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- Re: 無限∞エンジン Ep1 Akt2 Part3 改変 コメ求む ( No.98 )
- 日時: 2011/12/27 14:07
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: G9VjDVfn)
Part4
「あぁん……? 彗!? 彗ッ——!」
セリスが、彗の目を抉り最後の彼女の言葉を見届ける数十秒前。
ワルキューレ率いる巨虫軍勢とここから逃れるために徒党を組んだエージェントたちとの力の差は、徐々に大きくなっていた。
既に多くの戦士達が疲労や負傷で倒れている。戦力として数えれるのはファンベルンを含め七名しかいない。
つまりは、実力差どおりのワルキューレの圧倒的優位。
しかし、その均衡はセリスが、彗に致命傷を与えると同時に崩れることとなる。
巨大昆虫達とワルキューレの脳は、情報を共有している。
彼は、セリスの近くでファンベルンと戦っている巨虫の目から、彗が貫かれる姿を目にした。
賞賛が有って一人で戦うことを許可したのだ。勿論、彼女の心境や出自、経歴を知った上での感情的な点もある。
しかし、彼は、彗が負けるとは欠片も思って居なかったのだ。
彼女は、多くの任務をこなしてきた生粋の戦闘のプロ。まさか、彼女の言っていたお嬢様がそこまで強い能力者だったとは。
寂寞の念が、心に刺さり抉られそうになる。
だが、指揮官であり現状、残る唯一の戦力である自分が平静を欠いでは駄目だと直ぐに心を居れ変えた。
流石は、戦いの世界に生きる物といえよう。深い関わりのある仲間の死を目にしても動揺した時間は1秒に満たない。
が、一秒に満たないその刹那の隙が致命傷。付け入る穴となった。
「信じてたわよ。セリスちゃんなら勝ってくれるって……」
その一瞬の瞬間に一人のエージェントがワルキューレの眼前に、突然現れる。
テレポーターであるリコイルだ。戦闘の最中で伊達眼鏡は吹き飛ばされたらしい。額が裂け血が流れている。
そんな彼女を目視した彼は、大きく目を見開く。
彼女は、彗に勝利したセリスに感謝しながら手を翳す。
彼の懐に入るには、いかに神出鬼没が売りの彼女と言えど相手の隙を付かねばならなかった。
ワルキューレは仲間意識の強い男だ。故に彼女は、セリスに勝って貰わなければいけなかった。
苦戦の末、セリスは彗を倒す。結果、彼は隙を造った。賭けのようなものだったが成功したのだ。
しかし、好機は一瞬。相手は、レベル八であると同時に歴戦の戦士なのだから。
今まで散々、目の前の敵を飛ばすための計算をしてきた。仲間をこれほどまでに消耗させてまで。
彼女は、ここで何が何でも決めないといけないと言う責任感に満ちていた。
このトランスポートが失敗すれば全滅だ。悪くすれば全員捕虜にされてイグライアスの行動自体の妨げになる可能性も有る。
しくじる事はできない。彼女の経験してきた死と隣り合わせの修羅場の数々。
その中でも十本の指で数えられる位置にあるほどの正念場と言えた。
普段の柔和な笑顔は、そこには欠片もない。
信じるしかなかった。新人であるセリスの勝利を。押付けるしかなかったのだ。だから、ここからは先輩の番。
そう、心に言い聞かせアクセルを全開にする。空間が歪む。それほどのオーラの奔流が、充満した。
「随分と怖い顔だな。心中覚悟か? まさか、俺だけ飛ばして自分は逃げれるとか思ってんのか?」
「まさか……勿論、心中覚悟ですよ?」
そんなリコイルを見て男は思う。
例え自分の眼前に到達できたとして能力を発動させ自らを飛ばせるとして、この女は迎撃されるとは思わないのか、このワルキューレが、そんなに愚鈍で甘い存在だと思うのか。
悠然としているのは、その程度の攻撃に対処できると言うことだと分らないのか、と。
そして、一つの会を導き出す。
それは、自分の攻撃を受け止めてでも自らに体を掴まれて自身まで飛ばされる危険性があっても自らを飛ばす気なのだ。
その勇猛な意思にはある種の敬意すら感じるワルキューレだが。
それは、彼女のような重要な人物のやることではないと言う至極最もな考えも有った。
「……大した野郎だぜ。あいつは——」
戦線離脱は免れないと戦況を把握したワルキューレは、溜息をつく。
空を仰ぎ心の中で自分の判断ミスで死んだ彗に謝り目を瞑った。既に、相手の腕は、握っている。
この状況で出来る責めての罪滅ぼし。一人でも多くの適を殺せ。そんな下らない戦士の矜持に乗っ取って。
