ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 無限エンジン Ep1 Akt3 part4 執筆中 ( No.126 )
日時: 2012/02/13 18:17
名前: 風猫(元:風  ◆Z1iQc90X/A (ID: UmCNvt4e)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

  Part3
  
  「師匠、その美しい女性は何者ですか? まさか、アリシアさんという人が居ながら……」

  ————人間暦二千十四年七月十五日(緋曜日)二十一時
  ヘルツブルグ首都アルザジアのインテル本部。十名程度のインテル所属の非番の面々が集結していた。
  新しい仲間の歓迎会をすると言うワルキューレからの連絡で集まってきた面々詰りは暇人諸氏だ。 
  その中には彼の弟子のノーヴァの姿もある。彼女は師匠である目の前の男を異物を見るような目つきで見詰めていた。
  それは、近くに居る紅い長髪の起伏に富んだ体つきのオッドアイの美女に対しての小さな嫉妬の表れでもあり。
  彼が今アリシアという女性と熱愛関係に有る事を知っているからでもあった。気安い関係ゆえか彼女の本音が口をつく。
  「ちがーぅ、断じて違う! コイツが新しい仲間! 言わば今回のパーティの主賓!」
  そんなノーヴァの本音を聞いて眉根を潜め悄然とした情けない表情で言い訳をする。
  最も彼にとって見ればそれは言い訳ではなく事実なのだが。彼女から見れば見苦しい言い訳にしか見えないだろう。
  なおも彼女は、彼を睥睨し軽蔑したように鼻を鳴らす。
  「師匠の言っていた世界最高峰のテレポーターとはイグライアス所属のリコイルさんのことでしょう?
  その女性のどこにリコイルさんの面影がありますか?」
  溜息をつき全くな返答だ。目の前の女性にはリコイルノ面持ちはない。
  そして、世界最高峰のテレポーターと言えば万国共通でリコイルなのだ。
  彼は、ここに集まる面々にそうメールで伝えている。
  最も、これも決して間違っていると言うわけではなく。
  リコイルが既にマリアの力によって姿を変容させられていることを伝えていないことゆえの誤解だ。
  ちなみにマリア達が非番ゆえにリコイルの整形は成功したといって良い。当然ながらマリア達もこの場に居る。
  最も、一度対面しているのし挨拶も済んだのだから辞退すると言うものが現れてもおかしくはないが。
  ラディク及びフィレン、マリアは比較的人付き合いの良い方でそのようなことはしない。
  「そっそれは……」
  容赦なく詰め寄る自らの弟子にワルキューレは後退りする。
  女性の平均にしては高いとは言え彼女とワルキューレでは頭一つ分は違うと言うのに。
  情けないことだと嘆息してマリアが立ち上がる。そして、ノーヴァの横へと歩み寄った。
  「えっとお言葉ですがノーヴァちゃーん?
  姉さんはリコイルさんで間違えないですよ? 
  あたしが、今日の昼頃に……ね?」
  マリアの言葉で疑問が氷解しノーヴァはワルキューレに会釈する。
  そして、改めて顎に手を当て、
  「……そうだったのですか? 相変わらず凄まじいですね……身長とかまで変えられるなんて……
  はぁ、師匠早とちりを申し訳有りません。しかし、それならそうと言えば良いものを……」
  指摘する。彼女の問いにワルキューレは、「怖かったんです!」と悲鳴にも似た情けない声で伝えた。
  それを見て彼女は澄ました表情で、本当は最初からそうだと判っていたと言うことを伝える。
  「えっ? じゃぁ、何で……」
  「師匠は、人を信じすぎるから言葉足らずになり易いって言う悪い癖があるんですよ……知りませんでした?」
  其処に居たほとんどの面々がノーヴァの言葉に同意して頷く。少し思案してみれば思い当たる節は幾つもあって。
  ワルキューレは自嘲の笑みを浮べた。皆が強く信頼にたると思っているからこそだが言うべきことは言わなければ伝わらない。それもまた事実だ。人はそれ程全能じゃなく結局は幼く不完全だ。
  だからこそ語り合いコミュニケーションを取っていく楽しさが有る。
  そして、その何気ない気遣いが蓄積され結束が強まるのだ。
  司令官としても人間としても大切なことを忘れていたなワルキューレは心中で反省する。

