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Re: 天使の右手〜Angelus=dextram〜 3話UP ( No.9 )
日時: 2011/03/31 17:56
名前: EEE (ID: BZFXj35Y)

【Episode1-3 正義】

蒼空と優衣は、生徒会室を後にして一旦自宅へと戻ろうとしていた。
「どうする?私達、部活生か先生に見られてたらアウトじゃない?」
「心配するな。生徒会だぞ?僕達は周りから信頼感を得ている。」
蒼空は勝ち誇った笑みを浮かべ、優衣と足を並べて校舎を出た。
すると、前から1人の男子生徒が走ってきた。男子生徒と蒼空は肩をぶつけ、よろけて男子生徒は倒れる。
拍子に、恐らく胸ポケットに入れていたのであろう生徒手帳が地面に落ちた。

「痛っで………うっ〜…やっぱコンタクトレンズは合わないかな〜?」

「おい、お前。」

男子生徒が目に指を入れてコンタクトレンズを調整していると、蒼空は謝りもしないことに苛立った。
落ちた生徒手帳には久遠奏太(くどう そうさ)と書かれている。
蒼空は奏太の目の前に立つと、しゃがみ込んで奏太の顔を覗きこむ。
「おい、まず謝ったらどうだ?」
「あっ……す、すみません…。」
奏太は顔を俯いてまま言うと立ち上がり、そのまま校舎へと向かうとした。


   「気にいらない。優衣、こいつも飛ばせ。」


さすがに理不尽と思ったのだろう。優衣は表情を変えて、蒼空の言葉に首を横に振った。
「いいじゃない、それぐらい許してあげなよ。」


「あ?優衣、僕に命令してるのか?あいつを飛ばせと言ってるんだ。」


「オカシイよ………蒼空、あんな奴はいずれ死ぬんだし、今殺さなくても…………」




        「今殺せと言ってるんだ!!!!」




蒼空の叫び声に、校舎へ向かっていた奏太は思わず後ろを振り向いた。
優衣は今まで見たことのない蒼空の切れっぷりに、恐怖を感じる。
「ど、どうしたの………」



─尋常ではない目をしている─



              ─精神が壊れた?─



      ─どうしたの……蒼空!?─



優衣は頭の中に浮かぶ質問を言うとするが、恐怖で口が思うように動かない。
蒼空は優衣の腹部に右手を当てる。
「俺がこの右手で殴れば、お前は一瞬で死ぬ。どうする?俺を飛ばして殺すか?殺人鬼さんよ。」
「なっ……わ、私は………」

「鈴木も秋元も、志波会長も、結局最後はお前が殺してるだろ?事実だ。」

不気味に微笑んだ蒼空は、優衣の腹部に当てている手を拳に変えた。
その時だった。





       「や、止めろ!!!!」




蒼空の右から強烈なタックルと叫び声が聞こえたかと思うと、蒼空はそのまま右に吹っ飛んだ。
蒼空にタックルしてきたのは、先程の久遠奏太だった。
優衣は地面に倒れている奏太と蒼空を見比べ、奏太に手を差し伸べた。
「き、君!!こっちに来て!!逃げるよ!!」
「え、あ、はい!!」
奏太は優衣の手を握って立ち上がると、そのまま校舎の方へと逃げて行った。

「ぅ……くそがっ…………あんな奴の味方になりやがって…」

蒼空は地面に倒れた時に後頭部を強打しており、頭から少量だが流血していた。
校舎の方を見ると、最上階の5階の廊下を走っている2人の姿が見えた。
「優衣、同士とはいえお前も殺してやる。」


  ▽  ▲  ▽  ▲  ▽  ▲  ▽


校舎の5階に逃げた奏太と優衣は、いつも鍵が開いている第2理科室準備室に逃げ込んだ。
この室のドア鍵は現在壊れており、準備室を通って第2理科室に入った。
2人は部屋の奥の机の陰に隠れ、荒い息を整える。
「あ、ありがとう……助かったわ……」
「いや、殺すとか聞こえたら、反射的に動いちゃって…。お父さんの癖かな…」
「お父さんの癖?」
「あ、僕のお父さん、警察で…。‘正義の心を持っている奴は良い奴だ’って言ってて…」
優衣は首を傾げる。今の言葉と奏太の行動が結びつかない。

「僕、偽善者が嫌いで……つい動いちゃったんです。」

奏太は微笑みながら言った。
優衣は奏太の言葉を聞き、今までの自分の行動と蒼空の行動や言動を振り返る。
「それなら…私たちは悪人だ………悪い事ばかりしてきちゃった…」
「そうなんですか?」
奏太の言葉に優衣は頷いた。そして、自分の哀れさに悔しさと恥ずかしさが込み上げてきた。
声を殺し涙を流して泣くと、奏太がポンポンと肩を叩く。
「大丈夫。悪い事をしても、まだ間に合う。今から努力すれば必ず報われますよ。」
奏太が笑顔で言うと、優衣もつられて笑った。


が、その直後だった。


理科室に轟音が鳴り響き、ドアが勢いよく吹っ飛んだ。


    「おい!!ここにいるのは分かってる!!!大人しく出てこい!!!!」


理科室に蒼空の叫び声が鳴り響いた。
「ど、どうしよう………」
「大丈夫。理科室なら、僕に地の有利もある。」
奏太はニヤリと笑い、目の前にある化学薬品が並べられた棚を見る。
「化学は得意分野なんで。」
「私も手伝う。」
2人は身を潜めながら二手に分かれた。
奏太は棚から複数の瓶を持ち、再び机の裏に隠れる。



『……彼は一般人だけど、そんなこと言ってられないよね……』



優衣は自身の左手を見た。
「蒼空を倒すには、彼をサヴァンの世界に引き込むデメリットがある……。」
優衣は一瞬躊躇したが、先程の奏太の言葉が蘇った。



     ─正義の心を持っている奴は良い奴だ─



「良い奴に……なってやる…」
優衣は笑顔でそう言うと、左手に力を込めた。