ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 無限∞エンジン Ep1 Akt2 Part4 執筆中 ( No.92 )
- 日時: 2011/12/23 18:18
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: rR8PsEnv)
Part3
「怯えないでくださいお嬢。 俺達のお姫様は絶対に俺達が護るんですから!」
立ち込める紺碧の炎。
揺らめく其れは、見た事も無いほどの放流をうねらせ空を支配している。
絶望を隠すことが出来ないセリス。 その表情を的確に読みファンベルンは彼女の肩に手を差し伸べる。
「馬っ鹿じゃないの!? 自分の身位、自分で護るわ!」
ファンベルンの優しい言葉に嬉しそうに顔を赤らめながらも護られてばかりじゃいけないと彼女は、強く覚悟する。
「強がっちゃって……まだまだ、若いんだから甘えて良いのですよ?」
クスリと綺麗な笑みを浮べながらリコイルが、先ず先陣を切る。
瞬間、インテルのメンバーらしい男の周りの地面が突然盛り上がりだす。
「インフェルノ・オブ・ザガート(虫王の進撃)」
彼は、高らかに自らの能力の名を口にし召還された巨大昆虫達に命令を発する。
巨大昆虫達の瞳が紅く輝きだし染まりきった瞬間に動き出す。
二体がリコイル目掛けて鎌の様な前足を振るう。
彼女は、テレポートして蟷螂の様な巨大昆虫達の後ろへと回り込み手を翳す。
瞬間、彼等の体に手を接触させ彼等を瞬間移動させる。 此処ではない何処か遠くへ。
「この程度の三下では、私達の逃走を止められませんよ? ワルキューレさん?」
地面に着地した彼女は、男に正対し指摘する。
ワルキューレと呼ばれた男は、笑みを浮べる。
「そう、逸るなよ」と気楽そうな口調で言いながら新たなる怪物達を一気に十匹呼び出した。
「おいおい、燃えるシチュエーションじゃねぇか?」
炎使いの茶色の短髪の男が目をギラつかせる。
逃走だろうと有る程度スリルが無いと面白くないとでも言うかのように。
其れを見た壮年の角刈りの男が、呆れたように嘆息する。
だが、有る程度、敵の能力である虫を排除せねば此処から逃れる事も難しい事を悟り力を発動させる。
「アクセル発動……グラウンドビースト(大地王)」
男は、能力を発動させた瞬間、鍛えられた逞しい拳を地面に叩きつけた。 能力を使うための儀式。
是を地面に活を入れる行為だと男は言う。 突然、地面がうねり巨虫目掛けて大地の手が生える。
その手は、虫を握り強引に握りつぶす。
「ブライドのおっさん、やる気満々じゃねぇか?」
「ふん、リガルド……俺は、お前の様なバトルジャンキーじゃない。 唯、力を振るわねば成らぬと判断しただけだ」
茶髪の青年が口笛を鳴らし角刈りの男の名を呼ぶ。
其れに対して、ブライドと呼ばれた男も彼の名を口にしながら返答する。
二人は、有る程度、敵対する虫の数を減らそうと走り出す。
「ちょっと、あんた達! 無茶よ! 全力で逃げ……」
そんな、戦いに走る三人の背中を見てセリスは慌てて声を上げる。
「いやいや、判断間違っちゃいませんよ? だって、このままじゃ逃げ切れないですしきっと……」
そんな慌てる彼女に対してファンベルンは、冷静に状況を観察しながら意見を述べる。
その意見に疑問を感じ、彼女は反論する。
「ちょっと待って! リコイルさんのテレポート……」
リコイルのテレポートを使えば直ぐに逃げれるではないか。
そう、彼女は、目の前の女に問う。
其れは、無理だとファンベルンは否定する。
「何故!?」
焦燥感から語調が強くなる。
少し前の小さな安堵は既に吹き飛んでいた。
彼女の問いにファンベルンは、丁寧に答える。
「あの人のテレポートには、搭乗限界が有ります。 この数は、それを超えているんです。
だから、俺達は、あいつが諦めるまで逃げる必要が有るんです」
ファンベルンの言葉に彼女は、茫然自失として体を仰け反らせる。
立ち眩み。 吐き気。 襲う絶望感。
しかし、死にたくない。 生きてイグライアスの目指す世界を見てみたいと言う希望が、頭の中に小さく浮んでいた。
「何よ? あのケバイ昆虫共、案外、弱いじゃない?」
彼女は手薬煉を引いてエンジェルビートを発動させた。
其れを見てファンベルンもまた、アクセルを発動させる。
「まぁ、俺は運が最強なんで欠片も死ぬ気は無いんですよ! 幸運の女神って言って下さいお嬢!」
セリスは、彼女の馬鹿げた強がりを無視して走り出す。
その瞬間、突然、彼女の眼前に刃が映る。
「なっ!?」
彼女は、その卓越した勘の鋭さで即座に斬撃に反応し攻撃を回避する。
そして、すれ違う何かの体の一部を掴み動きを止め相手の姿を確認する。
「何やぁ? やぁっぱ、セリスお嬢さんやん!? 超久し振りやなぁ! めっちゃ可愛いなったで!」
何を言っているのだ?