  パーティー開始から五分が過ぎた。
  配膳が終わり食卓には贅を尽くした豪華な料理が並びジョッキには、ビールが並々と注がれている。
  宴会ムードが高まって行く。そんな中で急遽決めた思いつきの歓迎会ゆえワルキューレは言葉に詰る。
  多くの面々が彼のことをそれなりに理解しているがゆえか。
  何か驚かせる仕掛けでもしているのだろうと楽しみな表情を浮かべている。
  しかし、彼は実は何も言葉を考えていない。それを彼の表情の小さな変化で気付いた褐色肌のサラサラの金髪の柔和そうな顔立ちの美女が気付く。彼女は、形のいい小振りな桜色の唇に一度手を当て、
  「いつまでもお待たせしないで速くしたらどうかしらお師匠様? 皆さん、速く楽しい気分になりたくてよ?」
  慈愛に満ちた甘美な響きのある声で嗜めるように囁く。口調や声質は上品だが強さを感じさせる毅然とした振る舞いだ。
  彼を師匠と呼ぶことから彼女もワルキューレの弟子である。
  「あぁ、悪かったなカトレア。いやぁ、即席じゃ思い浮ばないもんだぜ……」
  「馬鹿ですわね……お師匠様がそんな器用な真似できるわけないでしょう?」
  ワルキューレは自分の不甲斐無さに悔しそうに顔をゆがめた。
  それを見てカトレアと呼ばれた女性は微苦笑を浮かべて嗜める。
  ほんわかとした優しい空気がその場に広がっていく。顔形を変えたリコイルもまた彼等の気安さに触れ笑みを零す。
  「うむ、じゃぁ余計な言葉は無しだ! 皆、大いに盛り上がって彼女と親しくなってくれ!」
  周りを見回し一度咳払いし彼は、歓迎会開始の挨拶をする。単刀直入で何の捻りもない挨拶だ。
  だが、彼らしい真っ直ぐな挨拶で弟子二人及び仲間の面々は拍手喝采する。
  ワルキューレは少し頬を赤らませてリコイルに言うことはないかと促す。
  「私のためにこのような会を催して頂きまことに有難うございます! 
  私も速く皆様に馴染めるよう頑張っていきますので宜しくお願いします! あぁ後……
  私のことはアーデルハイトとお呼びください。お願いします」
  リコイルはワルキューレにうながされると同時に流麗な仕草で会釈をして立ち上がった。
  そして、凛とした口調で挨拶をする。その挨拶は率直で、彼女が名前と過去の姿を捨てたのだと皆に伝えた。
  誰も声は掛けない。皆それぞれに事情がある者達だ。不可侵の領域を弁えている。
  彼女は、挨拶を終えると再び会釈し座っていた場所にまた座った。
  それを見計らってワルキューレがジョッキの取っ手に手を掛ける。それと同時に皆が立ち上がった。
  「では、かんぱーぃ! 面倒な役人とかは今は居ないから派手に騒いでOKだぜ!」
  彼の乾杯の音頭と同時にジョッキが当りあう音が響きあう。ガラスが砕けるような澄んだ響き。
  並々と注がれていたビールがまるで小波のようにそそり立ち煌びやかな放物線を描き外へと飛び出していく。
  宴の熱気が燃え上がり叫び声が響き渡る。

  「あぁ……染みが」
  男達が形振り構わず騒ぐ中、床に液体が散乱する様を見て多少潔癖症のあるノーヴァは溜息をついた。
  最も基本的にパーティ後の掃除は女性がするということも有って当然なのだが。
  だが、いつものことだと咳払いし彼女はパーティを楽しむことに専念する。
  其処からは飲めや食べろやの大騒ぎ。リコイルは、女性が多く座るソファの方へと移動しているようだ。
  そんな中、一人ノーヴァだけがワルキューレの近くに居る。どうやら気になることがあったらしく手招きされたらしい。
  「何ですか? お酒楽しく飲んでいたのに……」  
  「赤沼の奴はどうしたんだ? あいつここ一週間有給とっただろうが?」
  口に少量の泡をつけながら彼女は愚痴る。それに対してワルキューレは小さな声で囁くように言う。 
  この場に居るはずの人間が一人居ないのだ。同じインテルのリーダー格レベル八の一人、赤沼幽人のことらしい。
  それを聞いて彼女は思案気な表情を浮かべる。
  赤沼が居ない理由が分らないと言うよりは、なぜ目の前の彼がそれを知らないのか。それが理解できないのだ。
  本来なら最も仲間の動向を把握しておくべき立場なのに。
  だが、彼がそれを分らない理由に思い当たり成程と一人ゴチて赤沼の居場所を彼は述べた。
  「何ぃ!? 御堂崎の姉さんに呼び出しくらった!? 南無……」
  「ですね……」
  その一部始終を聞いて彼は唸り声を上げる。それだけ衝撃的だったのだ。同時に同胞への憐憫の念が湧き上がる。
  それだけ赤沼と言う同士にとって嫌なことだということだ。御堂崎とは、火の国の女王と呼ばれるレベル八の能力者をさす。火の国は、特異区域に指定されていて多くの行為能力者が居ることで有名だ。  
  何せ、数少ないレベル八のエージェントがそこだけで二人居るのだから特異といえるだろう。
  ノーヴァもまた双眸に憐憫の情を抱く。
  もっとも、それは一瞬で彼の質問が終ると彼女はすぐにステーキを頬張っているのだが。


