ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 無限エンジン Ep1 Akt3 part2  1/14更新 ( No.116 )
日時: 2012/02/08 00:35
名前: 風猫(元:風  ◆Z1iQc90X/A (ID: UmCNvt4e)
参照: コメントは後々返します!

   Part2


  そこは、人垣で溢れていた。
  整えられた煉瓦造りの洒落た道路。一見複雑なようだが区画ごとに用途が別れていて整然とした造りの通り。
  全てが、完全な様式美となって調和している。
  インテルの面々の総本部カリアリが居する場所。中央大陸の更に中央に存在する最先端の王国ヘルツブルグの首都アルザジアだ。
  人口は、三千万に達しその多くは上流階級。
  中級階級以下はなくホームレスも居ない。常にロボットが巡回しゴミの処理に勤しむその街は正に美の象徴に見えたる。
  しかし、その実態はきた無い物の全てを出来うる限り排除した背徳の塊。
  人の目に汚いと映るもの。下流階級の泥臭い生活や社会に逆らうエージェント達、そう言った機械的ではなく精神的な物。
  問答無用で封殺しきた。結果、下流階級の者達は死滅し或いは僻地へと追い遣られた。
  追い遣られた者達の末路など知る良しもない。
  そして、エージェント達はその全てが綺麗な上っ面の特待に甘んじ怯えながら暮らす。
  世界で最も汚い感情が渦巻く魔の都。それがアルザジアの真実の姿だ。

「と言う訳で……彼女は俺の下に置く。意義奉ろう物ならぶっ潰すぞ? あっ!?」

  そんな絢爛豪華な偽りの美徳で装飾された魔の花園に一つの輝かしい圧倒的な力が燦然と輝く場所があった。
  インテル総本山カリアリ。唯一この美の牢獄で本当の道徳が語られる場所と謳われる場所。
  静寂が満ちる会議室に響くのは整えられた長髪の鮫のように鋭い瞳の男の良く通る声だ。
  聞き手達は彼の圧倒的な力を知っている。如何に政府といえども看過できないほどの個人が持つには圧倒的過ぎる力を。
  彼の名はワルキューレ・ヴァズノーレン。エージェントの最高位であるレベル八の称号を持つ十人の一人だ。
  所属する五人のうち全員がレベル八と言うインテルの中で最も高い発言権を有するものでもある。
  
  詰り彼は、政府にとっても要人なのだ。
  最も強大な力を持った人物の精神的抑止のための地位ともいえるが。
  彼らは皆知っている。ワルキューレと言う男の事を。
  彼の心の中に秘めた野心はエージェントの巨大組織イグライアスを束ねるリーブロに近いと言うことも。
  なぜ、その様な男を彼らはインテルの最高位にしているのか。それは、容易い理由だ。
  彼以外に曲者揃いのインテルを形だけとは言え纏められる者が居ないということ。
  彼の決断を聞く役人達の顔は引き攣っている。彼の意見は世界の敵を見方に取り込むと言うこと。
  その者は確かに政府に大きな利益をもたらす甚大な実力の持ち主だが。汚物を嫌う市民達の目は冷たいはず。
  反政府組織の中核を担っていた者などと知れれば重大事項だ。だが、目の前の巨頭に逆らい命の危険を晒すのも。
  男のうちの一人が重い口を開く。

「だが、それは……市民の反感を」
「……何のためのエージェントだよ? 声も容姿も変えれる物なんだよ。
当人のアイディンティティを崩壊させるのは悪趣味以外の何者でもねぇとは思うがな?」

  小さな声で呻く小役人を睥睨してワルキューレは淀みなく言葉を並べる。
  上辺だけの人権や評価に目の行った彼らに沈黙が走った。
  そう、エージェントの有する力なら全くの別人に作り変えることも可能なのだ。
  当人の言うような本人のアイディンティティの損傷と言う問題も出てくるが裏の人間なら承諾さえ得れば余り問題ではない。
  それが、目の前の男の最大限の捕虜への考慮であり優しさだと理解できてしまうからこそ彼らは苛立つ。
  目の前の男と付き合いが長いのが怨めしい。役人達は手を上げ参ったと呟き会議はお開きとなる。