一瞬、訳が分らず怪訝に、彼女を眉根を潜める。
水色のショートヘア、屈託の無い笑みを浮かべた藍色の瞳。 知っている。 自分は目の前の長身の女を。
彼女の家が、まだ健在だった頃、メイドとして働いていた女だ。 確か、忍者の家系だったと記憶している。
話によれば、邪魔者の暗殺などを手掛けていたらしい。
名は、彗。 彗・C・カノートと言う。
「彗! あんた、彗ね!?」
「ご名答ですわぁ。わては彗! お嬢様の所で女中として雇われていたものですわ」
女は、余裕のある物腰だ。セリスが自分のことを覚えていてくれたことに何かしらの感慨を感じているのだろうか。
目を細める。そして、滔々と昔を思い出すような口調で語りだす。
しかし、彼女の言葉にセリスは興味は無かった。
かつて世話をして貰った存在だ。彼女は、遊びが上手で子供と打ち解けるのが好きで。セリスにとっては、良い姉のようだった。
だが、実際、彼女は今、みずからの所属する組織の敵として目の前に居る。
それは、自分が処さなければいけないということ。ギュッと唇を噛締め強く握り拳を造った。覚悟を決めるために。
女中たちの中では親しいほうだった彼女だが、辛い期間が多すぎたせいでセリスの中での彗との思い出は薄い。
案外、容易く手を下せる気がしてセリスは、安心し吐息を吐く。
それと同時に人命を奪う事に迷いが無いというみずからの精神構造に嫌悪感をもよおす。
しかし、立ち止まっている場合ではない。彼女もまた、敵対しているのなら逃してくれるはずもないだろう。
「エンジェルビーツ……目の前にあるのはアンタの餌よ」
「良いでぇお嬢様! そうや! 詰らない情は捨てるべきやで……じゃぁ、わての手品もみせたるわ」
殺気を感じ粋が飛び退った。その瞬間、セリスの周りに紅い湯気な物が浮び立つ。アクセルの発動の証。
それを確認して彗は、彼女が本気で戦う気があることを理解する。
そして、彗もまた、緑色のオーラを纏う。無論、彼女もエージェントであるという証拠だ。
先ほどまでの余裕に満ちた笑顔が一瞬にして消え去る。そこには、蛇のように鋭く無機質な捕食者の目。
苛烈な殺気が、彼女の体を包み込む。そして、言い聞かせる。
殺気を漲らせてくる相手なら例え気心の知れた仲でも殺せる、と。
「ディケーションバニッシング(気配消失)」
しかし、そのセリスの感想はすぐに打ち消された。
一瞬にして先ほどまでの甚大な殺気はなりを収めそれどころか欠片の気配すら消失したのだ。
しばし、怪訝に眉根をひそめるセリスだが、それが彗の能力だとすぐに納得する。気配を消す能力。
それは、珍しいが存在しないわけでもない。
「ぐっ! 視覚もぼやけてやがるってことかしら!? ここまで反応が遅れるとは!」
片時も目を離さない覚悟で彗を凝視する。しかし、突然、彼女は、セリスの視界から消え背後に居た。
セリスは、彼女のナイフによる攻撃をエンジェルビーツを盾に変形させて防ぎ左手の方の残りの力を剣のように練成し攻撃する。
彗は、彼女の苦し紛れの攻撃を軽くいなしまたもやセリスの後ろに回ってみせた。
「いやぁ、上出来ですわ。さすが、あの人の娘やな。普通の奴は、一撃目でアボンやのに」
見失うセリスをぼんやりとした表情で眺めながら彗は、気楽な風情でおどける。
その余裕の態度にセリスは強く苛立つ。容赦なく広範囲の攻撃を放つ。
その攻撃は、刃状に精製された三十メートル四方の網のような物を相手へ向けて発射するというものだ。
避けようがない。彼女は、攻撃が命中する事を確信していた。しかし、手応えはなく。
視界には、見えない刃の網により切裂かれた地面が広がるだけだった。
『回避された!? 馬鹿な……奴は、確かに前に……』
「気配。人間は、思った以上にそれに支配されているものなんや……視覚にもそれは影響するんやで?」
あれだけの広範囲を攻撃を回避する。
確かに彼女は、火の国の忍の血統と聞くが、瞬間移動能力を持っているわけでもないのにそのようなことが可能なのか。
余りに自分の常識を逸脱した状況にセリスは、本気でいぶかしむ。