       ★

  火の国空域の洋上。
  ノーヴァとワルキューレの会話に出ていた男。赤沼幽人はヘリに乗りその海上を見詰めていた。
  舟も島も何も無い。青だけが唯悠然と広がる絶景だ。
  「あぁ、こんな場所で化物と戦ってみたいなぁ……」
  十代に見える若作りの赤茶けた癖毛の美男子、それが赤沼幽人だった。彼はただ力を求め血湧き肉踊る戦場を求める求道者だ。そんな彼が里帰りする理由は、そこに強者が跋扈するから。
  火の国は森林部分が多く四季のはっきりとした国として知られている。
  人口は六千万そこそこで相当の技術大国及び経済大国として有名だ。
  そんな火の国にはもう一つ有名なことが上位エージェントの数。
  レベル七やレベル六の数が他の国と比べて明らかに多い。
  軍事力を持たない平和の国という名目を掲げてはいるがそれだけで並の国家などより遥かに高い軍事力を有している。
  そんなエージェント大国が彼の故郷だ。
  最も、その土地自体に彼は全く愛着は抱いていないが。
  陸地が少しずつ近づいていくのが分る。自然と赤沼は高揚感が高まっていくのを理解し手を組みポキポキと鳴らす。
  「そろそろ着きますよボス」
  ヘリの運転手の藍色掛かった短髪というには少し長い程度の髪の整った顔立ち冷静そうな二十前後の青年が答える。
  何の抑揚もない冷淡な声で。
  「見りゃわかるさ青那……じゃぁ、こっからは自力で行くから勝手に帰って良いよ?」
  それに対して特に気分を害した様子もなく赤沼は答えパラシュートも無しに外へと飛び出た。
  海岸沿いにある建物に手を翳すようにして。
  それを一瞥して青那と呼ばれた青年は始めて表情を造った。
  それは、明らかな驚嘆の表情。彼もまたエージェント大国の出ゆえそこらの能力者を見ても驚きはしないのだが。
  レベル八である彼には驚かされることばかりらしい。
  青那は、彼の直属の部下ではなく赤沼幽人の能力を理解し切れてはいないのだ。
  恐らくは手から磁力を放出し手の延長線上に有る建物の金属と同調させて磁石のようにして居るのだろう。
  赤沼幽人の向かう先は、火の国因幡県赤飼市狭針漁港波力発電所。今回、御堂崎という女性の指示を受けた場所だ。
  恐らくは何時ものことながら極上の犯罪者エージェント達が屯しているのだろう。
  空気抵抗と重力に逆らった落下の仕方をしながら彼は凄絶な笑みを浮かべた。
  「近付いてくる。近付いてくるぞ極上の戦いの気配が! やっぱりだ。やっぱり……俺は、故郷ラブ!」
  嫌に高い笑い声を発しながら男は歪な祖国愛を語り上陸する。何とも奇妙な形だ。
  彼は今建物の壁に張り付いている。正確に言うと建物の鉄筋を隔てたコンクリート部分にと言うべきか。
  兎に角普通の人間から見れば奇異な体勢だ。彼は能力を解除し地面へと降りる。

