ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 天使の右手〜Angelus=dextram〜 ( No.2 )
日時: 2011/03/30 13:34
名前: EEE (ID: BZFXj35Y)

【Episode1-1 新境地】

言葉は悪いが、“餓鬼の頃は誰でも好奇心旺盛で欲深い”のだ。
現にそれが原因で、大体の少年犯罪或いは物語は始まる。問題の根本は“少年時代”とも言える。
つまり、この物語もそれだ。始まりは“押さえられない衝動”からだった………


────4月8日 午前11時半過ぎ


桜が開花し始めた今月4月に突入し、ようやく冬の寒さが引き始めた。
東京の気温も20度前後と晴天に恵まれ、花見日和となっていた。
桜の木の下で、豪華な何段もの弁当を広げて酒を飲みあう───これぞ、日本と言う風景だ。

だが、そんな平和ではない場所もあった。

東京都内ではエリート校として有名な空谷学園高等学校。通称‘空学’。
白色を基調した5階建て校舎は、豪壮に閑静な住宅街の中で建っていた。
グラウンドに聳え立つポールには、空高く学校の校章と日の丸の旗が掲げられている。
春休みも終わり、空学の生徒達は始業式を終えて帰宅の途中だった。

        1人の生徒を除いては─────

グラウンドにある、普段は誰も寄り付かない古い体育倉庫の裏に1人の男子生徒が立っていた。
短い髪を掻き毟りながら、特に特徴のない容姿の男子生徒は、数秒ごとに表情をニヤリと濁らす。
「……緊張するな。てか、まさか本当に“サヴァン”が存在するとは………しかも我が校に。」
胸に‘鈴木’と刺繍が入れられたカッターシャツを着ている男子生徒は、時折グラウンドを見渡す。
鈴木も、例の裏サイトの住人であった。
2013年現在も特定の人間が利用している裏サイト『タキオン』。意味は‘光を超える可能性’。
管理人は不明であるが、このサイトは現在も潰れることなく続いている。
このサイトが潰れなくなった原因は、今から証明される。
「そろそろ12時か……現われなかったら、ぜってぇサイト炎上するな。ハハハッ…ん?」
鈴木が1人で笑っているその時だった。


「こっちに来い。急げ。」


「お、おいおい…んだよ……生徒会さんがそんな格好しちゃってよ。」


制服の上からパーカーを着てフードを顔で隠している生徒。
謎の生徒は、髪を茶髪に染めて見るからに不良である生徒の腕を引っ張りながら、グラウンドに現れた。
2人の会話は、鈴木の耳に聞こえた。
「……まさか…あいつらのどっちか?」
鈴木は苦笑いを浮かべ、半信半疑の眼差しで、グラウンドの中央付近に来た2人を見守る。
謎の生徒は不良の腕から手を離すと、右手の袖を肘まで捲り上げた。
そして鈴木と不良は、謎の生徒の袖下の露となった肘を見て唖然とした。




肘から手首にかけて、見たことのない言葉で描かれた図や文章がビッシリと書かれている。




その右手の肘中央には、悲しげな表情を持つ天使の全体図が繊細に描かれていた。
謎の生徒は右手を拳に変え、不良の方に視線を移す。
「な、なんだ……お前…生徒会だろ!?そ、そんな刺青してたら…………」
「貴様には関係ない。お前はただの生贄だ。新境地を客に見せつけるためのな。」
右手を構え、謎の生徒は躊躇なく不良の腹部に強烈な右ストレートを入れた。

     「う、ぎゃぁぁぁぁ!?」

不良はなぜか悲鳴を上げながら倒れ込んだ。殴られただけの筈なのに、白目をむいて苦しんでいる。
「学校の危険分子は殲滅する。この、天使の右手でな。」
謎の生徒は右手を空高く掲げた。
先程まで悲しんだ表情を見せていた天使の絵は、いつの間にか満面の笑みに変化していた。
「い…たいよ……ぉ………た…すけ……てぇ………お…ねが………───────。」
腹部を押さえて苦しんでいた不良は、数分後に息を引き取った。
「見たか、サイトの住人ども。サヴァンは存在するのだ。」
謎の生徒は片足で不良の体を踏み、学校の周りをゆっくりと見渡す。
「今ここに、非現実的な事は絶対ないという概念が崩れた。新境地だ、新たな世界が始まる。」


「ま、マジかよ……あいつ…………」


体育倉庫の裏で、一部始終を見ていた鈴木は徐に携帯を取り出し、カメラ機能を起動させる。
カメラを謎の生徒に視点を合わせ、ボタンを押そうとした次の瞬間、鈴木の肩に何かが触れた。
「え?」
鈴木が自身の左肩を見ると、誰かの手が置かれていた。
「誰?」

「消えな。」

鈴木が後ろを振り向こうとした瞬間、何の前触れもなく、鈴木は体育倉庫裏から姿を消した。
それはまるで、風船が割れた瞬間の様に一瞬の出来事だった。
「まさか学校に“タキオン”の利用者がいるとは……思いもしなかった。」
グラウンドに立つ謎の生徒同様、制服の上からパーカーとフードで顔を隠した第2の謎の生徒。
鈴木の肩を触れていた左掌には、六芒星が5つ円状に書かれ、その中央に五芒星が書かれていた。
「残念だけど君も危険分子だ。鮫の餌食となって死ぬがいい。」
地面に落ちた鈴木の携帯電話を踏みつぶし、第2の謎の生徒は合掌した瞬間にその場から消えた。


こうして、空学の生徒2名の名前が在学表から消え去ったのだった─────