逃れられないことを知りながらもリコイルは、動揺はしていなかった。最初から、心中覚悟だから。
彼女の唇が微かに動く。彼らの行使するエンジン、すなわち能力の源泉たちには、夫々人格がある。
故に、彼らのエンジン源は、個々バラバラなのだ。
そして、特定の技には名前が冠される。それは、エンジンの人格が決めた名だ。
それを口にして使うのと口にしないでは、精度や威力に圧倒的な違いが出る。
最も、技の名は大概が、安直なものため相手に理解され易く対処されるリスクが出るが。
彼女の唇の動きが終った瞬間、二人の居る空間全てが白い巨大な柱に覆われる。
大地が鳴動し周りに亀裂が走った。リコイルは、全力の雄叫びを挙げ有りっ丈のエネルギーを注ぐ。
ビシビシと音を立てながら脱出不能の光の柱の天辺に吸い込まれるようにして、地面を抉り空間ごとそれは二人を転移させた。
◆
「嘘!? リコイルさん……」
ワルキューレが居なくなった瞬間、彼の力によって姿を維持していた巨虫たちは、元の姿へと戻っていく。
元の巨岩へと。其処に居たエージェント達は、一時とは言え結託して闘いその主軸となった彼女の消失に心を沈めた。
生延びることが出来たとはいえ、全く後味が良い訳ではない。
そんな中、組織に所属して初めての戦いで仲間を失うと言う経験をしたセリスは、膝を突き倒れ込み涙ぐむ。
気安い生活を望んでここに逃れてきた。自分と同じ境遇にある仲間達と一緒に過ごす。
それを望んでいた。しかし、現実は無情だ。そんな甘い思いを一瞬で叩き潰す。
そんな打ちひしがれるセリスの前に、ファンベルンが朗らかに笑いながら現れる。
「お嬢。そんな顔しないで……リコイルさんは……」
「そう簡単に死なないとか甘いこと言わないでよね?」
彼女は、セリスの震える肩に手を乗せて子供をあやすような口調でセリスに言う。
元身内である彗を殺したこと、そして、短い付き合いだったが好意を感じた仲間が喪失したこと。
二つの事象に疲れていたセリスは、彼女の言葉など聞く余裕はなく言葉を遮る。
そんなセリスの言葉に彼女は渋面を造った。
成程なと、一人ゴチて彼女はセリスの耳に残るように彼女の耳の直ぐ近くで囁く。
しかし、その言葉は決して甘美ではなく。
イグライアスと言う組織の厳しさが凝縮された鋭い刃だった。
“リコイルさんは、能力としては重要だが代えが居ない訳ではない。だから、心配しないで良い”
彼女の言葉は世界を変えると言う大志を持つ組織の戦士としては、至極当然で。
しかし、セリスには、受け入れ難いほどにいたい言葉だった。
願わくば、その刃のような言葉が、傷みから慰めに変れば良いと思うほどに。
◆
「高度何フィードだこりゃぁ!? お前、死ぬんじゃねぇのこれ!?」
「貴方は、死なないって言ってるように聞こえますね?」
一方、その頃、リコイルとワルキューレは絶海の上を落ちていた。
海に落ちれば普通の人間なら間違えなく体が砕けるであろう高度だ。
しかし、それでも通常の人間など及びもしないほどの異常な防御能力を有するワルキューレは悠然としている。
リコイルの質問にその通りだと答えて彼は、背中から羽を生やす。
羽など生やさずとも水面に叩きつけられても致命傷は負わないのに。
彼女は、そんな彼を憎たらしい目で見つめる。きっと、自分は、ここで強引に引き離されて止めを刺されるのだろう。
しかし、自分が犠牲になるには充分な戦力を手にすることが出来た。
彼女は、そうも感じていた。心の中にあるのは、今や最高優先順位ではなくなった昔の戦う目的。
父の罪の贖罪とあの禁忌に対する贖罪。無理だと諦めイグライアスのために精を出すようになった数年前。
握り拳を造り歯を食いしばり今迄の人生の過ちを反省する。反省しても反省しても足りないことに呆然として涙を流す。
しかし、それでも長い間、夢を見せてくれたイグライアスの統率者リーブロ・ヴェインへの感謝は忘れない。
「今まで有難うございました。貴方の目指す未来を見れなくて残念です。さようなら」
「……あいつの目指す未来なんてろくでもねぇさ」
彼女は、そう言って目を閉じる。
そんな彼女の言葉をワルキューレの言葉を侮蔑しているように聞こえた。唯、リーブロを悪党と侮蔑しているように。
彼女には感じた——
★
「リコイル……あぁ、死んだか。今まで有難う。ゆっくりお休み」
イグライアスの基地の一つ。リコイルが管轄していた万年雪の積もる高山地帯に存在するランドクロア山脈基地。
その一角。入組んだ迷宮の奥の奥にイグライアスのリーダーであるリーブロ・ヴェインの部屋はあった。
