ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: <タイトル、保留> ( No.1 )
日時: 2011/04/01 12:36
名前: カキ子 ◆74EC9roHQw (ID: oShmi/gg)

第一章 加賀見ケイと坂田雄二郎

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 坂田雄二郎は、目の前の光景に極めて白けた表情を向けていた。

 「あーピファ。ピファらべたいよお」

 そんな視線を気にする——いや、気付く事さえなく、彼女は悲しげな声をあげ口をもごもご動かす。この女、茶色かかったボサボサの髪に、顔の半分を覆う眼鏡、下はくすんだ青色のジャージに、上は灰色のTシャツ。どうやら下着を着てないらしいそのTシャツの上からは——これ以上はご想像におまかせするとして、格好からして多少の色気は感じさせてもおかしくないのだが、テーブルの上におかれた大きなボール、その中には大量のブロッコリー、そして小皿にブロッコリーを数個取っては多量のマヨネーズをぶっかけ、手を止める事無く口に容れていく姿には最早「女」の欠片もないように見受けられた。

 こいつは、まだ昨日の事を根に持っているのか…。雄二郎はこの女の変人っぷりには感動すら覚えていた。

 昨日の夜、祖母が外出中であったがため、雄二郎はピザのデリバリーを取った。夕方この女が本屋で大量に本を購入していた所を目撃していた事から、どうせ今日は部屋から出てこないだろうと踏んだ。だいたい二週に一度は本屋で引くほどの量を購入し、それが読み終わるまで一歩も部屋から出ない、というのがお決まりだった。

 しかしピザを食べ終わった頃、部屋の食料が尽きたのか、のそっと幽霊のように現れたこの女は、雄二郎が一人でピザを食べてるのに対して「ずるい!ずるい!」と完全に子供と化したのだった。確かに何の提案もなしに、雄二郎が一人でピザを食べてしまったのはいけなかったと雄二郎も思っているが、それでもこの女が馬鹿みたいに非常識な存在であるが故、常人の雄二郎は冷静に己の非を認めざるを得ないのだ。「逆恨みだ」と一蹴してしまえばいいものを…。

 だが常人の感覚を麻痺させるものこそ、非常識というものである。この女——そろそろ名前を出しておこうか——そう、加賀見ケイと約三年義兄弟として暮らし始めたのがそもそもの元凶、狂いの始まりだったのだ。

 「ブロッコリーうま!」
 ——なんて雄二郎がため息をついているうちに、ケイの機嫌は元通りになっていて、美味しそうにブロッコリーを頬張っていた。

Re: <タイトル、保留> ( No.2 )
日時: 2011/04/01 12:37
名前: カキ子 ◆74EC9roHQw (ID: oShmi/gg)


 「雄二郎、今日はなんがつなんにち?」

 こいつは。時々わざと聞いてるのか?と思うような口調で投げ掛けてくる。今更ツッコんだりはしないが、心の中ではしっかりツッコむ習慣が雄二郎にはできてしまっていた。

 「四月一日」

 ぶっきらぼうに答える。ケイは途端に「きゃっ!」と、少女マンガの主人公が足元に虫を発見してしまった時のような声を発した。最も、それは刹那の驚愕というよりも嬉々とした感情を含み、ピュアな乙女の影もなく、胡散臭さ極まりなかった。

 「春だねぇ」

 心底、嬉しそうにイスの上で体育座りをし、天井を仰ぐ。先ほどまでボール一杯にあったブロッコリーはどこへ行ったのやら、影も形もなかった。

 春。ケイが一番好きな季節だという事を、雄二郎は承知している。もう好きにしろ、雄二郎は嫌でも耳に入ってくるケイの独り言を聞きながら、祈るように思った。

 「春の何が良いか、やっぱり本命は桜だよね。早く桜見たいな。寒くて動くのも面倒な季節にふと感じる暖かい風…。あれ堪らないんだよねえ!起きだす虫達も堪らん。くくく……早く蟻出てこないかなあ…くっくっく」

 ケイは自分の話を他人に聞いてもらおうなんて気はさらさらない。だから大きな声で独り言を話せる。声に出し、その情景を思い浮かべる事に楽しさがあるからだ。そしてそれが、後に実行する計画であるとするならば、尚更彼女の心は躍っている事だろう。

 なんでこんな女と俺は暮らしてるんだ。雄二郎は三年経った今も、その疑問、不満は常に付き纏っている。

 しかしこんな事、口には出せない。無論、ケイに気を遣っている訳ではない。お世話になっている祖母の為に、多少の不満は飲み込まなくてはならない。

 この辺の事情は大いに気になる所であろうが——。もう少し進んだ所で述べる事にする。せいぜい推測を楽しんでくれ。


 「ケイ」
 「なに?」

 ケイは小首をかしげて雄二郎を見る。——これだけなら、可愛いといえなくもないんだがな——思わず苦笑しつつも、仏頂面を崩さす言い放った。

 「分かってると思うけど、六日にはいよいよ高校生だからな。お前のその性格が中学みたいに通じると思うなよ。あの高校にはお前とは違う次元の連中がたくさんいるんだからな」
 「違う次元?」
 「不良にギャルだよ。訳分かんねえ事言って目ぇつけられたらお前、終わるぞ」
 「ああ、雄二郎みたいな人達か」
 「ちっげーよバアアカ!」

 ケイはそんな事どうでもいいと言うように大きな欠伸をした。——本当に、中学までが奇跡のように思えた。小学校から面子に変わりがなかったというのもあるかもしれないが、中学でのケイの数々の奇行…。同級生は理解ある連中だったと今更ながら感嘆した。

 「でも雄二郎と進路の相談何もしてなかったのに、第一希望が同じ高校だったなんてベタな偶然だよねえ」

 この女の性格はどこまで捻じ曲がっているのか?全国の女子高校生は驚きだな、と雄二郎は嘲笑した。ケイは雄二郎の嘲笑った表情に気付くと、ひょうきんとしていた雰囲気を一変させ、低く声を発する。

 「雄二郎、馬鹿にすんのもいい加減にしろよ」

 自分が馬鹿にされたら怒るか?なんて自己中心的な奴だ……。雄二郎はつくづく思う。こいつには何度失望した事か。人間としてあまりに欠陥だらけ。雄二郎でなくとも、ケイみたいな人間を好む人はいないに等しい。実際中学ではいじめられはしなかったが、浮いた存在だった。友達も、雄二郎の知る限り一人だけ。いや、一人でもいる方が驚きだろう。

 「ばあちゃんもよくこんな礼儀しらずな女、家に置いとけるよな」

 挑発だった。あえて怒らせるような事を言ってみた。ケイは絶対に手を出してくる——なんせ中身はまだ幼稚園児並みだ——と、思ったが、ただ押し黙って体育座りの姿勢のまま、足の指だけをくねくねと動かしていた。

 最低ダメ人間でも、世話になってる人の事を考えるくらいはできるのか…。雄二郎は幾分か冷静さを取り戻した。


 それからは何となく気まずい雰囲気の中、二人は祖母の帰りを待った。