ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 怪談話 ( No.66 )
日時: 2011/08/15 14:58
名前: 夕海 ◆7ZaptAU4u2 (ID: LXdRi7YQ)

お久しぶりです、秋桜様。元涼で今は夕海ゆみです!
真夜中の訪問者、鳥肌すら立たない駄作ですよ(笑
ではでは、お言葉に甘えて二作目を書かせて頂きますね。
ちなみにオリジナルです。


  #02 [寒いよぉ]


長谷川奈央。あたしは降りしきる雨の中、必死に駆け込んでいた。
あたしは悪くない、と独り言を呟いて。
あたしは悪くない。悪いのは、あの馬鹿の方よ。
馬鹿でまぬけだったから、……あたしは悪くなんかないわ。
雨で煙ったい町の方へと向かう。




暇だったから、気弱い莉絵を引き連れて何処かへ行って悪さする。
別に罪悪感も別段こんなことをしてはいけないと思ったことない。
何故なら、あたしはこの町一番の大手不動産の社長の一人娘だから。
敵に回したら、即あんたの人生はおしまい。
だから、誰も逆らえない。
此処はあたしの玩具箱。
気まぐれで残虐だ、と勝手に陰で罵りも恨めば良い。出来るなら。
莉絵はあたしの会社に働いてる平社員の一人娘だった。
そこに目をつけ、当然あたしに逆らえもせず、良いパシりになった。
例えば、あたしがお小遣いが足りなくて買えない漫画を万引きさせる。
綺麗な桃色のグロスを買わせる、可愛いシャーペンをプレゼントさせたり、誰かに嫌がらせをさせたりした。
色んなことをしたわ。まあ、今のは序の口。
あんな奴。弱いから、あたしにパシりにされて性格さえ狡賢ければあたしは認めてやったのにね。
とことん、馬鹿な奴。
まぬけな奴。あんな奴、弱いから自業自得よ。あたしは不敵だもの。
そして夏である日の午後。
あたし、学校で行ってはいけない沼に来ている。
そこは昔から底なし沼として知られている、とても危険な場所。
丁度今はお盆だった。
お祖母さんに聞いた事あるけど、地獄の釜が開く時らしい。
もしも、川や沼を泳いでいたら、たちまち地獄へと引きずられるとか。
面白い。
こいつにやらせたら、どうなるのかしら。
あたしは嫌がる莉絵の反論を無視し、水着を持ってないと喚くから、あたし。ムカついた。
—— 気が利かない奴っ!!
あんまり喚くから、沼の水飛沫が飛んでワンピースの裾についた。
お気に入りの白くレースとフリルがついた上品なワンピース。
それが、薄汚い沼の水飛沫で汚れた。
—— 何をするのよ!!……あんた、絶対に許さないんだからっ!!
激怒で怒りに身を任せて—— あいつを沼に突き落した。
ううん、突き落としたんじゃない。少々無理に沼へと入らせたのよ。
だけど、あいつ。まぬけだから、足を滑らせたんだわ。
きっと、そうよ。
あたしは悪くない。良い気味だわ。自業自得、そこで喚いてなさい。
泣き喚くあいつを無視し、あたしは引き返した。




引き返す途中、莉絵の声がぱたんと途絶えた。
何かが水に溺れる音がした。
——— 嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘………!
怖くなった、あたしは必死に森の出口へと駆け込んだ。
沼は森の出口近くにある。
そんなに遠くないし、莉絵の家の近くだったから、暇潰しに来ただけなのよ。
なのに。莉絵の馬鹿が足を滑らせたから。
なのに、莉絵の馬鹿があたしのワンピースを汚したから。
だから、だから。悪気はない。そう、あたしは絶対、悪くない。
莉絵が悪いのよ。
莉絵がワンピースを汚すから。
あたしはまだ人生を堪能したいの、パパとママに思いっきり遊んで貰いたいの。
まだ7歳なのよ。
こんな馬鹿な真似をするはずがないじゃない。
途中で雨が降って小雨だったのに、大雨となって本降りになった。
とっくに体が全身ずぶ濡れだった。
構ってられない。
早く早くあたしの大好きな家に帰って大好きなママに遊んで貰うの。
おやつは甘い甘いミルクティー、そしてショートケーキ。
今日は奈央の大好きなおやつだよ、と今朝あたしに笑ったママの顔を思い浮かんだ。
さあ、早く帰ってしまおう。
莉絵の奴はきっとあがったんだわ、底なし沼はただの噂話なだけ。
自分を呼ばないのは馬鹿だから。そうよ——……莉絵が悪い。
そう。莉絵が悪い。あたしは被害者、皆から可哀想と同情されるのよ。
もう少しで家に着くわ、と前を見上げた。
そして絶句する。
まだ森の出口すら出てなかった。
どういうことなのよ。あんなに走ったのに、可笑しいわ。可笑しい。
足が竦んだあたしの耳元から聞こえた、莉絵の声。

—— 寒いよぉ

ひっ、と言葉にならない声で悲鳴を上げた。
莉絵の奴、何処までおちょくる気——

「ち、ちょっと莉絵!あんたね、ふざけないでよ!!」

言った途端。足が勝手に歩き始めた。
向かう場所は—— 沼。

「ひ、い、……やだっ!!嫌、嫌、いやああああっ!!」

泣き喚いても、止まらない足。
そして聞こえてくる莉絵の声。

—— 寒いよぉ


「やあああ!寒いなら、帰りなさいよ!!」


—— 寒いよぉ
—— 寒いよぉ
—— 寒いよぉ
—— 寒いよぉ

何度も何度も聞こえてくる、莉絵の声は止まない。
だんだんと沼に近づいていく。
遂に足踏みするけど、沼に入る寸前。重かった体が不意に軽くなる。
そして背後から、あたしを覆いつくす人影。

「お嬢ちゃん、こんなところで何をしてるんだ。危ねぇぞ」




その後、あたしはたまたまトラックで近くを通りかかった農業のおじさんに家まで送ってもらった。
あの沼に近づいたことでパパとママに一杯怒られちゃったけど、別段とても怖いと思わなかった。
農業のおじさんとはその縁で毎年必ずおじさんの所で採れた野菜を送って貰うことになった。
また莉絵の失踪に大騒ぎになり、探して警察の人もあたしに事情聴取うしたけど、嘘をついた。
あたしはあの後、莉絵と別れた、と。
このまま事件は忘れ去られ、今も莉絵は行方不明のまま。
だけど、あたしはそれ以来。人を馬鹿にする癖を直して大人しくした。
皆は不思議がったけど相変わらずパパのコネで誰も何にも言わない。


—— そして、あたしはあの底なし沼へは二度と行かなかった。
あの底なし沼と莉絵がどうなかったか、あたしは知らない。





end