ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ε=(‐ω‐;;)俺と悪魔щ(`Д´щ;)の百年戦争 ( No.7 )
- 日時: 2011/03/19 00:51
- 名前: 凡(ぼん) (ID: /005aVGb)
やっと放課後。午後の授業はまともに聞いてなかった。俺はにぎやかに帰っていくクラスメイトを見送って、そして溜め息をつく。ああ、俺も早く帰りてえ。けれど、すぐには帰れない用事が俺にはあった。夕焼けによってオレンジ色に染まった、空っぽの教室をぼーっと見回しながら、後ろの席で必死に日誌を書いているヤマトに視線が止まる。まだ終わらねえのか。まったく。
「まだ終わんねえの、それ。もう俺たちしかいないじゃん」
俺がかったるそうな声を出してせかすと、彼は「悪いなぁ」と、いかにも申し訳なさそうに言う。そんな風に言われたら、文句ひとつ言えねえじゃねえか。俺はまたひとつ溜息をつく。今日はヤマトが日直だというので、一緒に帰る俺まで居残りさせられている。いや、本当はこんな奴ほっといてすぐに帰って眠りたいのだが、やっぱりそうもいかない。なんたって親友だからな。俺の今現在唯一の。
「うっしゃあ終わったぁ!これで帰れるで。ごめんなイオリン、待たせてしもうて」
ヤマトが立ちあがって伸びをしている。俺は「やっとか…」と呟いて、その姿を横目で見ながらカバンをかるった。それから開け放っていた窓のカギを閉める。窓ガラス越しに見る外の風景。夕日が地表に乗っかるアイスの塊のように溶けきっている。もうこんな時間か。
「ほな、帰ろかイオリン!」
軽快な調子で歩んでいくヤマトの後に続いて、俺も教室を出る。廊下は教室よりも冷たく感じて身ぶるいした。やっぱ、朝と夜はまだまだ寒い。ガタン、と教室の扉を閉めた。
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それからは、ヤマトとたわいもない話をして帰った。クラスメイトのおかしな話だったり、先生の噂だったり、最近の変化とか。いつものように、何も変わらず、何の変哲もなく。俺は「ふわあ」と欠伸をして、ただ彼に並んで歩いていた。
すると、俺と彼とが分岐する道まで行った時、急にヤマトが立ち止まった。俺は数歩先に進んだところで、振り返る。何やってんだ。落し物か?しかし彼はただじっと動かずに——-その場所だけ時間が止まってしまったかのように、一歩も歩む気配がない。仕方なく俺が彼のところまで行って、「何やってんだ」と肩を叩く。ヤマトはその拍子で我に返ったように、身体をぴくりとさせた。
「ああ、ごめん」
「今日のお前、やっぱいつもより変だわ」
「いつもよりって何やねん。わしは全然フツーやわ!…—---って、言いたい所なんやけど……」
「何だ。なんか、あるのか」
「ははっ…情けないわ。うーん…イオリンには大暴露しちゃうけど。今な、わしめっちゃ重大な悩み抱えとんねん。でも、それがなぁ…突然なこと過ぎてわしもようわかっとらん。わけわからんわ、まったく……」
「…?何の話だよ」
「んー、こっちの話」
「はぁ?」
「まあ、そういうことでな。明日から、わし何日間か学校休むかもしれんわ。やっぱ、イオリンには言っとこ思うて」
彼はハハハと笑いながら、腕を頭の後ろに回して空を拝む。俺は眉をひそめた。彼は突拍子もない旅行計画で急に学校を休むことはあるけれど、今回は違う。彼の表情には、旅の出発前日のような楽しげな明るさはなく、ただ寂しげな雰囲気だけが残っていた。俺は、彼がもう二度と戻ってこないような気がして、すこし戸惑った。
「意味分かんねえのはこっちだっつの。というか、俺のこと完全無視して先に話進めんな。そんなに思いつめてるんなら、俺、相談のるし」
「それはありがたいわぁ。でも…どうかなぁ?イオリンにわしのお悩み相談しても、解決してくれそうにないしー」
「ふざけんな。そんなの相談内容によるだろ」
「…だからダメなんやって」
「なんだと?」
ヤマトが、急に走り切る。俺はふいをつかれて、結局彼を逃がしてしまった。本気を出せば追いつく距離ではあるが、俺の足は動かない。ヤマトが、彼の家のほうへの分岐した道路の真ん中で「おーい!イオリン」と、めいいっぱいの大声で叫ぶ。俺はその声のほうに彼を見据えた。彼は、続けて大音量で言い放つ。
「わしのことは心配いらへん!まあ、なんとかするわ!ってか、なんとかしてみせたる!せやけど、イオリンは無理しちゃアカン!それだけが、わしの悩みの種なんやからなー!」
彼はそう言うと、お得意のピースサインをした。それも、先程の変な表情なんかを吹っ飛ばすくらいの、満面の笑顔で。俺は、なんとなくその覇気に押されて、自然と右手でピースサインを返した。ああ、これ、俺も癖になちまったみたいだな。自分の右手を見ながら、苦笑する。それから、心配無用と言った親友の後ろ姿を見送る。背筋がピンとした、何かの決意を背負ったような、頼もしい背中なのだと思う。結局、彼が何に悩み考えつめていたのかはわからなかったが。たぶん、自己解決でもしたんだろう。まったく、ほんとうに人騒がせな奴。
俺はその後ろ姿が消えるまで、その場に留ってしまった。ああ、もうすぐ日が暮れるってのに、何してんだろ俺。俺は自分の家の方への道をゆっくりと歩んで行った。その時—------…。
—-------——チリンッ—--------—---
一瞬のおぞましい程の強烈な気配に、がばっと振り返る。今、風に混じって鈴の音が聞こえたような……?
俺の気のせいか?いや、でも確かに…。しかし、振り向いた先にはコンクリートの道路と鉄柱。殺風景な風景がただ続いている。俺は頭を掻いて、再び歩を進めた。俺も、疲れているのかもしれない。帰ったらすぐ寝よう。そうしよう。カバンを持ち上げなおす。生温かい、きもちわるい風が俺の後ろを吹いた。
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「おやおや、僕としたことが。もうすこしでバレてしまうところでした」
ひとりの少年が、その身に合わない大人しい声で、歌うように軽やかに呟く。緋色の髪を風になびかせ、首に巻き着けた鈴がリン…と鳴り響いた。彼はその首元の鈴を片手で握りしめ、帰路に着くあの高校生の姿を見降ろす。少年は、気にくわない。彼が自分の存在に気付かないことに。けれど、自分から姿はあらわさない。なぜなら、彼自身の力によって見つけ出してほしいから。これは、一種の駆け引き。
「…僕は早く貴方の力になりたい。けれど、まだ時が満ちていないのですね。僕が出るには、この舞台は早過ぎたようです」
ああ、哀しや。少年は目を閉じた。こんなにも近くに居るのに、こんなにも想っているのに。彼には、少年の声はいくら叫んでも届かない。ただ、代弁するかのように鈴が寂しく音を残すだけ。
「いつか、貴方がすべてを知ったとき。どうか[僕たち]を受け入れてほしい。誰もが、貴方に憎しみだけを想い抱いているわけではないのだと—----……」
旋風。少年はそれだけを言い残すと、その身を火で覆った。大気が一瞬にして温度を上げる。太古の霊鳥は翼を大きく広げ、灼熱の炎を巻き上げて、空高く飛び上がった。彼への懐かしさと恋しさを秘めた、哀しくも甲高い鳴き声と共に。