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Re: 宵闇時エレジー ( No.1 )
日時: 2011/03/29 14:59
名前: なのα ◆J4LaCuItG2 (ID: LKKQF4iF)

*1


 魔王は、目の前にある光景が信じられなかった。目の前で、上質に仕立てられたドレスに身を包み佇んでいるこの女が、まさか。——三日三晩戦いに明け暮れ、なお決着がつかなかった女勇者。その時の勇者とは、信じられない。美しい金髪は闇の中にあってもその輝きを失わず、顔はどこか秘めたる決意を感じさせる。その美しさは魔王といえども見惚れてしまうほどだった。

「魔王さん」

 沈黙を彼女が破く。おっとりとした口調にやはり、あの時の面影はなかった。魔王は呆然と立ちすくんでいたが、すぐに威厳を取り戻した。えへん、咳払いをして一言。

「なんだ」
「これから、よろしくおねがいします」

 そうだ、この女はこれから一生ここに住まうのだ。かつての戦いでは、勝敗を決せなかった相手が今ではもう意のままにできる。これほど魔王にとって愉快なことはなく喉の奥でくっくと笑う。
 ——我が軍は北の国で戦争に勝ち、そしてこの純然たる娘を生贄としてもらった。さて、どうしてやろうか。

「それにしても魔王さんって」

 またしてもこの娘は恐れを知らない、と魔王は思った。

「顔立ちが整ってますよね、羨ましいです!」
「……この小娘、お前は生贄という身分なんだぞ?」
「知ってますよ。 けど、魔王さん」

 急に女の声音が低くなる。魔王は背筋が少し寒くなるのを感じるのと同時に、あの時の戦いを思い出し深い悦楽にひたる。口角が自然にあがり、つられてふふっと女も笑った。

「私も命が惜しいのです。もし命を脅かすようなことがあれば剣を手に取ります」

 魔王は、愉快に笑い声をあげながら「そうか」と深くうなずいた。