そんなセリスの横からねちっこい声が響く。
その言葉は、まるで自分の能力は、生物の本能を麻痺させるもので理解した所で攻略などできない。
そんな絶対的な自信に満ちたものだった。
彼女のその言葉にセリスは舌を打つ。能力者なのだからそんな奇人とは幾らでも戦ったことが有るのだ。
少し惑わした位で調子に乗るな。その余裕が命取りになることを教えてやる。
彼女は、彗ごと全体を薙ぎ払おうと大質量のエンジェルビーツを振り回す。
しかし、そのような大振りな攻撃は素早い動作が得意な彼女に当る事はなく虚しく空を切る。
回避し様に彗は、投げナイフを数本、セリスに投擲してきた。
セリスは、瞠目する。何故なら体が反応しないのだ。
確実に人を殺すことのできる武器が目前に迫っているのに。そのナイフが本物なのか余りに殺気を感じられず判然としない。
「くっ……自分の武器も体の一部ってことか!」
「ご明察や。侮るなかれ。気配が無いと言うこと」
しかし、相手の能力を加味して幻覚を見せることはできないと判断し彼女は、急いで防御壁を構築し攻撃を防ぐ。
今のは危なかったと嘆息し能力の考察をする。
エージェント同士の戦いでは、特に同格程度同士なら能力の把握が勝敗を分かつことは多い。
今、分っていることは二つ。一つは、彗は自分及び自分の触れたものの気配を消すことができる事実。
もう一つは、気配が消えるということは脳の現実の認識感覚を著しく失い反応が遅れるということ。
確かに思った以上に侮りがたい能力のようだ。そう、セリスは、彗の能力を賛美した。
レベルにして自分と同等の五と言ったところだろうと彼女は判断する。
「同じ手は二度は食わない……!?」
「同じやあらへんよ? 忍者は、同じ手は二度も三度もくりかえさへんからなぁ」
突然、眼前から姿を消す彗を全力で追う。
目視した先には現実感のないナイフ。しかし、今度は、もう種は分っている。
回避する余裕がある。彼女は、防御に能力を使わず回避して攻撃することを選択した。
しかし、攻撃しようと体を振った瞬間。頬に鋭い痛みが走る。それは、唯でさえ目に見えづらいテグス糸だ。
彼女がナイフの柄の先端に仕組んでいらしい。飄々としている彗。
だが、セリスもまだ余裕に満ちていた。
否、余裕はおろかすでに彼女は、勝利を確定できる秘策を構築していたのだ。
一方、その頃、ワルキューレと対峙しているファンベルン達は、苦戦を強いられていた。
破壊されては再構築されるたびに徐々に戦闘力を増していく巨大昆虫達。
数は、最初と比べ減ってきたがその分、強さが上昇している。その数は、凡そ十五体しかいない。
しかし、一体一体の強さが異常なのだ。最低でもレベル六クラス。レベル七クラスも三体は存在している。
これが、レベル八。頂点に立つものの力なのか。誰もが、そんな絶大な実力差を感じながら能力を振っていた。
「くそが! 虫けらなら景気良く燃えつきやがれ! 死ね……フレアタワー!」
茶髪の青年が、苛烈な焔の塊を放つ。それは、大地ごと対象を焼き尽くし強大な豪華の柱となる。
しかし、圧倒的な熱量の嵐の中にいても巨大甲虫は、平然としていた。それどころか、烈風を発し炎を彼へと返す。
パイロキネシストでも上位に属するリガルド。
彼は、相応の炎への耐性があるが、彼のはなった炎は、苛烈で彼の耐性をもってしても耐えうるものではない。
ヤバイ。彼は、一瞬、瞑目する。しかし、甚大の量の炎は、リガルドに降掛ることはなかった。
途中で防がれたのだ。彼の同胞の一人、大地を造形するエージェント、角刈りの無骨そうな大男。ブライドによって。
「アースアート。ふむ、間に合ったな。我々級が戦闘不能になっては不味い。リコイル殿もまだ、準備が終了しておらん」
「ちっ……あのばあさんの準備とやらはいつまでかかるんだ!?」
憮然とした彼の言葉。此方の戦力はすでに半分以上が戦闘不能。
上手い具合に戦闘不能者をリコイルがテレポートで救助しているお陰で人命は救われているが。
正直、戦力的には、ワルキューレ率いる昆虫軍団の方が上だ。そんな中、戦力として上位に数えられる二人である。
