでも良い奴だ。
俺は今度はちゃんと真面目に授業を受けようと、窓を閉めた。
悪いことばかりじゃない。良いことだってあるんだ、と自分に言い聞かせながら。