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Re: 天使の右手〜Angelus=dextram〜5話UP ( No.13 )
日時: 2011/04/02 12:46
名前: EEE (ID: BZFXj35Y)

【Episode1-5 新たな人生】

不気味なほど、理科室は閑散としていた。
右目だけを残して溶けた顔面でも、蒼空の表情が引き攣っているのが分かった。
袖を肘まで捲り上げ、奏太は自分の手に浮かぶ奇妙な文字と天使の絵に見とれていた。
「これは……何?」
奏太は立ち尽くしている優衣の方を向いて聞いた。

「天使の右手……あなたも、私たちの仲間よ。」

優衣は頭の中が混乱しながらも、冷静を装って奏太に言った。
しかし、奏太はサヴァンの存在すら知らないのだ。自身の右手から右肩に浮かぶ刺繍を見つめる。


「くどう………俺が…いぎでるうぢに………ぢゅうごくしでおぐ………」


硫酸で壊れた喉を必死に動かし、枯れた声で蒼空は奏太に言う。
「ザ……サ…ヴァンになっだいじょ………ふづう…の……じんぜい…………おぐれるど……」


      ──────バタッ


喋っている途中であったが、蒼空はその場にバタリと倒れた。
「蒼空!!!」
優衣は蒼空の名前を叫んで駆け寄る。
蒼空は顔面から血を大量に流して、たった今、失血死した。
これがエゴイストの最後であった。
数時間前までは「世界を再建する」などと夢を語っていた人間が、目の前で死んでいった。
「………あの……死んだんですか?」
「えぇ……けど、私は悲しくなんかない。彼の死は神の鉄槌、サヴァンが人間になり下がった結果。」
優衣は立ち上がり、若干だが悲しげな表情を見せながら奏太の方を見る。
「あなたは、これからこちら側の世界で生きていくことになる。」
「…こっち側?」

「あなたは人間じゃない。……サヴァン、超能力者よ。」

言葉を聞いた瞬間、奏太は唖然となり首を傾げた。
「サヴァン?なんですかそれ?」
「病的超能力者。あなたの右腕に浮かぶ刺繍、それが何よりの証拠。」
右腕に浮かぶ天使の白目と、奏太の目が重なる。奏太は優衣の説明を聞いても理解できなかった。
いや、理解できないのではなく、理解することが不可能なのだ。
そのような非現実なことは映画、アニメ、マンガ等だけの話であるからだ。




「これから、あなたは新しい人生を歩むことになるのよ。新しい道ができたの。」




「あなたも、サヴァンなんですか?能力を…持っているんですか?」
奏太の質問に、優衣は大きく頷いた。そして、左掌を奏太に見せる。
六芒星が5つ円状に書かれ、その中央に五芒星が書かれている。
「私の左手は通称‘閃光の左手’。触れた物や自分を好きな所に飛ばせる。」
優衣は説明すると、左手と右手を合した。その瞬間、奏太の目の前から優衣が消えた。

「あっ!!」

しかし、数秒後に再び優衣は現れた。
「ハワイまで行っちゃった♪ハイこれ、どうぞ。」
優衣はハワイアンブルーのかき氷を奏太に渡した。
確かに、かき氷の入った紙の容器には外国語で全て表示されている。
「嘘……すごっ…………」
「これで信じてくれる?」
「はい……でも、僕の能力は一体………」
奏太は右手に少し力を込めてみる。



     ジュワァァァァァァ…………────────



かき氷が、発煙しながら溶け始めた。
「え…?え…!?な、なにこれ!?」
かき氷は一瞬で溶けて、透き通った青色のハワイアンブルージュースになった。
「……能力が変わってる、なんだろう?」
優衣が奏太の右手に触れると、沸騰したやかんに並ぶ熱さを感じた。
「あっつ!!な、え……どういうこと!?」




        『天使の右手……能力機能が変わっている!?』




優衣は目の色を変えて驚いたが、まずは奏太に理解させることを優先することにした。
「そ、そう、あなたの能力は………あれよ、えっと………天使の右手よ。」
「天使の右手?どこが?」

正当な質問に、優衣は思わず納得した。

「………蒼空は元々、あなたみたいに優しくて善人に近い人間だった。だけど、その手のせいで変わった。」
優衣は自分でも知らぬ間に、なぜか蒼空の昔のことについて話し始めた。
優衣は一瞬意味が分からなくなり、「今のは忘れて。」と言い、奏太の右腕に指を指した。
「ただ単に、右手に天使の絵が浮かび上がっているからよ。」
「でも、どうして突然こんな物が………」
「天使の右手には自我があるの。その能力には意思が存在するのよ。」

    能力に意思──────

その言葉を聞いて、奏太は何を言えばいいのか分からなかった。



非現実的な能力を手に入れ


ハワイアンブルーのかき氷を溶かし


その能力には自我がある






      ───────







「………えらいこっちゃ。」
奏太はとりあえず、ここは簡単に整理した。
「あなたはここで待ってて。私は、蒼空を埋葬してくるから。」
「警察に言った方が良いんじゃないですか?」
「この状況、警察に話し様がないわ。」
優衣はそう言うと、蒼空の遺体の横にしゃがみ込み、左手を蒼空の胸に置いた。

「あなたが好きだった場所に埋葬してあげる。さようなら、蒼空。」

優衣は左手に力を込め、蒼空の遺体と共に理科室から姿を消した。



「新しい人生か……まぁ、それもアリかな。」



理科室に残った奏太は微笑むと、散らかった理科室の後片付けを始めた。