皆で生き延びて組織に迎合されるには、身を挺して目の前の敵たちの進撃を防がねばならない。
そのプライドが煮え滾っている。しかし、この拮抗状態が続いて小一時間経つ。
無尽蔵のレベル八は、ピンピンとしているが彼らは、相当のエネルギーを消費していた。
ブライドも憮然としているが、焦りの色が濃い。これ以上、時間がかかると作戦の実行以前に全滅するのではないか。
しかし、彼は、それを黙殺する。そのような弱気は戦場では命取りであることを知っているから。
「分らん。だが、彼女の策にしか望みがないのも事実。堪えるしかあるまい!」
「畜生! やれる所までやってやるよ……化物共!」
ブライドの落ち着き払った口調で淡々と事実を述べる。
そんな愛想のない彼に、こんな状況なんだから少しは、リラックスさせてくれよとリガルドは毒づく。
彼は、立ち上がり天をも焦がすほどの炎を解放つ。
「消耗が激しいからこいつは使いたくねぇんだが……もう良いや。全部使い切る気でやるか」
解放たれた炎が形状を変えていく。それは、まるで鬼のような姿へと変貌する。リガルドの最大奥義ディマンドラ、火神だ。
炎の先兵とリガルドは呼称する。ディマンドラの最大の特徴は、その体から放たれる超高温とフットワーク。
鈍重な見た目に似合わない高速で相手を駆逐するスピードと攻撃力を兼ね備えた化物だ。
そんな本気の彼を見てブライドは、微笑し彼もまた自分の残りエネルギー量など気にせぬとばかりに強大な力を発動する。
大地を鳴動させその怪物は構築されていく。ゴーレムにも似たそれは、身長数十メートルは下らない。
見上げるほどの巨体。名をゼクメアという。この世界における大地の神の冠する名だ。
その威容は、名前負けすることはなく右手に握られた巨大な剣は、何者をも粉砕するのではないかとさえ思わせる。
彼ら二人が労働施設ですぐ仲良くなれたのは、実は、この奥義の似通りに拠るところも多い。
二人は、自ら達が、最終手段を解放するまで何とか持ちこたえてくれた仲間に賛辞を述べ動き出す。
ゼクメアの圧倒的な質量の刃は、レベル六クラスの甲虫の外皮を貫く。
そして、ディマンドラに超高温が露出した筋肉に纏わり付き甲虫を内部から焼き尽くす。
容易く一匹の巨大昆虫が、飛散した。彼らは、二人ともレベル六の中でも上位に位置する実力者なのだ。
だが、それでも戦力は足りていない。事実、ワルキューレは余裕だ。
そもそも、エネルギーの総量を考えると本気すら出していないと考えるのが妥当である。
彼が、本気を出したら終わりなのは明白。本気を出されないように余り押し過ぎず何とか持ちこたえなければならない。
押すのは戦力的にそもそも無理だが持ち堪えるのは厳しいだろう。
実際、今の時点でほとんどの面子が疲労困憊だ。
だが、皆生延びたい。その一縷の希望がリコイルなのなら全力でサポートするしかない。
彼らは皆、いわば生き残りたい一心で力を振っていた。
「くぅ、俺のボム・バトリム・ウルフ(爆音狼牙)も効きが薄くなってきた……ぜっ!」
イグライアスの一員たるファンベルンもまた、苦戦を強いられているようだ。
彼女の能力の名は、爆音狼牙。自分の障った部分を爆弾にできる能力を持つ。
彼女が掌で触れた範囲だけとはいえその威力は絶大。並みのレベル七の攻撃力を凌ぐ。
だが、そんな彼女の攻撃が、目の前の化物には全く通用しない。
考えられる要因は一つ。目の前の敵が、ランク七クラスの巨大昆虫であること。
ファンベルンの陣営は、頑強さと速力の両方を併せ持った怪物に苦戦し散開状態だ。
だが、彼女は引くわけにはいかなった。彼ら生き残りたいがためとは違う理由。
すぐ近くで彗と戦っている彼女のパートナー、セリスの邪魔をさせないため。
最も、この巨大甲虫には、あの二人の戦いを邪魔しないように彗の意を汲んだワルキューレによりプログラムされているのだが。
そんなことを彼女が知る由などあるはずもない。
「いやぁ、中々、頑張りますな……感心するぜ」