  「何の音だぁ……」
  人の声が赤沼の耳に届く。ライトを持ったモヒカン頭の頭の悪そうな筋骨隆々の若者が姿を現す。
  彼が壁に張り付いたときの衝撃音で集まってきた見張りだろう。
  赤沼は、男を見詰め、
  「凡そ三ヶ月と十八日十六時間二十三分ぶりの帰郷だ……やぁ、てめぇも俺を歓迎しているのか?」
  悠長な様子で挨拶をした。適当のような数値だが時間は当っている。彼は、時間を正確に把握しているのだ。
  そんな余裕の赤沼に男は怒りを浸透させライトを投げつけアクセルを発動させる。黄色の燐光が男の体から沸き立つ。
  「あっ? 何言ってんだ……てめぇ?」
  「そうそう、それが歓迎の挨拶さ……じゃぁ、速く。速く俺に極上の力を見せておくれ?」
  赤沼の挑発するような台詞に男は益々苛立つ。歯をむき出しに「そんなに死にたいのならさっさと死ね!」と吼える。
  それは赤沼幽人という強大なる力を認識していないから。
  男の体を黄色い電光が音を立てながら這いずり回る。どうやら男は電気を使う能力者のようだ。
  それも電量から察するに相当のレベルらしい。男は、自ら出せる限界の力を発し勝ち誇る。
  「見ろよ……俺のトールマグナス(雷神大砲)。相手が……」
  雲一つない満点の星空に小さな電気たちが踊る様を見て感動したように男は呟く。多少自意識過剰な所があるらしい。
  レベル六以上のエージェントには多いことだ。事実この男もその程度の力はあるだろう。
  だが、そんなもの赤沼には大した物ではなかった。
  彼にとって放電甚だしい積乱雲の中すら自宅の湯船のように寛げる場所なのだ。
  彼は、壁に手を当て、
  「凄い凄い。大したものだ……レベル七かな?」
  降参したと言うような諦めた表情をしながら赤沼はささやく。その声には高位能力者に会えた高揚感に溢れていた。
  男は相手が自分を賛美していることに気分を良くし笑い出す。
  「はっ! 無能な役人共のせいで賞金首としてはレベル六扱いだが……ガハッ!?」
  笑いながら自分の評価が現実の実力と合致していないことを嘆く男。それが、彼の最後の言葉となる。
  壁から鉄筋が飛び出し男の腹部と胸部を貫いていた。男は、激痛に耐えかね声を上げる間もなく息絶える。
  口内から大量の血を流して。

  「素晴らしいお手際ですね。幽人ではなく俊介ですよね?」
  どこにヘリを置いたのか、どうやって犯罪グループに気付かれずに領内に入れたのか。
  疑問は多いが、赤沼は聞かないことにした。
  青那は目の前の惨状を目にして眉一つ動かさない。彼の生活に死が当たり前のように存在している表明だろう。
  赤沼は、彼の言葉に何を否定するでもなく頷いた。
  「ん? あぁ、相手が馬鹿で楽しくなかったな……」
  そして、率直な意見を口にする。彼は、生粋の戦闘狂なのだ。戦いは楽しむ物であり一瞬で終らせるのは詰まらない。
  だが、弱い奴と戯れていても面白くないと言う。彼と戦える実力者などそうそう居ないのに我侭なことだ。
  赤沼はそんな我侭が通用する自由な仕事に感謝して瞑目する。そして、目を開いて思い出したように呟く。
  「所でお前。ヘリでここまで来たわけじゃねぇだろう? どうやったんだ?」
  「はぁ、僕は水を操る能力者です。そこで死んでいる馬鹿な雷使いとは違い賢い。
  簡単なことです。水を固形化させてその上を歩いただけですよ? あぁ、ヘリもその応用で隠してあります」
  気にする必要も無いと最初は押し潰したがどうしても気になってしまったらしい。
  戦闘狂として能力というものに飢えているからだろうか。難解かつ応用力に優れていて、それでいて強力。
  そんな能力を探してしまう。
  彼の性に気付き青那自身もその様な節があることを認めて臆面なく自らの能力を話す。
  その言葉の端々に自らの研鑽された能力を信じていると言う強さを感じとり赤沼俊介は笑う。
  いつか目の前の水使いの男と戦ってみたいと。
  「さてと、本陣に殴り込みと行くか」
  鬼神の如き恐怖を与える獰猛な笑みを浮べ赤沼俊介は仕事へと動き出す。賞金首の殺害という汚れ仕事へと。