「何だ、根性ねぇなぁ?」
「余り君に突っかかるのも得策じゃなくてね……国家の存亡に関わる」

  退出際。ワルキューレは最後に言葉を挟んできた小役人に声を掛けた。
  他の小役人とは明らかに違った雰囲気の大柄の壮年の髭面のワイルドな雰囲気の男だ。
  男は、彼と正対し平然と言う。淡々とした口調はまるでそれを本音としていないようで。
  颯爽とそれだけ言い残して消える男の後姿を見詰めながら彼は呟く。

「そんな玉じゃねぇでしょうよシコルグスキーの旦那……」

  世界に反抗して居た若かりし時代に思いを馳せながらワルキューレは小さく呟いた。
  国家の存亡などと一々お国柄を考えるほど平和ボケした男でなかった過去を知っているから。
  彼は、行き交う人々の挨拶しながら颯爽と廊下を歩く。気の迷いを振り解くように強い足取りで。
  場所は、カリアリの東口。唯でさえ魔窟と忌み嫌われ寄り付く人間の少ないインテル総本部カリアリでも最も人の少ない区画。
  倉庫が連立するエリアだ。彼は、迷いなく倉庫群の中へと入り込み何の変わり映えもしない倉庫の扉を所持するキーを使い開く。
  仄暗いが、倉庫にしては在庫も何も無いその一室。
  そこには、嘗て戦った者の姿。栗毛の丸渕眼鏡の柔和な顔立ちの女性が立っていた。
 
「よぉ、誰にも顔は見られないようにしてたか?」

  周囲を一望して彼女に男は問う。
  如何に使用されていない倉庫の中だからと言って目の前の女が、トイレなどで外に出ないとも限らない。
  最も倉庫内には、トイレと食料はあるのでその様な瑣末なことは有り得ないだろうが。どうしても心配になってしまうものだ。
  彼にも決して良識的ではないことをやっていると言う自覚は有る。
  気苦労の浮ぶワルキューレの表情を見て彼女は、ワルキューレの問いにコクリと頷く。
  そうかと小さく了承し彼は彼女に寄り添う。彼女の能力であるテレポートを使うためだ。
  しかし、彼女は煩わしそうにして一言言及する。

「あの……私は、場所が分らないと移動できませんよ? 地図とかじゃなくてその場所を一度見ないと……」
「ヘマったなぁ……仕方ねぇな。ラディクとフィレンを借りるか……まだ、しばらく隠れててくれよ」

  彼女の警告にワルキューレは失笑した。対象の能力を把握していなかったことを猛省し直ぐに行動に出る。
  ラディクは、姿を透明にする事のできるエージェントでフィレンは物質透過の能力を持ったエージェントだ。
  一旦、整形能力を有するエージェントの所まで行き彼らを連れて倉庫へと戻ると言う手はずらしい。
  何度もこの様な閑散とした区画を行き来するのは如何にインテルの所属といえども可笑しいと思われるだろう。
  そう彼は、考えたのだ。いかに役人達の許可を強制的に得たとは言えまだ、彼女は元の姿のままなのだ。
  敵地を平然と闊歩させるわけには行かない。無茶を言って押し通した案件だけに流石に彼等に少しの譲歩は必要だ。

  そう、彼なりに考えたのだろう。一見賢明だが、そもそも知識の無い物が尖った考察をすれば間抜けな話だとも言える。
  何せ、普通に考えれば最初から自分の家の地下にでも隠して置けば良いのだ。
  そうすれば、自然な形で整形師のエージェントも呼べるしばれる事もない。
  だが、彼にはそれが出来ない理由があった。インテル本部と幾つかの施設を除いてアルザジアは、全て実は監視されている。
  勿論、市民のあずかり知れぬ所だが暗部に位置するワルキューレは無論それを知っているのだ。
  当然、彼の住居も監視対象には含まれる。
  自分の所属するインテル以外のお役所は把握し切れていないので隠し通せない可能性が高い。
  故に公的な許可が下りるまで彼女には安全地帯に隠れていて貰ったのだ。
  
