ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 壊滅の子守歌 〜デス・ララバイ〜 ( No.1 )
- 日時: 2011/03/18 15:40
- 名前: 無慈悲なアリス (ID: cQ6yvbR6)
————血のにおい。
それも複数の人間のものだ。
ありとあらゆる感情——怨念、憎悪、恐怖、絶望……などが混ざり合って、そこにいる人間の狂気を引き出してくるほどの狂おしいにおい。
ここに渦巻くほとんどの感情は、俺がヤツらに与えた死の恐怖から現れたもの。だが俺は後悔などしていない。……むしろ爽快感にひたっていた。俺と『彼女』を巻き込んだ当然のむくい。
コイツらは、人間よりずっと醜悪で、腐敗しているモンスターとなんら変わりはない。
俺は胸ぐらをつかんで壁に押し付けた男———その顔は苦痛と恐怖にゆがんでいた——を見つめたままその震えを感じ取った。
断末魔の叫びを上げる前の顔。必死に俺の良心を引き出そうとしている。だが俺の心は揺らぐはずもなく、自分ですらも驚く冷酷な声でささやいた。
「お前は……デス・ラインのメンバーだな」
男はあわててうなずいた。俺はつかんでいる腕に力をこめる。男が喘いだ。
「言葉で答えろ」
「ヒイイ!!そうですっ……!デス・ラインの…Bメンバーです…」
「お前みたいなクズがなぜここにいる」
「デス・ラインのボスは……総動員してある男を捜せと…」
「俺のことか……」俺は一人笑いをした。
「そ、そうだ…。その目の色!!」
「めずらしいか…」
「そ、そんな……目、見たこともねえ…!」
「そうか、では焼き付けてやろうか…?」
男は首をぶるぶると振った。「とんでもねえ!!」
俺はまたしても笑い、右手の剣を持ち上げた。男は血走った目を見開き、あわれっっぽい声で懇願した。
「おねがいだ!!俺さえ見逃してくれたら、なんでもやる!所持金を全部やって……それから」
「ボスをかわりに倒してくれるなら助けてやってもいい」
男の顔がさあっと青くなった。
「ムリだ!!あの方を倒すなんて、恐らく神でも不可能だ」
「神ってのは、ずいぶんかよわいんだな」
俺は冷たく言い放ち、剣を振り上げた。男は力いっぱい抵抗したが、戦いをつんできた俺の力にかなうはずもなく、断末魔は一瞬のうちに消え、あとには真っ赤に染まった死だけが俺の手にのこった。
ふう、と息をついた。
血の強烈なにおいが鼻の奥をつつきまわし、わずかながらの吐き気を覚える。これでも正気でいられるのが我ながら驚いた。たいていのヤツはモンスター5匹でも倒すと目がまわるといって叫びだし、狂気をおさえられなくなる。
そのまま正気を失い、狂気の世界でうごめくヤツらを、俺は幾度となく見てきた。みな体中を赤く染め、どす黒い口をあけたまま剣を振り回す。対象が、敵であっても、味方であっても……。
俺は剣を鞘におさめて振り返った。一刻も早く鍛冶屋のもとへいきたい。最後の男を殺してから、剣先にひびが入っているのに気付いた。
そのすきまから汚らわしいデス・ラインの血がはいるのは耐え難かった。
幾多にも重ねられた死体、あるいは死骸の上を歩き続ける。
黒い耐水性ブーツはすでに真っ赤にそまり、耐水もそろそろ限界かも知れないとぼんやりと感じていた。
————いや………。
すべてが、限界だ。俺を支えているすべてが。
あれからもう3年。
俺はなにかを手に入れただろうか?
汚名と、絶望以外に———。