  廃工場の中。
  人間が住まうだけありそこはそれなりに整備されていて調度品で装飾されていた。
  人が住んでいるのは明らかな雰囲気だ。
  声が響く。先ほどの愚かそうな男の仲間の声だ。見回りの男が時間になっても戻ってこなくて心配しているのだろう。
  「刃咲の奴、遅くねぇ?」
  ニット帽を被った三十代ほどの男が立ち上がり探しに行く素振りを見せる。
  どうやら赤沼到来の振動音は幸いにもここまでは届いていないらしい。
  幸いにもと言うべきだろうが戦いに飢えた獣である赤沼俊介には、苛立たしいことだろう。
  敵襲など知らないニット帽の男は立ち上がり歩き出す。しかし、ニ男の行動を止めようとする妙齢の女の声。
  「待ちなさい徳永。 まだ五分しか過ぎてないでしょう?」
  彼が、目をやった先には紫色の魅惑的な唇の少し化粧の濃い宝石などで体中を飾った三十代程度の女がいた。
  「でもよぉボス。 その五分が怖いんでしょうが!? そもそも見回りなんて普通速く戻ってくる方が多い……」
  どうやら犯罪グループのリーダーらしい。しかし、有る程度の発言権があるのかニット帽のなおも食い下がる。
  男の言うことは正論だ。本来なら油断などせずすぐに見に行くか逃げる仕度をするべきだが。
  長い間、襲撃など受けなかった彼女にはある種の安心感があった。まさかそんなはずはない。
  それが全ての命取りとなるのだ。事実絶望は近付いていた。
  男の口論を遮るように轟音が響き渡り鉄筋がコンクリートを抉り浮かび上がる。 
  そして、男を貫く。 
  「なっ……!?」
  「よぉ、油断してんじゃねぇぞ……お言葉だが刃咲君は死・に・ま・し・た!」
  その場にいた十人近い面々が慄然とする。仲間が死んだ。目の前の出来事を受け入れられない。
  ニット帽の男は、気さくで若者に優しい気配りの出来る精神的支柱の男だったらしい。
  この鉄筋による攻撃の犯人、赤沼俊介は無論それを知っていた。
  呆然とする面々を見詰めて戦いなれていないことを理解し彼は嘆息する。力ばかりで場慣れしていない者達。
  戦いを楽しむ価値の有る相手ではないだろう。
  一瞬で全滅させる。
  興味をなくした彼は無機質な声で目の前の愚かにも死んだ仲間の帰りを待つ者達にその男は自分が殺したと宣言する。
  逸早く立ち直った浅黒い肌の鼻筋の通った十代程度の若者がアクセルを発動させた。
  「はっ……刃咲さんと横山さんの仇いぃぃぃぃ! アクセル発動! エッジメン(刃物人間)」
  赤の燐光が浮かび上がり若者の体が輝きだす。金属化及び肉体を刃物のような鋭利な形にする能力らしい。
  分り易い能力に赤沼は嘆息し見守っていて損をしたと若者の口元で囁き男の腹部に手を当てる。
  「がっかりだよ。詰まらない能力だ……見てやる価値もない。血は鉄分……こうやって触れれば血流すら操作できる」
  それは、処刑宣言だった。若者の体が物凄い速度で紅潮していき血管が浮かび上がっていく。
  徐々に盛り上がり方は派手に鳴りピッピッと糸が切れるような音を立てながら血の噴水が出始める。
  そして、体が歪に曲りくねり突然大爆発を起す。ボタボタと内臓と骨を撒き散らし若者は原型をなくした。
  
  「さぁ……戦って死ぬか? 絶望の逃走を試みるか……どうする?」 
  血のシャワーに晒されてなお赤沼俊介は無感情だ。
  余りに人間離れしたそれは、その場に居る迷える子羊どもから見れば怪物にしか見えないだろう。
  残虐ショーが始まる。彼女達は何も出来ない。泣き叫び逃げようとする者は無限に追跡する鉄棒に貫かれ。
  抵抗する者は、彼の残像すら捉えられない圧倒的な速度に翻弄され血の雫となり消えていく。
  僅か一分足らずで彼らは全滅した……赤沼は詰まらなそうな顔で、
「あぁ……大外れだよ」
  と、漏らした。

  そこに物陰で見ていたのか青那が現れる。
  足音を聞いてそのチームに所属している者は皆殺したことを確認し彼と認識した赤沼は問う。
  「なぁ、青那……あの水使いの女は君より強い?」
  「確かにかなりの水使いでしたが……僕から見ればまだまだ未熟です」
  水使いの女とは組織の首領のことだ。一部始終を見物していた青那は冷淡な口調で自分のほうが上だと推断した。
  実直な青年だと赤沼は彼をそう評価する。
  それゆえ彼の言葉は信頼できた。彼は強い。戦うに値する程度にはと確信できた。
  「じゃぁ、やるかい?」
  「遠慮しておきます。まだ、生きていたいので……」
  一度引っ込めたアクセルのエネルギーをまた出そうとして赤沼は、青那に嗾(けしか)ける。
  それに対し彼は冷淡だ。その率直な言葉が何より本音であると伝えてきて。赤沼はアクセルを解く。

  「素直だねぇ……」
  窓から覗く静かな灯りに満ち溢れた月を見詰めながら赤沼俊介から幽人へと戻った彼は風流を楽しむ。
  俊介には、絶対に見られないまともな人間の反応。それを見て青那はあることを思い出す。
  幽人という主人格は人を殺すことはないということだ。それを思い出した彼は、小さく呟いた。

  「今なら、やっても良いですよ?」
  幽人が子供のような笑みを浮かべる。瞬間、アクセルが発動され二人の力が激突した。
  その夜、廃工場でド派手なダンスが開催された。



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