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Re: 壊滅の子守歌 〜デス・ララバイ〜 ( No.3 )
日時: 2011/03/26 14:36
名前: 無慈悲なアリス (ID: cQ6yvbR6)

「もう!アーシャ、こんなところにいたの?」

空をベタ塗りしたような、単調な青空を見上げていたアーシャは、双子の弟の声に、ハッとして振り返った。そこには肩で息をしながらアーシャをにらんでいるコリンがいた。

「ひどいよ。僕ずっとさがしてたのに」

「ごめん…」アーシャは金色に輝く髪に手をやりながら謝った。
コリンは顔をさっきとは打って変わり、顔をほころばせてうなずく。

「だいじょーぶ」

アーシャは苦笑した。

地球——アース——が第三次世界大戦によって、腐敗し、生物の文明が地下にうつったのは、もう20年も前のこと。
地下に新たにできた大都市たち——インターナショナル・ネオ・タウン——では、まるで地上のように暮らすことができるが、自分たちの頭上にある青空も太陽も、そして雲も……みんなアールフィシャル・ビューと呼ばれて人工的に造られている。

だから、いくら太陽がまぶしくても機械的な光であり、日射が強くてもそれは機械的な熱として伝わる。青空だって、絵の具の水色で塗ったようなもの。透き通るような青、というのは、もう永遠に失われてしまっている。
風なんていうのも、全部造りもの。
本来のものだなんて、もうかつて地上に暮らしていた生命しかない。

幼いころからかつての地上に憧れつづけていたアーシャは、この見晴らしの良い「リュークの丘」をときたま訪れていた。そして、空を見上げながらはかない望みを胸いっぱいに膨らませるのだった。

だがその望みは、必ずと言っていいほど深い悲しみに変貌することがあった。

「……、今にも、あの空が本物になってくれたらなって、思うの」

アーシャはささやきにも近い声で言った。
コリンは黙って空を見つめた。彼女の声からは、悲嘆と願望の苦い響きが痛いほど伝わってくる。
誰よりも、兄弟としてアーシャを愛するコリンは、そんな彼女を見るのがたまらなくつらかった。

「…アーシャ…」

アーシャはすすり泣きをしていたがやがて頬に涙のすじを光らせながら涙声で嘆き始めた。

「…ねえ、どうすればいいのか、時々わからなくなるの。
あたし、悲しむよりは憎んだ方が、恨んだ方が楽だと思ってるから……、本で見るような美しい空や景色を、失わせてしまった人がいるはずなのに、誰を恨めばいいのか、誰にこの悲しみの責を負わせればいいのかわからないのよ……!
——大人たちは、みんな本物の空をしってる。でもあたしたちは見たこともないのよ!でもそれは誰の責任でもないの。分かってるわ、それくらい。でも、でももう、あたしたちが本物の空を見ることは永遠にない。そう思うと、たまらなく悔しいのよ」

華奢な肩が、悲しみのために震えている———深い悲しみ。
無責任な大人たちには決して分かるはずがない悲しみ。
そして、楽観主義のコリンでさえ頭がおかしくなるほどの悲しみだ。

コリンはふいに単調で無表情な空に目をやり、やがてなにかを振り切るかのように顔をそむけ、アーシャの肩に手をやった。

「…アーシャ。きっと、くるよ。本物の空を見上げる日がね。
そう思っていようよ。たとえ可能性がたったの1%だとしても、信じてみる価値はあると思うんだ。今、世界政府が地上を元通りにする計画をすすめてる。やっぱり、地下にも限界はあるからね。
……それに、僕たちノーム・チルドレン(地上を知らない子供たちの総称。第三次世界大戦後に生まれた子供すべて)の限界もね……」

アーシャはコリンを見上げた。頬が紅潮し、今にも泣き叫びそうな顔をしている。

「ほんとうに?」

コリンは微笑んだ。「ほんとうに」