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Re: 壊滅の子守歌 〜デス・ララバイ〜 ( No.2 )
日時: 2011/03/26 21:30
名前: 無慈悲なアリス (ID: cQ6yvbR6)

  リー、お前、どこにいるんだよ……。

 
言い表せない口惜しさに顔をゆがませながら、俺は強く懇願していた。
どうして、どうして……世界は不平等に、不条理にできているのだろう。なぜ3年もこんな恐ろしい場所でたった一人戦っているのに、俺は報われないんだ。
いつも血と弱音を吐きそうになるのをこらえながら毎日を過ごしてきた。
ろくに光さえない無慈悲なこの闇のなかで、『彼女』を求めて、もう一度会いたいという強い思いだけをたよりに生きてきたのだ。


———なぜ、神は俺を見捨てたのだろう……。

なぜ、俺は………


「よう」

聞き覚えのある声が突如耳に響いて、俺は我にかえった。振り向くと、汚れて無精ひげをはやした、長年の友レインがそばの岩に腰かけて、俺を見つめている。その目にかすかに同情が光ったのを見て、俺は鼻を鳴らした。

「なに見てんだよ。それに、同情はまっぴらだって、一年と五か月前に言ったはずだぞ」

レインはにやりと笑った。「ほう。この世界で時がわかっているとはたいしたもんだ。みんな、地上にでると一分が一時間に思え、一時間が一分に思えてしまうこともある」

俺は睨み付けた。「うるせえ。当たり前だろ」

「…まあ、そうカッカするな。お前しばらくなんの手がかりもつかめなくてイライラしてるんだよ」

「そうだとしても、お前の世話にはならねえ」

俺はなぜか強がったが、内心はどうしようもない孤独感に心がうずいていた。レインはすべてわかっているという風にうなずき、それから赤黒い空を一瞥した。

「…変わってないな。ここは。いつだったか、青空がみえるのを信じていたのに、今じゃそれが先祖の記憶でしかわからない」

俺はレインを見つめた。「…先祖の記憶がわかるのか」

レインは苦笑してうなずく。「ああ。今までそれのおかげで正気を失わずに過ごしてきたからな。お前もそういう意味では俺といっしょだろう」

………。俺は答える代わりに目を細め、地面に視線を落とした。緑のクモ——クモとコケが合体した異形者——がせかせかと歩いている。猛毒で、ヘタになめては命に関わる。
レインもいつのまにかそいつを見ていた。

「…スバル。お前もそのクモのようだ。いつもはおとなしく、群れもつくらずに歩いているが、少しつつくとさっきとは別人のように狂暴になり、猛毒をまき散らす………。
そう。不安定なんだよ。地下では殺し屋と呼ばれているお前だが、心は絶えず揺れ動いている。微風のなかの蝋燭のともしびのようにな」

俺は反論もせずにレインを見据えていた。努めて彼の年齢を探ろうと眺める。だが、彼はいったい何歳なのか、見当もつかなかった。20代にも見えるが、50代のじいさんにも見える。
だが、彼の落ち着き払った不思議な口調とその言葉に、俺はわからなくて当然だという気持ちになっていた。

「スバル。お前は強い、だが弱い。この意味はわかるか?
五感だけですべてを読み取ろうとするな。それだけでは必ずなにかを見落とすものだ。
お前は超人並みの技と経験をもっているが、まだ心が人間のままなのだ。理性のことを言っているのではない。この世界で生きるには、つねに体だけでなく心にも鎧をまとっておくことだ。
お前が相手にしているヤツはお前の心などすぐに見透かしてしまうだろう。ヤツは心のスキを狙って痛めつける。かつてそうなってしまった輩を見たことがある………お前だけにはなってほしくない」

たとえようのない沈黙が俺たちを包む。
俺は押し黙ってまっすぐレインを見つめ、それからゆっくりとうなずいた。目が覚めたような気分で。

レインはしずかに微笑むと、立ち上がって両手をのばした。

「さて、いくとするか。スバル、お前はしばらくここにいるのか」

「いや。鍛冶屋にいく。もう何か月もいってないから」

「そうか。バックのところへか」

「ああ。久々にデス・ラインの雑魚たちを一掃した。ヤツらは俺を捜してるようだからな」

レインは笑い声を上げた。

「好都合じゃないか。お前はヤツらの本部を捜している。そしてヤツらもお前を捜している。やがて運命のいたずらとやらで会うだろう。お前もこれで報われるわけだ」

「リーを取り戻さなければ、報われない。だが、探さなければ意味はない」

「そうだ」

レインはうなずき、しずかな足取りで歩きだした。
俺はしばらくじっと立ち止まったままその後ろ姿を見つめ、それから瞳を閉じた。
ふいにリーの微笑みが頭の中で蘇る。


 リー、待ってろよ。
  俺が、絶対に助けてやるから。もっと強くなって、見つけてみせるから。