  彼女は手レポーターだから地図が有れば整形能力を有するエージェントの下まで直ぐに飛べると高を括って。
  彼はその楽観視を渋面を造りながら反省する。こんな界隈に居て何たる無様で愚かしい。
  執念深くそして、冷徹で注意深くなければ成らないのに。忌々しげに舌打ちをして周囲を見回す。 
  舌打ちをして居たのが誰かに見られたか気に成ったのだろう。そうして周りが何の反応もしないことにホッと一息つく。
  自分の様子を鏡越しに見て一々周りを気にしていては、挙動不審で怪しまれるだろうと心に言い聞かせ感情の漣を消す。
  改めて平常心を保ちながら目的地へと歩む。
  目的地である人事室に到着するや否や彼は、ライセンスを使用し部屋へと入る。
  そして必要な部下達が、任務についていないことを確認し携帯を開き彼等にコーリングした。
  三人の部下は皆、快く彼の命令を承諾し直ぐに所定の場所へと駆けつけてくる。

「あっ、はいはいちゃーん! ボスオッハー!」
「よいしょー!」

  先ず、最初に到着したのは事前に所定の場所に待機して居た造形師のアクセルを所有するエージェント、マリア・ヒルディアだ。
  ブロンズの縮れ毛と陽気な笑みが特徴的な緑色の瞳の若作りな女である。    
  彼女が行動が遅くて足も遅い事を知っているワルキューレは、彼女の特徴的な挨拶に突っ込みも居れず彼女を抱え込む。
  そして、走り出す。マリアは、人攫いだのその掛け声毎度毎度何なのとか五月蝿く喚く。
  しかし、途中でワルキューレに口をふさがれ抵抗を諦める。そんな人攫い宜しくの姿を誰も見ようとはしない。
  
  既にラディクの能力が遠距離から掛けられているからだ。どうやら、ラディクと一緒にフィレンも居るらしい。
  スキンヘッドの厳つい顔立ちの男、ラディク・ソーレの能力サーマルファスト(一握りの投影)。
  それは、使い方次第では兄妹極まる能力といえるだろう。何せ、自分だけではなく他者まで姿を消す事ができるのだ。
  その能力は範囲指定が可能である。三十メートル半径に居る人間の好みの人間の姿を消す事が可能だ。
  しかし、そんな彼の能力も万能ではない。
  姿を消す事はできても匂いや音まで消す事はできないしサーモセンサー等には、引っ掛かる。
  だが、此処での移動では問題ないはずだ。市全体が監視されているといっても人工衛星からの映像までなのだから。
  ワルキューレは少し離れていた二人と直ぐに並走して走り出す。
  能力の持続効果が、対象と近いほど長いことを皆把握しているからだ。  
   
  そして、迷いなく一直線に走る。文字通り壁も何も関係ない。厚さ数メートルの分厚い壁をも何も無いかのように。
  長髪のモノクルの壮年の男、フィレン・アークマインのアクセル。ゾーンダイバーによる賜物だ。
  物質透過能力。それもまた使い方次第では凶悪な能力と言えよう。何せ人体にも有効だ。
  心臓を手で握り潰す事も可能と言うことである。三人は疾駆する。目的の場所へと文字通り一直線に。
  倉庫群に突入してもそれは変わらない。四人は、入り口などとは全く関係ない場所から女の居る倉庫へと入った。

