ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 壊滅の子守歌 〜デス・ララバイ〜 ( No.4 )
日時: 2011/03/27 09:59
名前: 無慈悲なアリス (ID: cQ6yvbR6)

すべてが、限界に近づいている。


        *


この生活を続けるのと、世界が終わるのは、どちらがいいだろうか。

俺はバックの手慣れた手つきをぼんやりと眺めながら物憂げに考えていた。毎日、毎日モンスターを殺し続け、情報を求める。毎日、毎日リーのことを想い続け、彼女の苦しみを思うたびに胸が痛み、デス・ラインへの憎悪がつのってゆく。
いつかそんな日々が終わるのを祈り続けながら、また俺は殺し続ける。

世界が終われば、俺はその苦しみから解放されるだろうか。
囚われているリーの苦しみも終わるだろうか。
世界の不条理は、消えるだろうか……?

——そして、神は消えるのだろうか?

やがて俺の思考は「神」という壁にぶち当たり、そこで激しくフラッシュした。白い光を放って、思考回路が閉ざされる。
気が付いたとき、目の前に俺の愛剣をもって心配そうに見つめているエメラルドグリーンの目があった。

「大丈夫か??」鍛冶屋バック・ヘンリーは低い声で訊いた。

俺はうなずきながら目をこすり、苦笑いをしてポーチをまさぐった。

「……ああ、疲れたみたいだ。ありがとう、何カル?」

バックは微笑みながら答えた。「常連中の常連だからな。安くしてやる。230カルでいい」

「ほいよ」俺はすばやく渡し、ニヤリと笑った。
「それいつもいってるぜ」

バックはカルを箱に入れながら言った。

「今回だけはいつもの20カル安くしてる」

「ホントだ。いつもはお決まりのセリフのあとは250カルだものな」

「俺の気前のよさがわかるだろ」

「そのいかつい顔からはうかがえないがな」俺はぼやいた。

バックは口を真一文に結び、浅黒い肌をした額にしわを寄せる。俺はふいにその日焼けした肌がたまらなく羨ましく思えた。

「バック、それはかつてのアースの名残か?」

「この肌か?」バックは訊き返す。俺がうなずくと、バックはそのとおり、とかわいた笑い声を上げた。

「20年前はなんと海のそばで暮らしてたのさ。ホワイト・ビーチが恋しいよ。あれをもう一度見る前に、俺は死ぬ気はない」

「俺もみたいさ」死ぬほどな。

「感動するぜ。青空は美しいものだ」バックはうなずく「それに…海もな」

「海っていうのは、赤くないのか」

「ああ。理想の地上はほとんどが美しい青だったんだよ。風も穏やかですずしくて………、あれは絶対に人間が再現することができない」

「だからあんたは地下へ降りないのか?」俺はバックを見た。

バックは苦笑しながらうなずく。「ああ。地下は夢を見ている人間たちの暮らす場所だ。ノーム・チルドレンが可哀想さ。だが、平和に生きるにはあそこしかないからな」

やがて沈黙が二人を包むと、戸口の鈴がなって一人の女性が入ってきた。
バックはそれを見るなり、顔をほころばせた。

「やあ、久しぶりだなあ。ユーナ」

俺はユーナと呼ばれた女性をしげしげと眺めた。端正で、綺麗な顔立ち。うすいプラチナ・ブロンドが背中で波打ち、パープルの瞳が輝いている。肌も透き通るように白く、バックが喜ぶのもうなずけた。
ユーナは優雅な足取りで近づいてくると、バックに一礼した。

「さあさあ、どうぞ。今日はどうしたんだ」

ユーナは魅力的な微笑を浮かべながら俺のとなりに腰かけた。淡いライトに照らされたブロンドが光る。どういう関係だろうと、俺がバックを盗み見ると、ユーナは綺麗な声で言った。

「誤解しないで下さいね。私はあなたと同じようにバックの常連です。あなたのことはバックから聞いていましたから、お会いするのをとても楽しみにしていました」

バックも加勢をする。「そうだぞ、スバル。ユーナさんはお前と同じくらい長年ここを訪れてくれる人なんだ。むしろ会うことがなかったのが不思議なくらいだよ」

「ええ。本当ですね」ユーナは言った。

「俺とユーナさん以外に常連はいんのか」

なんだか怪しくなって、俺は目を細めた。もしかしたら、バックの常連の中で男は、俺だけかもしれないという疑問が横切る。

「ああ。長剣使いのリリアンとか、小斧使いのレニーなんかもそうだ」

「女だな」と俺。「あらほんと」とユーナ。

バックは赤面しながら俺を睨み付けた。

「やましいことは考えてねえぞ、スバル」

「どうだか」俺は笑った。予感・的中だ。なんとも妙な気分。

「ところで、スバルさん。あなたはデス・ラインについて調査していますよね」

「ああ」俺は身がこわばるのを感じた。警戒心がまとわりつく。
ユーナはいつになく真剣な様子だ。バラ色の頬が緊張で固まっている。

「実は、わたしもそうなんです」

それには、俺もバックも目を見開いた。