そこには、テンガロンハットを被った笑顔を絶やさない美男子が座って読書をしている姿。
突然、彼が、肌身離さず持っている本が光りだす。
それは、何らかの異常が発生した証だ。彼は、一瞬躊躇するも目次の頁を素早く開く。
リコイル・フェルノスと言う名前が、ぼやけていくのが分る。
致命傷を負ったか死んだかと言うことだ。そして、その薄れ方は対象の生命力に呼応する。
この消え方は、もう助からないと悟り彼は、本を閉じた。
仲間が死ぬのは、この界隈では日常茶飯事だ。だが、彼女とは付き合いが長く彼も思う所が有るのだろう。
実際、楽しい思いでも有るし彼女が居なければ完遂は厳しかった、いや不可能だった事件も多い。
彼は、精一杯の感謝を心の中で述べる。
そして、彼女の能力を永遠に使えなくなったことと、彼女の消失の両方を悔やみながら黙祷した。
◆
金のオールバックに整えられた長髪の歯並びの良い鮫の様な鋭い瞳の白のコートを羽織った男が、夜の街を闊歩する。
ワルキューレ・ヴァズノーレンだ。任務を追え帰路に着いたのだ。
道は細い道と太い道が複雑に混在していて入組んでいるが、整備されていないわけではない。むしろ、機能的といえるだろう。
彼は、目の利かない夜道を迷いなく歩いていく。幾ら慣れている道とは言え全く迷いがない。
恐らくは、視力も普通の人間より高くなっているのだろう。
彼が立ち止まったのは、五階建てのマンションほどの大きさのあるピンクのレンガ造りの建物。
彼は、少し遅いなと申し訳無さそうにしながら、約束を守らないのはもっと無粋だと言い聞かせ備え付けのインターホンを鳴らす。
すると、中から「どちらさまですか?」と言う澄んだ声。彼の大好きな声が聞こえてくる。
「よぉ、帰ったぜノーヴァ!」
「あっ! お帰りなさい師匠! んっ!? なんですか……この香水の匂い?」
ワルキューレは、元気な声で帰宅の挨拶をした。
すると安心したのか家の主であるらしい女性が扉を開く。
そこには、造り物の様な翡翠色の瞳を揺らし雪のように白い肌の表情の抜けた美女が立っていた。
同じインテルであり師弟関係を持つノーヴァ・ヒュールンだ。この通りで最高級の美人として知られている。
そのためか彼女と良く接触しているワルキューレは、この界隈では、相当に恨まれていたりするらしい。
そんな彼にお帰りのハグをしながら彼女は、鼻を鳴らす。
そして、目敏く嗅ぎ慣れない香水の匂いに反応する。ワルキューレはバツが悪そうな表情をしてはぐらかそうとする。
しかし、女性とはこういう時、勘の良さを発揮するもので。
「いえいえ、聞き苦しい言い訳は良いですよ? どうせ、新しい女でしょう?
良いんです。私は、師匠とはそう言う関係をもつ気はないんです。仲良く楽しければ……」
ノーヴァ・ヒュールンは、師匠である彼を特別視しているし異性として好きだ。
しかし、彼と結婚する気はない。故に、彼女としては実は、嗅ぎ慣れない香水の匂いは大歓迎だったりするのだ。
もう三十代の彼に速く結婚して欲しい。そう、健気に願っている。
それを知っているワルキューレは、それでも女性の前だからと慌ててしまう。
そんな自分を情けなく思いながら彼女の家の中へと入る。
其処には既に、豪華な夕食が並べられていた。
ノーヴァも料理は出来る方だが、これをやっているのは全ては彼女の専属執事である一人の男だ。
黒の長髪を後ろに結った赤と青のオッドアイの長身男性。専属執事であり彼女の組織での部下でもあるクロウ・ネヴィル。
ランク七の実力者だ。二十台中番にしては童顔で甘美なマスクの男前だ。
実は、ワルキューレは、クロウを一目見た頃から嫌っている。
理由は、親馬鹿ならぬ弟子馬鹿故と言うところだろう。
「おや、ワルキューレさんじゃないですか? 駄目ですよ。ノーヴァ様を余り心配させちゃ。
紅茶の次に愛しい人なのですから。大事にしないと殺します!」
「ノーヴァは紅茶以下だってのかよ!」「ちょっと、私は紅茶以下だって言うんですか!?」
業とらしく今気付いたとでも言うようにクロウは、ワルキューレに挨拶する。
世界で一番何よりも紅茶が好きな男らしい台詞に二人は揃って呆れるのだった。
常に戦いに飽きくれる彼らの小さな幸せが其処にはあった。
彼らの談笑は、朝まで続く。地獄のような日々を永遠に続けていく苦痛を何よりも知っているからこそ。
癒しの時間の大切さを知っている彼らだから。
Fin
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