ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 〜アビリティワールド 更新再開〜 ( No.45 )
- 日時: 2011/05/19 20:32
- 名前: 崇 遊太 (ID: BZFXj35Y)
【8.時川万祭(前編)】
「ゴールを造るって………一体どうやって………………」
「この疑似世界はね、私たちが普段いる世界とは異なる建造物が存在するの。例えばあれね。」
円は優太に言いながら、右側の窓外に指を指した。窓の向こうは東京の街が広がっている。
一見見慣れた風景と思われていたが、東京の街中にある白色の東京タワーの隣に謎の塔が建っている。
塔の構造はほぼ東京タワーと同じであり、東京タワーと同じ様に展望台らしきものも存在する。
「あれはなんですか?」
「この世界にしか存在しない建造物、‘六極の塔’ぜよ。」
「よっこらせ。」と口ずさみながら座る万祭は優太に言うと、置かれている古いオルガンを見る。
「あの塔の周辺は特殊な磁場で囲まれていてな、超能力の質がちとアップするぜよ。」
「つまり、それを利用して万祭さんの‘時空連結’の能力で元の世界に戻る。」
「それじゃあ早く行きましょう!!今すぐにでも…………………」
優太が2人に言ったが、円はため息を吐いて、万祭は天井を見上げて呻き声をあげた。
2人の落ち込む態度の意味が分からない優太は首を傾げた。
「1つ問題があるの。」
円は窓に近づいて六極の塔を見つめる。その横顔は悲しげで、とても切ない表情だった。
「…………万祭さん、今こそ行く時です。いつまでも夢籠の中にいるわけにはいけません。」
「脱出には手を貸してやる。だが、ワシは夢籠から出ない。」
万祭は円と目を合わさず、どこか一点を見ながら言いきった。
そして無言で立ち上がると、振り向いて準備室の中へと入っていった。
優太は万祭が、夢籠から出たくない理由が分からず、円に小さな声で尋ねた。
「万祭さん、どうして出ないんですか?」
「…………万祭さんが夢籠で過ごした時間、どれくらいと思う?」
「え?」
円は優太の困った顔を見て微笑むと、壁に寄りかかりながら答えを言った。
「約3年とちょっとの時間、あの人はこの疑似世界で過ごしているのよ。」
その答えはあまりにも残酷で、優太の口から出る言葉はない。
円は一滴の涙をポタリと床に零すと、液晶テレビにもたれかかって座りこんだ。
「万祭さんは3年前の西暦最後の事件で、緊急自衛隊員として現場に派遣された。」
━現場の国会議事堂へ緊急自衛隊員として出向いた━
優太の脳裏に、以前アンドリューから聞いた話が鮮明に蘇った。優太は円の前に座る。
「詳しく聞かせてください………よければ……………」
「いいよ。でも一つ約束してほしい。万祭さんと元の世界に戻したいの。」
「そんなの頼まれなくても手伝います。3人で、元の世界に戻りましょう。」
優太の言葉を聞いた円は笑顔で頷き、万祭の過去を語り始めた。
* * * * * *
西暦2016年______12月6日
雪が降り、ネオンで煌びやかに輝く東京の街。その日は、東京での初雪の日でもあった。
夜の11時を過ぎても賑やかな六本木の道中を万祭は歩いていた。
紫色のマフラーを首に巻き、現在とは違い長髪ではなく短髪の白髪。服装は政治家が着る様なスーツだ。
「お〜い、時川君!!」
「あ、ゴメンゴメン…待った?」
万祭が歩いていると、一本の街灯の下に立っていた小柄で可愛らしい女の子が駆け寄ってきた。
女の子の持つ肩掛け鞄の中には歴史の資料やファイルがギッシリと詰め込まれている。
それを見た万祭は苦笑いを浮かべながら女の子を見る。
「美奈子、そんなに歴史が好きなの?」
「へへっ…だって面白いもん♪最近は江戸時代にハマっちゃってさ、その影響で時代劇見てるんだ。」
都内の大学生である東美奈子は純粋すぎると言っても過言ではない笑顔で言うと、万祭と腕を組んで並んだ。
「それじゃあ今日はデートでしょ?どこ行く?」
「山王パークタワーの地下にあるレストラン知ってる?そこ予約してんだ。」
2人は腕を組んだまま歩き始め、他愛もない会話で盛り上がり、目的地に向かう間を幸せの一時で過ごす。
「そこのお似合いなお二人さん、ちょっと見ていかない?」
2人が歩いていると、街灯の下でシートを敷いてアクセサリーを売っている商人に声を掛けられた。
万祭は無視しようとしたが、美奈子は足を止めて、声をかけた男性商人に歩み寄る。
「ついさっき出来上がったばかりのアクセサリー。身につけると良い事があるよ。保障しよう。」
ボサボサの髪で火の点いていない煙草を咥えたまま、男性は美奈子に言った。
美奈子は後ろで立ち尽くしている万祭を見た。しかし、万祭は首を横に振って拒否する。
「おやおや〜ぁ、やっぱり半信半疑ですね彼氏の方は。それじゃあタダでお上げします。」
男性商人は見たことのない色をした石とビーズに糸を通したアクセサリーを美奈子に手渡した。
「え!?良いんですか?」
「いいよ。その石は‘永遠’という名前の石でね。身につけると強く想っていることが永遠に続くよ。」
美奈子は一礼をして立ち上がると、万祭の元に駆け寄って戻ってきた。
「だってさ。私達の恋がいつまでも続くと良いね。」
「……俺はあんまり、そういうの信じないからな。」
万祭は冷たく言うと、再び美奈子と手を組んでレストランへと向かって歩いて行った。
───────「配り終えたよ。全部ね。」
男性商人は万祭と美奈子の後ろ姿を見届けながら、目の前に立っている人物に言った。
目の前に立っている人物はフードを深く被り、その上にサングラスとマスクをしていため顔が見えない。
「計画実行は6時間後だ。ゼロノート、お前は議事堂襲撃班だからな。絶対に失敗するなよ。」
「はいよ。んじゃ、俺は最後の晩餐にでも行ってこようかな。」
ゼロノートは立ち上がると、そのまま夜の六本木の中へと歩き去った。