金のオールバックに整えられた長髪の男。彼は、ワルキューレ。インテルのリーダー格の男だ。
レベル五からレベル七までの強力な戦士が結束しているというのに彼は、一歩たりとも動く事はない。
甚だしい戦力差。それが、レベル八と他の能力者との間にある現実なのだ。
ゆえに彼は、完全に油断していた。
彼の直ぐ後ろ、突然、ゆらりと影が動いたかと思うと巨大な黒い鎌を担いだ細長い黒尽くめの男が現れる。
男は、鋭い黄金の瞳を爛々と輝かせ彼の胴体目掛けて鎌を振り翳す。
「………………何?」
だが、油断こそしていて男の侵入を許しはしたが其処までだった。
男の攻撃は、寸での所で回避される。
ワルキューレは、飛び退り男を睨む。
男は、なぜ襲撃を察知できたのか訝しそうに彼を見詰めた。
それに対し彼は、何も隠すほどのことでも無いと結論付け話し出す。
「あぁ、気になるか? 俺の脳と奴等、下僕共の意思は共有されてんだよ。唯それだけだ」
知った所で対策など打ち様もないことだ。何せ、あの甲虫たちすら倒せない事実。
それは、この男が本気になれば死角など無いほどの目を用意できるということだ。
男は、しかしなおも諦めず攻撃を続ける。
彼の能力は、影の中を移動することと影を自在にコーディネートし武器や防具にすることらしい。
しかし、ワルキューレは、彼の攻撃を余裕で防ぐ。唯の斧の一振りで全ての影が叩ききられ無機質な音を立て地面に落ちた。
地面には、巨大な地割れの後。ワルキューレの凄まじい怪力の表明が刻まれる。
「我がゴーストアタッカー(影の術師)が通じぬ?」
「何も驚くことじゃないだろ? 甘いんだよ。使い魔が倒せなかったら本体ってか?
ご主人様が使い魔より弱いなんて間抜けなことがあるかよぉ!?」
圧倒的な力量差。挑んだことの間違い。影使いの男は、一瞬、我を失い無謀な特攻に走りそうになった。
しかし、彼は、生延びるためには自分が捨石になってはいけないとすぐに冷静さを取り戻し歯噛みする。
至極最もだ。いつ裏切るやも知らぬ裏世界の住人の上に立つ男なのだ。自身の能力値が低いはずがない。
彼の斧から放たれる尋常ではない威力の斬撃を影に身を潜めやり過ごし彼は逃走した。
彼の名は、イスカンダル。イスカンダル・アスローン。リガルド達より更に上のランク七の実力者だ。
そんな実力者でも全く歯が立たないのがランク八の実力である。
逃走の最中、彼は、不安を感じていた。
この様な化物をあのリコイルという女は本当に何とかできるのか。
いかにテレポーターとは言え、あれ程のエネルギーを有する相手では、トランスポートするのは難しいはずだ。
能力においてのエネルギー量は総重量に加算されるし何よりエネルギーは、強大なほど多方向を向いているので計算が難しい。
全ての方向性を把握しなければトランスポートは成立しないのだ。
『その為の足止めの時間だと言うのは分るが……本当に彼女は計算を終らせれるのか!?』
彼女を信用していないのではない。信用するしかない状況だからだ。だが、本当に成功するのか。
皆が、力尽きる前に間に合うのか。仮に計算できたとして重量を何とかできたとしてあの男の隙をつくことは。
幾つもの懸念が彼の頭を渦巻く。
一方、その頃、セリスと彗の戦いは、終焉を迎えた。
「グフッ……一体、何がどうなってるんや?」
セリスと彗の距離は、相当の距離があるようだ。しかし、彗は、そこで立ち止まり大量の血を流していた。
それは、まるで見えない何かに貫かれたような感じ。事実それは、間違えでは無い。
彼女は、見えない何かに貫かれたのだ。不可視の質量を持った何か。
それは、彗自身にも分るものだ。目の前の女の能力。エンジェルビーツだ。
だが、エンジェルビーツがこの様なトラップ代わりに使えるとは彼女は予想もしていなかったらしい。
瞠目し逡巡する。理解できないから。
「理解できないかしら……簡単なことよ。私の能力は、手から離れても私の意志で無色のままにしておくことができるの。
浮遊能力とかは無いから地面に刺したり壁に刺したりしないとトラップにはできないけどね?
