ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 【序章】それは誰かの白昼夢 ( No.2 )
- 日時: 2011/04/26 16:53
- 名前: チェルシー ◆n2c8gXP71A (ID: ofW4Vptq)
かつん。かつん。
脳の信号が今まで感じた事が無いくらいビンビンの危険信号を発する。そんなものが無くても、彼は自分がどんな状況に晒されているかを知っている——否、知らなくてはならない——のだが、そんなことに突っこむ余裕を生憎、彼は持ち合わせていなかった。とりあえず今は、可笑しな危険信号に従って、逃げることに専念しなければならない。そのせいで周りに広がる面白おかしい光景を、見逃している事にも気付かずに。いつもの自分ならきっと、後悔の嵐に見舞われているはずだ。少しできた余裕の刹那、彼はぼんやりと考えた。
呼吸さえままならない。覚束ない足取り。揺れる視界。
彼は、お世辞にも恵まれているとは言えない状況下に、まともとは呼べない身体で逃げ惑っているのだった。否、逃げ惑う、という表現で合っているのだろうか。なぜなら自分を追いかけてくる鬼ごっこの鬼に当る敵は、姿がわからない相手なのだ。初対面の人間と鬼ごっこができるほど社交的な性格では無いが、きっと相当素敵な人間とこのバトルを繰り広げているに違いない。自信も根拠も無いが、彼は何故か言い切ることができた。恐らくその理由は、背後から聞こえてくる不気味な金属音が原因なのだろう。
コンクリートと擦れあうナニか。それは、深紅の粘り強い液体を纏った、不気味かつ非常識な物体だった。三日月形の鋭利な光を放つソレは彼が説明するに当って、非常に迷惑なものだった。言葉で言い表せるモノではないのだ。もし、わかり易い例を挙げろと言われたら———曖昧な思考を巡らせ、たどり着いた答えは、『死神の鎌』であった。何とも非現実的な武器である。
「どうし、て、お前が此、処に?」
途切れる言葉を必死になって紡ぎ、背後から回り込んで目の前に現れた敵に尋ねる。初めて目の当たりにしたソイツは、彼がよく知る人物だった。視線を交差させた瞬間、行き場の無い怒気と曖昧な納得感に襲われる。否、納得感ってなんだ等の野次は聞こえないことにしよう。独りで繰り広げる会話に妙な寂しさを感じた少年は、目の前の相手に聞いてみることにした。
嬉しい事に、乱れた呼吸はいつも通りに戻っている。
「……で、お前の自称親友である俺は、どうすれば良いのかな?」
「笑止。誰が親友だよ、ばぁか」
「ですよねー」
学校帰りや安いレストランで交わしたバカらしい会話が、ふと彼の脳内に蘇ってくる。この状況で思い出してしまうなんて皮肉なことだ。自分でも情けなくなり、自然と自虐的な笑みが漏れる。それを何と勘違いしたのか、目の前のソイツもぎこちない笑顔を顔に貼り付けだした。
「大親友の間違いだろ、テメェ」
見覚えのある笑顔。どうしようもない罪悪感。
———どうして俺の大親友が、こんなことになってんだよ。
受け入れがたい現実。まあ、知人が血でベッタリの鎌を持って自分を追いかけてくる時点で、世界は有り得ない方向へと転がり始めている訳なのだが。
「んじゃーさ、教えてくれないか?」
最後の望みを賭けるつもりで、少年は目の前のソイツに心からの笑顔を見せた。切れた頬の切り傷から流れる鮮血が、赤々しく目に痛い。
「俺、これからどーすりゃいいの」
しばらく考え込む、かと思われたソイツ。けれど、予想は外れ答えはすぐに返ってきた。
「これがお前を救う唯一の手段なんだよ、相棒。だから悪いけど、今からお前を、」
続きの言葉を語るため、その唇がナニかを形作った瞬間———暴風に見舞われ、身体がグラリと揺れ、倒れかける。そして、同時に薄れ掛けていく記憶。ああ、これが夢だったらどんなに楽なのだろう。消えていく記憶の中でふと思った。
ただ、動いたその唇のお陰で声は聞こえずとも、自分に伝えようとしていた内容を受け取った。もはや人間とは言えない姿になった、大親友。ただそれでも、その瞬間、彼は———
( お前の事、信じるからよ! )
そうはっきり思ったのだった。そして刹那、壊れていく世界を最後に見送り、少年の意識は消えていく。少年はまだ、気付かなかった。これが、
愛しい世界の、"最期"なのだという事を。
———Good-bye,the collapse world———