「ボスゥ! 着きましたですよぉ!? いい加減に下してえぇ!」
「あぁ、お前軽いから抱えてんの忘れてたぜ……」
  
  突然の来訪に女性は驚く。それは、能力者はびこる界隈だ。何が起こっても可笑しく無いと彼女も何度も言い聞かせてきたものだが。
  それでも行き成りの出来事には驚くものだ。トイレ中とかじゃなくて良かった、そう一人呟いて女性は凛とした佇まいに戻る。
  若手のマリア以外は皆見知った顔だ。それが、余計に緊迫感を感じさせた。彼らの大切な人たちの命を奪った事も有るから。
  しかし、思った以上に彼らの表情には怒りや憎しみの相は映らない。
  何故だろうと思いながらも必死にワルキューレの手をどけて自分の存在を誇示しようとする始めてみる少女の行動が面白くて噴出してしまう。そんな噴出した彼女を見逃さず少女は、指を刺して笑うなと必死で言い募るのだった。

「で、ボスゥ? このおばさんを色々改造すれば良い訳ですね?」
「うひゃぁ、世界最高クラスのテレポーターをおばさん扱いとは流石は怖いもの知らずだね?」

  マリアのおばさん発言に双眸を引き攣らせる彼女を見て彼女の恐ろしさを良く知る禿頭の戦士ラディクが口笛を吹く。
  口調は見た目に反して軽い風情だ。
  そんな二人のやり取りを身ながらワルキューレは、若年層から見たら年寄りだよなと嘆息しながら女性を慮る。
  そして、女性の苛立ちが収まったのを確認してマリアの肩を叩き能力の解放を促す。 

「では、アクセル解放……インモラリスト(魅了の人体実験)発動!」

  先程までのキーの高い馬鹿のような声とは違うトーンの低い年不相応に落ち着いたマリアの声が響く。
  緑と青と赤が重なり合った多色の珍しいオーラが沸き立つ。彼女がレアな能力の持ち主で有る事を表明している。
  マリアが手を当てると見る見る間に女性の体が変化していく。顔や髪質だけではなくウェイトラインや胸の形まで。
  果てには身長や諮問まで変わっていく。そして、数分の後、眩い光が消えた頃には完全なる別人とかして居た。
  夕焼けのような引き込まれる赤の流麗な長髪。白く若々しい美肌に紫と茶色のオッドアイ。
  身長は平均より少し低い程度だったのが平均よりも寧ろ高く。加齢でなだらかになっていた体の起伏も引き締まっている。
  唯脳内を高速で全てが分化していく感覚が流れただけだったのに。他にはなにもないのにだ。
  肉体改造を受けたような痛みなど何処にもない。当人は困惑する。まるで別物な体なのにしっくり来ると言う可笑しな感覚に。
  何度か見たことがあるであろう周りの面々も驚嘆の表情を隠せないらしい。
  皆、一様に阿呆のように口を開いている。

「お疲れ様でした。どこか痛む所はありませんか?」
「えぇ、大丈夫です。成功したのですか?」

  ぺこりと頭を下げ心配そうな表情をするマリアを見詰め大丈夫だと言うが。
  やはり不安で女性はワルキューレに改めて問う。その行為は、目の前の能力の行使者に不躾と思われるだろうが不安が先行するのは仕方のないことだった。

「あぁ……成功だよ。しっかし、これで良かったのか? お前なら自分で組織に戻れたろう?」

  今更のようにワルキューレは、疑念を口にする。
  それに対して女性は、ニヤリと笑い呟く。

「嫌ね。正直、都合が良いんですよ。こっちの方が……」

  妖艶な笑みを浮かべる敵対して居た頃とは全く違う容姿の彼女。
  成程とそれ以上思索する事はなく彼は、手を広げた。二人は抱き合い改めて仲間になった事を確認しあう。

「所でリコイル……是からなんて呼べば良い?」
「アーデルハイト……アーデルハイト・ルシエッタと……」

  その日を持ってリコイル・フェルノスは組織を裏切り名前を捨てた。
  大いなる自らの目的のために。
  強大な力を誇る新たなる仲間の加入にそこに居る皆が歓喜した。彼女が裏切る可能性など考慮に入れていないかのように。


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