それに太陽光とか砂嵐なんかでも結局姿が簡単に曝け出されちゃうのよね?まだまだ、練習不足でさ……
まぁ、とにかく、アンタみたいに動き回る相手には効果絶大なのよね」
彼女の言葉を彗は、嬉々として聞く。よもや、彼女に負けるとは思っていなかったのだ。
これほど強くなって嬉しいと正直、思ってしまう彼女がそこには居る。
丘の上。偶然にも見覚えのある姿を発見してはしゃいだ彼女。上司であるワルキューレに旧友との再会をしたいと頼み込む。
すると彼は、快く承諾してくれたのだ。殺したくは無かったがまさか致命傷を与えられるとは……
彗は、滑稽だなと笑いながら吐血する。セリスは、それを見て見えない刃を消す。
刃が消えると同時に塞き止められていた血が大量に流れ出す。そして、辺りは血の海と化した。
しかし、まだ彼女には息はあるようだ。
出血量としては完全に致死量近いはずなので何れ死ぬだろう。そう、判断しセリスは止めを刺すことはしなかった。
エンジン源である左目を食べるためにも。
「ねぇ、彗?」
「何や……殺人鬼?」
声を掛けるセリスも罵る彗も穏やかだ。
とても先ほどまで殺し合いをして居たとは思えない。しかし、この世界は殺し合いが日常だ。
むしろ、死に逝く人間に声を掛けてやる人間などお人よしと言って良い。
だからこそ彗は、微笑んだ。
「アンタ、涙とか流せたのね?」
「…………死ぬの。怖いなぁ……全然、思ったこと無いんかったのに今になって凄く思うん……や!」
彼女は、いつだって笑っていた。馬鹿みたいに。人に媚びる笑い方。
それ以外の感情をセリスは知らない。彼女は、忍者として育てられ感情を表に出さないように英才教育を受けてきたのだ。
そんな彗の脳内に今、響く言葉。後にも先にも師匠である父の言葉で優しさを感じたのはあの言葉だけだった。
——————最後位は、泣け。今まで我慢した分全部解放て。
彗は、文字通り解放たれたように泣いた。今まで泣きたいと思ったのに泣けなかった全ての涙の分まで泣き続けた。
体中が熱い。心臓が張り裂けそうだ。吐き気がする。血が止らない。逆流して外へと出て行く。
唯、助からない事実を認知し泣き続けた。
「……ねぇ、彗、生きてる?」
「えぇ……」
セリスは、生きていることを確認すると彗の左目を抉り取り飲み込む。
どうやらもう、痛みもないのだろう。何の抵抗もしない。
しかし、それでも飲み込む音は聞こえたのか。彼女のエンジンの条件を知る彗は、口を動かす。
「逞しく……なったなぁ。本当に——————一つだけ、伝えたいことがあるんや……
ファンベルンには気をつけや。あいつが、アンタの悲劇の根源や」
最後の言葉。
それきり彗は、動かない。
ファンベルンが、グランヴェスト家の崩落に関係が有るということを仄めかし彼女は逝った。
その時のセリスには、彼女の言葉は、昔から仲の悪かったファンベルンへの当て擦りにしか感じなかった。
しかし、それは、直ぐに変ることになる。
直ぐに——————
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